ロシアのと言うよりも、ソ連のトランジスタと言うべきかもしれない。そんなトランジスタを頂いた。 珍しいので少し調べてみた。
1985年3月、ゴルバチョフがソ連の共産党書記長に就任した。1986年になって『ペレストロイカ』を提唱して体制の立て直し・再建を模索する。しかし民族主義の台頭もあってソ連邦崩壊への道に続いて行く。1991年ついにソ連は崩壊し再びロシアに戻った。 これはそんな激動の時代に作られたトランジスタだろうか。
ソ連のエレクトロニクスと言えば、西欧のコピーものばかりで見るべきものは何も無いと言われてきた。もちろんそうした面もあったろうが、それは多分に米国的、西側的なバイアスの掛かった見方だろう。 事実、軍事や宇宙航空など科学技術部門では高度な成果も見られる。いまやISSへの往復には(40年も前の!)ソ連時代のソユーズが頼りにさえなっている。 もちろん西欧的な合理主義から見たら不経済極まりないシステムや意味不明の工業製品に映ることも多いのだが・・・。
1980年代、ゲルマニウムでRFトランジスタの性能を極めようする考えそのものが既に日米欧の半導体工業では通用しなかった。 従って幾らfTが1GHzに及ぶ物が作れるとは言っても、研究者の趣味ならともかく・・・と言ったレベルの話しである。 もはやゲルマニウムの超高周波トランジスタなど存在しはしなかったのである。 写真のトランジスタ:1T329Bはそんな時代のソ連製だ。ゲルトラで1GHzとは、まるで「趣味の品」のようだ。(笑)
1T329Bのピン接続は写真の様になっている。 用途はVHF〜UHF帯の高周波アンプであったから、ストリップラインに実装し易いパッケージになっている。
ちょうどNECのクロスパッケージ型:2SC2367や2SC3358と同じような用途に合った実装を意図したものである。 但しゲルマニウムトランジスタはプラスチック(樹脂)パッケージでは信頼性が得られない。金属とガラスのハーメチックシール構造にならざるを得なかった。日本でもFMラジオ初期(1960年代)のVHF用ゲルトラ、例えば東芝の2SA239/240は金属パッケージであった。(50MHzあたりで使いたかったが、出始めはかなり高価だった思い出がある)
1T329BはNPN型である。 fTはネット上に散見された資料によると1.6GHzのようだ。但し曖昧な資料が多くて1.6GHzと言うのはfabの可能性もある。 fT=800MHzなのかもしれない。それでも十分高いと言える。先のFM用2SA239/240はfT=200MHzだったのだから。
1960年代に日米で開発されていたRF用ゲルマニウムトランジスタはPNP型が多かった。NPN型の研究もあったろうが、Mesa或はEpitaxial mesaと言った構造はゲルマニウムの場合PNPが作り易かったのだ。 もちろんゲルマでNPNのRF用も市販に無い訳ではない。しかしもう一世代前:2T73/2SC73(SONY)等のGrown型くらいのものだった。もちろん、Grown型はNPNが作り易かったからだ。
1T329Bがどの様な構造かはわからないが、ゲルマニウムでNPN型の超高周波用と言うのは珍しい。 西欧とは異なるソ連独特の考え方・価値観で1980年代まで開発・製造が続けられていたのだろう。確かに結晶中の電子移動速度はゲルマニウムの方が早いのだが・・・。
観測のあとから規格の数字を見たので、すこし最大定格オーバーして測定しているようだ。もちろん壊さぬ範囲でやめている。 実測ではこのような静特性である。2つ測定したがhFEに少し差があった他はほぼ同じ特性だった。 おそらくネット上を探してもこんなデータはあるまい。お持ちのお方(?)は参照を。(笑)
最大コレクタ・エミッタ間電圧:Vce=5Vだそうである。実測でもVce=5Vを越えるあたりからブレークダウンへ向かう様子が見えている。Vcesは10V以上ありそうだが、Vcboは5V程度と見ておく方が良さそうだ。 従ってRFアンプや発振器などL負荷の回路を作るとして電源電圧:Vccは3Vくらいが安全な範囲かもしれない。CR結合アンプならVcc=6Vくらいまでだ。Vsatも小さいから低電圧に向いている。(低電圧でしか使えないが) 観測した範囲で、コレクタ電流のリニヤリティは良さそうだ。小信号RFアンプとしてはやや大きめだが歪みを考えてIc=5mAあたりで使うのも良さそうである。なお、NFは4〜6dBとのこと。(測定周波数は不明)
金属パッケージに入っているからと言ってもこのトランジスタは小信号用である。コレクタ許容損失:Pcは50mWしかないし、コレクタ電流:Icも20mAが最大だ。 数〜10mWも取り出せれば良い方だろう。パワー向きではない。おとなしく受信機のRFアンプに使うくらいがせいぜいだ。
シリコンでも同じだが、高周波特性を良くしようとすればベースをごく薄く作り加速電界を持たせることになる。副作用でジャンクション耐圧は低くなる。 この1T329Bも拡散系の超高周波トランジスタらしく耐電圧は非常に低い。 特にベース・エミッタ間の逆方向耐圧:Vebは資料によっては0.5Vになっている。 RFアンプに使うならアンテナからの過大入力を保護すべきだ。くれぐれも定格オーバーさせないように。簡単に死んでしまいマス。 ゲルマだからと言ってエフェクタに使おうとする輩もあるかもしれない。定格オーバーで即死させぬようくれぐれもご用心を。(いざのとき壊れたら困るだろうから使わぬが良い。別の低周波用のゲルトラを。)
GT329B/Vと言うのも類似品らしい。 細部は少し違っているようだが、いずれも同じような数字である。
実測データからも1T329B=GT329B/Vはほぼ同じように考えて良さそうだ。 何かの機会にソ連製の電子機器を入手され、補修に困ったなら参考にされたい。
1T329BあるいはGT329Bはe-Bayなどに登場しており一つ1〜数ドルくらいのようだ。実用デバイスとして見たらそれでも高いと言えるがゲルトラ趣味ならまあ良かろう。 ソ連時代の部品が使われなくなって放出されたものだ。他にも多様な「東側デバイス」がネットに溢れ出しており、旧ソ連のテクノロジーを賞味してみるには良い機会なのかもしれない。
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電子デバイスとしてみたら明らかにシリコン・トランジスタが優れている。使用上限温度が倍も違っては「何か」よほどのメリットでもなければゲルマニウムに意味は無い。ではこの1T329Bにその「何か」があったろうか?
その超高周波を極めたシリコン・トランジスタもGaAs-MES-FETやHEMT、さらには安価で高性能な方向としてSiGeへテロジャンクション・トランジスタの時代になっている。 しかも単体トランジスタと共振回路でRFアンプを構成する時代は過ぎてしまい、RF回路と言えばMMICが当たり前になってしまった。 ・・・と言う訳で、次回はわたし流にMMICでも扱うつもりだ。 de JA9TTT/1
(おわり)