【Simulated Inductorとは何か?】
OP-Ampを使って抵抗器RとコンデンサCだけでコイルLの働きを模擬する回路です。実際にその”模擬コイル”(インダクタ)とコンデンサを組み合わせると共振するし、LC発振器やLCフィルタ回路を【実物のコイルなしで】作ることができます。
コイルは巻き線とコアから出来た単純な部品です。実際それを作った方が簡単ではないかと思うかも知れません。 いま、仮にインダクタンスが10H(ヘンリー)で、巻線抵抗が100Ω以下のコイルが欲しいとしましょう。 あまりイメージできないかもしれませんが、そのコイルの製作は難しいのでしょうか。 良質のコア材・・・パーマロイでしょうか?・・を使い入念に作ればさほど困難でないでしょう。 しかし、ずいぶん大きなサイズになる筈で大人の握りこぶしくらいになりそうです。相応の費用が掛かるに違いありません。
シミュレーテッド・インダクタなら図の回路で(貴方にも)10Hのインダクタが自作できます。等価的な直列抵抗も仕様どおり約100Ωです。 しかも巻き線間の分布容量はないうえ、漏洩フラックスが誘導する心配もないので磁気シールドは要りません。汎用のOP-Ampが一個と3個のCR(+2個)だから費用も200円くらいでしょう。
なお、シミュレーテッド・インダクタは「ジャイレータ:Gyrator」とも呼ばれます。
大きなインダクタンスが欲しい時に有効な手段です。 但し本物のコイルではないので加えうる交流電圧はOP-Ampの電源電圧で制限され、流せる電流も限度があります。 パワーを扱うインダクタ・・・例えば電源回路の平滑チョークコイルにはまったく適しません。周波数特性はOP-Ampの性能に依存しますが、音声帯域くらいの低周波用には十分使えます。
上図のシミュレーテッド・インダクタは片側がGNDされた形式です。 コイルの両端がGNDから浮いた形式もあるのですが、図のように簡単にできません。 図のような片側がGNDのインダクタは作るには良いのですが、回路設計に対する自由度が低いので用途は限定されてしまいます。(だから実用事例が少ないのですが・・・)
具体的な応用として、CW受信用オーディオ・フィルタやSSB送信機のスピーチアンプ用フィルタなどに使えそうです。 ところが意外に設計は面倒なので実用例を見ることは多くないように思います。
シミュレーテッド・インダクタの回路を示しただけでは何も面白くありません。 そこで活用を考えてみましたが、CW用のオーディオ・フィルタが手っ取り早そうです。(示した回路図は回路シミュレーション用のイメージ図です。実用回路図は次回のBlogに掲載します) もちろん、単なる実験ではなく、『実用に耐えるもの』が目標です。 泥臭い学問だなどと言われそうですが、エレクトロニクスは「実用の科学」なのですから。(笑)
低周波回路に使う本物のコイルでHigh-Qを実現するのは容易ではありません。 大きなインダクタンスを得るにはたくさん巻く必要があって銅線抵抗が効いてくるからです。 しかしシミュレーテッド・インダクタならHigh-Qなコイルが容易に実現できます。 ならばHigh-Qなフィルタも容易だろうと言うことで、LC共振回路を2段カスケードにして作ったフィルタを回路シミュレーションしてみました。 上図の中央の回路と同じですが、部品定数はHigh-Qになるようにしています。
実際に作るときも部品精度に気を使うか、製作後に調整してチューニングすればグラフのように鋭く尖った特性が得られます。 かなり狭帯域なので用途によっては有用でしょう。 共振によって電圧がQ倍になるのもLC共振回路の原理通りで、このように『ハイゲイン』なフィルタになります。
フィルタは周波数軸上の特性だけが重要なのではありません。 以前、Transitional Filter(Blogタイトル:良い音のCWフィルタ)をテーマにしたとき時間軸上の特性・・・フィルタの過渡応答を扱ったことがありました。 この図は、上の周波数特性のフィルタにCWの単点もしくは長点信号(f=700Hz)が加わった瞬間の応答特性を示します。
これも回路シミュレーションの結果ですが、出力はこのように行き過ぎてリンギングが発生します。 過渡応答が完全におさまるには更に数周期の時間を要するでしょう。 こうした特性は「独特の応答音」があって好ましくありません。 さらに信号が切れてからも余韻を引くので明瞭度が低下します。 いわゆる「符号が粘る」と言う現象が起こるのです。
実際のところピークばかり鋭いCWフィルタは受信機チューニングのしにくさから実用的ではありません。 切れれば切れるほど良い訳ではないことを体感することになります。類似特性のCWフィルタを実際に作った経験があるのですがフィルタの実験にはなってもCW受信用としての実用性は殆どありませんでした。フィルタのことを良くわかっていなかったんです。(笑)
実際のところピークばかり鋭いCWフィルタは受信機チューニングのしにくさから実用的ではありません。 切れれば切れるほど良い訳ではないことを体感することになります。類似特性のCWフィルタを実際に作った経験があるのですがフィルタの実験にはなってもCW受信用としての実用性は殆どありませんでした。フィルタのことを良くわかっていなかったんです。(笑)
フィルタQが3〜4程度になるよう加減し共振器の数を変えながら特性をとって検討してみました。 上のシミュレーション用回路図のように1〜3段構成で様子をみた図です。
低Qなので、1段ではHPFのような特性になってしますます。 CW用フィルタとして実用性がありません。 2段でも良さそうですが、高域の落ちが少し物足りない気がします。さらに3段の特性を見ると通過帯域の高域も落ちてなかなか良さそうです。(赤のトレースが3段の特性)
各段を総合したフィルタQは3〜4程度とかなり低めの設計です。 -3dB帯域幅も200Hz程度あるので扱い易い範囲にあります。 Low-Qなフィルタとは言え、共振器3段にすれば裾野も良く切れてくるので聴感上もかなり『切れ』を感じるようになります。
もちろん、入念に作るならTransitional型が間違いない選択でしょう。 しかし、極端に劣っていなければ、部品が少なくて製作が容易な3段同調式のLC等価フィルタも悪くありません。簡易なリグには向いています。何を最優先するか?・・・と言うことでしょうね。 あとは、過渡特性がどうかで決まります。
【過渡応答特性は?】
まずまずそうです。 700Hzのバースト波を加えたときの応答を回路シミュレーションしています。 上記のHigh-Qなフィルタとは違い素直な応答特性になっており、リンギングは見られません。
まずまずそうです。 700Hzのバースト波を加えたときの応答を回路シミュレーションしています。 上記のHigh-Qなフィルタとは違い素直な応答特性になっており、リンギングは見られません。
1〜3段のフィルタを重ねあわせて見ましたが、いずれも過渡応答に問題はないようでした。
詳細に見て、帯域外の切れ味を比較すればもちろんTransitional型の方が優れています。 従って本質的に高性能を目指すなら、そちらを使うべきだと思います。 その代わり、作りっぱなしと言う訳には行かず必ず調整が必要になります。 しかしLC共振器3段シリーズの形式でも、総合して適度なフィルタQになるように加減すれば「実用的なもの」が作れそうでした。
あまり実例を見ない「シミュレーテッド・インダクタ」を使ったCW受信用オーディオ・フィルタを実際に作ってみようと言う気にさせてくれるシミュレーション結果が出たようです。(注:過去のCQ誌にJA1AYO丹羽さんのCWフィルタ記事があります。 少ない段数でかなりHigh-Qにした設計だったと思います。どの程度実用的だったのでしょうか?)
次回は一連の回路シミュレーション結果に基づいて設計したフィルタを『リアル』に製作し、実物の耳や測定器で特性評価してみましょう。製作評価編に:→つづく
(つづく)
(Bloggerの新仕様に対応。2017.03.30)
(つづく)
(Bloggerの新仕様に対応。2017.03.30)
TTT/加藤さん、おはようございます。
返信削除当局も、だいぶ昔に切れの良いフィルタが欲しくて使ったことがあるのですが、
> 切れれば切れるほど良い訳ではない
というのを実感しております。
何事も過ぎたるは及ばざるが如しでしょうか?!
LCのフィルタでも当然同様で切れの良いのを作ると、お風呂の中のようになってしまいます。
7.108MHzのXTALを分けていただき、丁度DC受信機のフィルタを検討していたものですから、コメントさせていただきました。
LCの直列になりそうですが。
おはようございます。
返信削除シミュレーテッド・インダクタはAYOさんの「HAM機器の製作」に紹介されていた4558を1個つかったBPFを作ったことがあります。
もうかなり昔のことなので効果までは覚えていないのですが。Hi
あと秋月のLメータキットをアマチュアが校正するためには、精度の高い抵抗があれば正確なインダクタンスが得られるシュミレーテッド・インダクタが最適だと紹介されていました。
ある意味ただ線をまくだけでこの回路と同じ動作を行うコイルは不思議なパーツですね。^^
JN3XBY 岩永さん、おはようございます。
返信削除さっそくのコメント有難うございます。
> お風呂の中のようになってしまいます。
High-Qフィルタ回路を通ると反響音が凄く出て「こもった」感じになりますからね。(笑)
> 丁度DC受信機のフィルタを検討していた・・・
そうでしたか。続きは編集中ですが、明日公開になります。 宜しかったら参考にして下さい。 特性評価もしてあります。LCで作るよりコンパクトにできるかも知れませんよ。
JE6LVE 高橋さん、おはようございます。
返信削除コメント有難うございます。
> 4558を1個つかったBPFを作ったことがあります。
AYOさんのは、2段だったのですね。hi 最初は2段で検討していましたが組込みの汎用性を上げるためにインプットバッファを設ける都合がありました。それで4回路入りOP-Ampを使うことにしたので、3段LC等価で特性も更に良くなっています。特に高域の切れはだいぶ良くなりました。
> 正確なインダクタンスが得られる・・・
インダクタンスが大きくて、精度の良いコイルは得難いのでシミュレーテッド・インダクタが向いていますね。
> ただ線をまくだけでこの回路と同じ動作・・・
動作解析では理屈で同じだと説明されていますが、こんな回路が本物のコイルと同じ作用をすると言うのも逆に不思議です。(笑)
加藤さん,皆さん,こんにちは
返信削除うちのサイトに載せてあるFCZの27mHを使ったオーディオフィルタ(m結合の4次バタワースBPF)を,ジャイレータによるインダクタンスシミュレーションで組みかえようかなと考えているところです.
制約条件は電源電圧3Vってところで,使えるオペアンプが限られるところが難点でしょうか.
#着手にはまだ時間がかかりそうですけど(苦笑)
JH5ESM 武藤さん、こんにちは。
返信削除コメント有難うございます。
> うちのサイトに載せてあるFCZの27mHを使った・・
以前拝見していますが、改めて見て来ました。hi フローティング・コイルが使ってありますね。そのままの形で行くと、ちょっと厄介かも知れませんね。GICにしますか?大げさかな。 hi
> 使えるオペアンプが限られるところが難点・・・
秋月あたりでも、C-MOS OP-Ampが安価に売られてますので3Vも十分可能でしょう。 C-MOS OP-AmpはC性の負荷に弱いのでこうした回路には要注意ですね。
大きなインダクタンスのコイルは厄介な存在ですから、成果を期待しています。