【TRIO TX-1型送信機キット】
TX-1はTRIO(いまのKenwood社)が初めてHAM用に発売した送信機キットである。 先に扱ったTRIO 59C Line(←リンク)の送信機、TX-88Aの前にはTX-88(Aナシ)があったから、さらにそれ以前と言うことになる。
週末に古い雑誌に目を通していた。 なかば幻の送信機キットとなっていたTX-1の記事が目に入ったので紹介してみたいと思う。いまやすっかり忘れ去られた存在だ。
TX-1は写真のようなラック組み付け構造の送信機キットである。 最上段が送信部、中段が変調器、そして最下段が電源部となっている。 各部は独立しているので積み重ねず別個に配置・レイアウトすることも可能だ。 以下、各部について簡単な説明付きで紹介して行こう。
参考:マガジンランド社の「列伝アマチュア無線機50年史」(1995年刊:絶版だろうねえ)にも記事がある。超古いRigがカラー写真で見られる興味深い本だが、どうも考証が甘くて内容には重大な誤りも多々。しかし参考にはなるので古い無線機にご興味の向きはぜひ一度ご覧を。掲載のTRIOのパンフによればTX-1は1954年に準備し1955年早々に発売したようだ。
【TX-1の送信部】
VFO付きになっているのが後のTX-88シリーズとは異なった部分だ。 6BA6を使ったクラップ発振回路のVFOを内蔵する。VFOのコイルとバリコンはきちんとしたLCボックスに収納されている。(次の写真に内部の様子が写っている)
TX-1を開発していたころは運用周波数が水晶発振のスポット割当だったはずだ。バンド割当になったのはちょうど発売になったころだった。事前にバンド割当が予見されていたらしい。文面に嬉々とした様子が伺えるとともに、VFO内蔵で対応し商品性をアップしておいたのだろう。(1954年12月3日よりバンド割当になった) 水晶発振の時は6AR5を三結にした無調整発振回路がチョイスされる。 まずVFOあるいは水晶発振子で3.5MHz帯を発振させる。 次のドライバー段はストレート・アンプで3.5MHz帯を、或は二遞倍で7MHz帯を得ている。こうしたヤンガーステージに6BA6や6AR5と言ったラジオ球を使うのは当時の常套手段だった。
終段のUY-807は常にストレートアンプとなっている。CWのキーイングは終段管のカソード・キーイングだ。 発振停止時に過電流が流れて終段管が傷むのを防ぐ為にカソードに抵抗を入れた安全バイアス式になっている。 なおタンク回路はπマッチではなく並列同調にリンク結合の形式である。当時のオーソドックスな手法と言える。負荷インピーダンスの自由度は小さくなるが、大容量のロード・バリコンが不要なのは経済的だ。いずれにしても当時はハシゴ・フィーダーが全盛であり、各局ともアンテナカプラは必須なのでπマッチの必要性は低かった訳だ。
メーターで終段のグリッド電流:Igとプレート電流:Ipを切換え式に読んで同調操作を行なう。コストが許せばメーターを2つ付けると調整はし易い。 メーター・シャント抵抗:RS1とRS2に値の記載は無いが、これは各自が付属して来たメーターの感度に適宜合わせろと言う意味だろう。メータ・スケールはIg=10mA、Ip=100mAでフルスケールになるようにする。
【TX-1の変調部】
シャープカットオフの五極管:6SJ7を使ったマイク・アンプでゲイン40dB以上の大きな増幅度を得ている。さらに1/2・6SN7による電圧増幅のあと同じ1/2・6SN7のP-K分割でカソード側が同相、プレート側で位相反転してPush-Pullの出力管をドライブする。 クリスタル・マイクあるいはハイ・インピーダンス型ダイナミック・マイクを想定した変調器としては常識的な回路構成だ。 6SN7の段間にあるスイッチは音声をローカットするための切換えである。(オープンでローカット)現代的には、6SJ7はmt管の6AU6に、6SN7はノーバー管の6CG7または6FQ7が同等品だ。
電力増幅段には当時ポピュラーな五球スーパーの出力管:UZ-42、あるいはちょっと洒落てGT/Metal管の6V6をプッシュプルで使う。 なお、6F6はUZ-42のGT/Metal管バージョンである。 プレート電圧にもよるが10〜15Wは得られる筈なので、UY-807ファイナルの送信機に良くマッチしている。 ほぼ100%変調が可能だ。 変調トランスはUZ-42か6V6を使うのかで、一次側p-p間の最適インピーダンスは異なる。 そのSpecが書いてないのはマッチしたものを自分で考えて使えと言う意味だろうか。当時のHAMなら当然持っているスキルだった筈で、常識的なことは書く必要も無かった。 お薦めの近代的電力増幅管は6BQ5と言いたいところだが、UZ-42はともかく、6V6や6F6の入手は容易だからそれで良かろう。
【TX-1の電源部】
回路を見て意外に「真面目だなあ」と思った。 各電源にはちゃんとチョークコイルが入っており、VFO用には定電圧放電管も入れてある。
高電圧側の整流管は当時の代表的パワー用であるKX-5Z3だ。 整流したあとチョークインプット型式の平滑回路になっている。 低圧系には更に2段目のチョークコイルが入っており、リプルの低減をはかっている。 ハムの乗った電波はみっともないので対策したのだろう。(注:高圧側、即ち5Z3整流の方にある平滑コンデンサ20μF+20μFが350V耐圧なのはミスプリントだろう。スタンバイ時など負荷が軽いと600V以上出る計算なので500V耐圧品でも不足だから350V耐圧品を2個直列にするなどの耐圧アップが必要だ。或はトランスの電圧を下げる必要がある)
VFOは別の電源トランスを使った独立した系統になっている。 整流管にKX-80BKを使うのは五球スーパ用でポピュラーだったからだ。mtの整流管:6X4の両プレートを結んで使うのも良い。 KX-80BKのmt同等管:5M-K9を使っていないのはまだポピュラーではなかったからだ。 並四ラジオでお馴染みのKX-12Fでは少々容量不足なのだろう。 定電圧放電管:VR-135は地方HAMには入手難だったと思う。当時なら通販で買えたかも知れないが、現在ではまったくのレアものになっている。従って入手容易なVR-150mt/0A2で代替するのが良い。+15Vの違いはまったく問題ではない。 電源部は費用の掛かる部分なので、おいそれとリニューアルはできない。将来対応で十分余裕を持つよう配慮していたようだ。 これから作るなら整流管ではなくシリコン整流器が良のではないか。
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TRIOのTX-1はオーソドックスな設計のキットになっていたと思う。 三田無線研究所:DELICAにも同種の送信機キットがあったが、あちらの変調器はUY-807のハイシング変調なのでこちらの方が優れている。 ただ、このような「シャシ+パネル式」の構造なら当時の自作機といくらも違わない。あえてこんなキットを買おうと思うHAMは少なかったかもしれない。幻の送信機キットと言われる所以だろう。 この構造でVFOを内蔵したのも失敗ではなかったか。どれだけ売れたのだろうねえ・・・。
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【TRIO 6R-4S型全波受信機】
送信機だけではステーションは構成できないので、オマケで受信機のキットも紹介しておく。 ベストセラーだった高一中二の9R-4或は9R-42Jについてはあちこちで見かけるので入門機の6R-4Sにしてみた。
いずれもデザインは良く似ているが、これは当時流行っていた米ハリクラフターズ製受信機をパクったからだ。 左側の扇がメインダイヤル、右扇は100分角のスプレットダイヤルになっている。いずれも糸掛け式だ。但し周波数の直読は無理だ。 十分減速されたダイヤルにBFOとSメータを付けたことで「通信型受信機」の体面を保っている。 それが無ければ、回路的には単なる五球スーパになってしまう。hi
【6R-4Sの回路図】
上にも書いた通り、高周波増幅ナシ、中間周波増幅一段、すなわち「高ゼロ中一」の五球スーパーと等価だ。 その五球スーパーにハートレー発振回路のBFOが付いている。それで6球で6R-と言う訳だろう。-4Sと言うのは、4バンドのSuper-Hetの意味だろうか。
Sメータはオプションだったらしく、回路図に記載が無い。 38型の丸メータを自分で購入して付けろと言う意味だろう。 Sメータ回路もユーザーのお好みでどうぞと言った案配だ。 私なら12AU7でも足してAGC電圧を読む差動増幅型を付けたい。 あるいはIF増幅管:6BD6のスクリーン電流の変化をブリッジ式に読む形式も良さそうだ。そのIF増幅管もHigh-gmな6BA6に交換したい感じ。
参考:写真のようにSメータが付いている6R-4Sは珍しい。9R-4とも異なるので写真の載せ間違いではないようだ。 Sメータ下のゼロ点調整が刻印されているなど改造品とも見えないのでSメータ付き別モデルの販売を予定していたのかも知れない。
自身のSWL経験から3.5MHzあるいは7MHzならそのままでも何とか使い物になったと思う。しかし最低限の受信機にはちがいない。各バンド毎のプリセレクタを付けるか14〜28MHzと言ったハイバンドにはクリコン(クリスタル・コンバータ)を付加するなど拡充が必須だ。 別の言い方をすれば「不完全な受信機」と言うことになる。 勉強しながら改善して行くと言った入門HAMの道筋には良い受信機だったのかもしれない。 これはいまでも同じで、最初から完成されたモノが与えられればむしろ何の進歩もしないものである。 いまや若者に進歩した完成品ばかり与えたがる社会の風潮は彼らの一段の飛躍を阻害しているに違いない。
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まだ4アマや3アマと言った初級資格制度は存在しない時代だった。 HAMバンドも長閑なもので、五球スーパー並の選択度でも行けたのだろう。 皆がAM波なら周波数安定度も厳しくない。 TX-1のような送信機でも何とかなったと思う。もちろん、いまじゃ通用しないのでAMでオンエアしようと思うなら遥かに周波数安定度の良い送信機や選択度に優れた受信機がお薦めだ。 このTX-1や6R-4Sがリアルタイムだったのは団塊世代のHAMより更に上の世代のはず。 もちろん、私なんかガキの時代でメダカや蛙なんかを追いかけていたころ・・・ウん?もっと前か。(笑) de JA9TTT/1
(おわり)