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2019年6月17日月曜日

【回路】Regenerative Receivers (1)

再生式受信機・その1 イントロ編
 【再生式受信機の時代
 再生式の受信機がHAMのシャックで活躍したのは戦前から終戦直後の時代でしょう。 私が電子工作やHAMの世界に入門した1960年代には、すでに再生式受信機(オートダイン・レシーバ)の時代は終わっていました。 もうHAMの雑誌で再生式受信機を本気で扱う記事なんか見かけなかったですね。

 もちろん、ラジオ入門者向け雑誌の記事には簡単なのに感度は良いと書かれていました。 けれど、選択度が悪い、安定度が良くない、性能は製作者や操作者しだいで変わる・・・と言った大きな欠点があって『一度は作ってみるもの』だが本命はやっぱりスーパーヘテロダインだというのが結論だったと思います。 通信型受信機はスーパーヘテロダインが常識であり、しかもCollinsタイプ・ダブルスーパーがベストだという時代だったのです。

 SDR形式の受信機(受信部)の登場で、スーパーヘテロダインの絶対優位も変わろうとしています。 新たな時代も始まっていますが、かつて実用的に使われたこともある「再生式受信機」とはどんな物だったのか振り返ってみたいと思っています。
(参考:超短波帯:VHFで使われる「超再生式」についてはまた機会を改めて予定します)

                   ☆

 第1回はイントロ編の回路図集として再生式受信機の歴史(?)など辿ってみます。 過去のすべてを紹介する訳にも行きませんから「私」が適当と思う幾つかに絞っています。網羅的ではありませんが悪しからず。 レトロな受信機技術に興味が湧かないお方はここでお帰りが宜しいです。

写真はDG-MOS FETで再生検波回路をテストしている様子です。第3回あたりで扱うつもりです。

 【戦前の再生式受信機・その1
 Dr. E,H.アームストロングが正帰還の研究をしていて再生式受信機を発明したのは1912年(大正元年)だそうです。使ったのは真空度の低いソフトバルブだったようです。もちろん三極管です。 いまでもグリッド側の同調回路にプレート回路に入れたフィードバック・コイル(チックラー・コイルとも言う)で正帰還する形式をアームストロング型と言うことがあります。
 ちなみにDr.アームストロングはスーパー・ヘテロダイン受信機やFM方式(周波数変調方式)の発明者でもあります。 あまり知られてはいませんが「無線通信の世界」ではかの有名なエジソンのように偉大な発明家です。

 しかし3極管を使った再生検波回路には独特の難しさがあったのです。意図しない正帰還が起こってハウリングのような現象が現れます。ゲインを上げようとすると必ずと言って良いほど起こる厄介な現象のためそれが感度の限界にもなっていたのです。 これはフリンジハウルという現象で、半導体を使った再生式受信機でも起こることがあります。

 図は1936年(昭和11年)版のARRL Handbookに掲載された再生式受信機です。この頃になると5極管が発明され、そのお陰で一段と高感度な「再生式受信機」が作れるようになります。

 この回路はいまでも通用する筈です。回路形式はハートレー型です。 この形式のポイントは検波管のプレート負荷の低周波チョークコイル(AFC)でしょう。 数100H(ヘンリー)のインダクタンスを持ち、巻線抵抗が過度に大きくないAFCを使います。 なおかつスクリーングリッド電圧の加減で最大の増幅度が得られる状態を求め、そこで再生から発振に移行するようコイルのタップ位置を加減します。 この辺りが「言うは易く、されど行なうは難し」なところであって、部品配置や構造、さらには製作者のスキルに負う部分大です。 それゆえ誰でも等しく最高感度にはできないのです。  使用球の58や56、あるいは6D6や76も入手は可能です。 1930年代のレトロを体感してみるのも興味深いかも知れませんね。

 【戦前の再生式受信機・その2
 The "Radio" Handbookという1938年(昭和13年)出版の米国書籍に載っていた「GAINER」という名前の再生式受信機の回路です。 Gainerなる単語はその後も様々な所で目にするので「ゲインがいっぱいとれますよ」と言った再生式受信機で高感度を謳う決まり文句のようになっているのでしょう。(笑) 回路図の書き方がクラッシックで判りにくいですがよく見ると理解できます。hi

 回路は上記のARRL-HBと大差ありませんが、ナス管やST管から進歩したG管が入手できるようになっていたのでしょう。 6S7Gと6L5Gと言うG球を使っています。これらの球は6D6と76のベース違いの同等管ですから定番の構成と言えます。  当時のQST誌を見ると、6K7や6J5も登場していたようです。 そうしたメタル管を使った方がスマートかも知れませんね。(G管:グラスエンベロープはST管と同じですが、ベース・ソケットが8脚のUS型になった真空管です)

 この受信機でも検波管の負荷は低周波チョークで、500Hのものを使っています。 この回路のままでヘッドフォン(高インピーダンス型)が十分鳴るそうです。 家庭用のラジオではラウドスピーカを鳴らす必要がありますが、HAMの用途ではヘッドフォンでも十分だったのでしょうね。 下手にパワーアンプなど追加するとモーターボーティングと言った低周波発振が起こりやすかったと思います。いまのように数10〜数100μFのケミコンなどまだ存在しない時代です。 数μFがやっとのオイルコンでは電源系のデカップリングの効果も限られたでしょう。ヘッドフォンで聴くのが間違いのない所です。

 何れにしても、昭和10年代には再生式受信機の回路はほぼ定形化していたと考えて良いようです。 生きた回路として今でも存在するのですから受信機のシーラカンスのようです。(笑)

                 ☆  ☆

戦後の再生式受信機・その1
 そろそろ戦後の話にしましょう。  これは双三極管の6SN7を1本使ったHAMの入門用受信機です。 5極管を使って入念な調整を行ったものには敵いませんが、3極管を使った検波回路は初心者でも性能が出しやすいと言うメリットがあるそうです。 回路形式は「アームストロング型」そのものです。

 1953年(昭和28年)版のJARL Handbookより転載しました。おそらくオリジナルはARRL-HBにあると思います。 そろそろスーパー全盛の時代にあっても入門用には「再生式受信機」が最適と思われていたのです。 まだCW(無線電信)とAM(無線電話)の時代ですから、SSBが復調できる性能は必要ありませんでした。 いまの時代に再生式受信機を作ってみてもAMやCWモードならけっこう実用的です。 そのころお小遣いの少なかった入門HAMには良い教材になったでしょうね。ご近所のHAM(AM局)のラグチューくらいよく聞こえたことでしょう。(参考:昭和28年当時JAではHAMは再開したばかり)

 6SN7はmt管では6CG7が近似管です。あるいは12AU7で代用しても良いと思います。ハイ・インピーダンス型のヘッドフォンを使うのが前提ですが10kΩ:8Ωくらいの小型アウトプット・トランスを介せば近代的なヘッドフォンが使えます。 なるべく密閉式で感度の高いヘッドフォンを使うとよく聞こえます。 電源は外付けにしヒータ回路もDCで点灯してやるとブーンというHUMに悩まされません。

 【戦後の再生式受信機・その2
 図はR.S.G.Bの1961年版 Radio Communication Handbookからの引用です。 この時代、英国でも同じような事情だったようで入門用として再生式受信機が掲載されています。

 検波回路と低周波増幅は上記のJARL-HBの物とさして違いませんが「9D6」というリモートカットオフ特性の5極管で高周波増幅しています。 ここまで高周波増幅のない、いわゆる「0-V-1」形式ばかり紹介してきましたが、やはり高周波増幅を付けて「1-V-1」形式にすべきです。

 CWの受信では検波回路を必ず発振させて使います。 高周波増幅がなければ、その発振勢力がアンテナから輻射されてしまうのです。 真空管を使った検波回路の場合、意外にも強力な発振状態になっていることがあって、近隣のHAM局にビート妨害を与える可能性は否定しきれません。 わずか出力数mWのQRPPerとQSOできる事実を考えれば少々の漏れと言って無視もできないでしょう。 しかし検波回路の前に高周波増幅を設ければ防げるので、推奨されるべきです。

 9D6という球は入手困難でしょうから、米国型の6BD6で代用すれば同じように作れます。 プラグインコイル形式になっていてマルチバンドの受信が可能な設計です。同じ部品は手に入りませんからシングルバンドが作り易いです。

戦後の再生式受信機・その3
 『初歩のアマチュア無線製作読本』という1969年ころの書籍(初版1969年3月15日・改定第2版1978年7月1日を参照。誠文堂新光社刊)に掲載されていた回路です。 ミニチュア管ですから、真空管こそ新しくなっていますがご覧のように回路そのものは1936年のそれと大した違いはないのです。

 入門用ということで検波回路の負荷は高抵抗に置き換えていますから近代的な球とは言っても性能はちょっと劣るでしょう。 数100Hのチョークコイルは高価ですし、ブーンと言うハム音を引きやすいなど扱いも少々厄介なので抵抗器で代替する方が入門者向きなのです。 それでも結構良く聞こえるのでHAMバンドやBCLバンドを覗くには適当だったんでしょうね。 6AV6の3極部はHigh-μなので12AU7や6SN7よりもゲインがあります。検波部を補う意味もあるのでしょう。

  電源回路の整流管:5M-K9は超入手難なので1N4007のようなシリコン・ダイオードで整流します。 250Vもの電源電圧は必要ないと思うので電源トランスは100V:100Vのアイソレーション・トランスを使うと安上がりです。半波整流でも行ける筈ですがあえて高い電圧を掛けたいなら倍電圧整流します。 6.3Vの方も2球合わせて600mAですから6VのACアダプタでDC点灯できます。スイッチングタイプではない(トランス式の)ACアダプタに限ります。

半導体を使った再生式受信機・その1
 1947年にベル研究所でトランジスタが発明されます。(公式なアナウンスは1948年でした) 増幅素子としての実用性に気づくや、様々な応用が考えられたそうです。その中にはラジオ受信機もありました。 最初はストレート形式のラジオから試みられたのは間違いないでしょう。

 やがて一般に手に入るようになると1〜3石程度の「トランジスタ・ラジオ」の製作が流行りました。スーパ形式を作るにはたくさんトランジスタが必要ですし、周辺部品も発展途上でしたからストレート式ラジオが自作の主流でした。 私も中波BCバンドの再生式2石ラジオを作った記憶があります。 ただしそれを卒業した頃にはスーパー形式に目覚めていたのであえて再生式の短波受信機など試そうとは思いませんでした。 そのころこうした回路で作ってみたら意外な発見があったと思うので本気でチャレンジしてみるべきでしたね。hi

 図はこのBlog(←リンク)で既出ですが、1970年版のJARL-Handbookに掲載されていた再生式受信機です。むかし風の呼び方では「0-T-1」と言うことになります。 アクティブ・デバイス(能動素子・増幅素子)はトランジスタですがアームストロング式の再生検波回路です。 これはBCバンド用ではなくてHAMの用途を狙ったものでしょう。 再生検波に2SA156、低周波アンプに2SB440を使っています。どちらもPNP型ゲルマニウム・トランジスタですが性能が安定してきた時代のデバイスですから好成績が期待できます。 手に入り易い代替品として2SA70と2SB77など如何でしょうか。そのまま置き換えられます。 シリコンTrでも良ければ2つとも2SA1015Yで代替して大丈夫です。
 トランジスタは意外にハイゲイン(高利得)で、ほんの僅かなコレクタ電流でも良く働きます。実際に類似の回路を作ってみるとかなり聞こえるのがわかります。 ジャンク箱から発掘してきたようなゲルマニウム・トランジスタも楽しいものですが、古臭い再生式受信機ではあっても近代的なシリコン・トランジスタの方が高性能化しやすいように感じました。

半導体を使った再生式受信機・その2
 わずか数年後、1973年版のJARL-Handbookに掲載されていた再生式受信機です。 再生検波にFET(電界効果トランジスタ)が使われています。 低周波増幅もシリコン・トランジスタ(2SC372)になりました。これも昔風の真空管式の例にならえば「0-F-1」とでも呼ぶことになるでしょうか。(笑)

 こちらもアームストロング型の再生検波回路ですが、入力インピーダンスが高く高周波性能の良い2SK19の方がこの用途には優れていたようです。 ただし、2SK19のように単純な構造のFETは3極管と同じ問題を抱えているようでした。再生がかかり始めて感度が(ゲインが)アップしてくると低周波発振を伴うことがあるのです。これは3極管を使った再生検波の挙動とそっくりなのだそうです。 結合トランスST-20のFET側にある2.2kΩはその発振を止めるのに効果的で、低周波発振が起こらぬ範囲でなるべく高い抵抗値にするのが高感度の秘訣だそうです。

 2SK19は2SK192A(Y or GR)あるいはBF256Bで代替できます。表面実装で行く場合は2SK210あるいは2SK211で良いでしょう。 2SC372は2SC1815Yが代表的な代替品です。こちらの表面実装型は2SC2712Yが適当でしょう。 受話器はクリスタル(セラミック)イヤフォンを使う設計です。 本格的なヘッドフォンを使うには低周波アンプを少し増強します。 上手に作るとごくわずかな消費電流で良く聞こえるCW受信機になります。 不要輻射を防ぐ観点から、できれば高周波増幅を前置すべきでしょうね。 同時にアンテナの動揺の影響やボディ・エフェクトが軽減できて扱いやすくなります。  次項のような簡単なRF-Amp(=高周波増幅器)でも十分効果的です。

半導体を使った再生式受信機・その3
 複雑な回路が蔓延している反動からでしょうか? 昨今はオートダイン式(再生検波式)のようにシンプルな受信機がブームのようになっています。 電子デバイスの進歩もあって昔ながらの回路であっても高性能化が容易になっているのも理由でしょう。 真空管時代には難物だったハイゲインな低周波アンプも半導体ならずっと作り易いのです。

 図は、ARRL発行の1998年秋号:Communications Quarterly誌の再生式受信機特集で紹介されている「High-performance JFET shortwave receiver」と称する受信機です。 もう20年も前になる記事ですが今でもよく参照されているようなのでピックアップしました。 基本はアームストロング型の再生検波回路ですが、いくつか工夫されています。 もちろん高周波増幅が前置され不要輻射を防ぐとともに検波に最適な信号レベルに加減できるよう考えられています。(JFET、J-FET:接合型電界効果トランジスタ)

 低周波増幅にはAD745JNというこの記事の当時もっとも低ノイズと言われたOP-Amp.をハイゲインの設計で使い一発で必要なゲインを得ています。 簡易型ながらローパス・フィルタを設けたのも効果的でしょう。しかし回路そのものはオーソドックスですね。 定番回路の域をあまり踏み出る必要もなかったのでしょう。(形式は「1-F-1」)

 J-FETはJ310または2N4416が指定品ですが、2SK192A(Y or GR)でも十分なはずです。 J310と2N4416の特性はかなり違うのにどちらでも良いというのですからRF向きのFETなら何でも良いのでしょう。 また、BF256Bの中身は2N4416と同等だったはずなので同じように使えます。 OP-Amp.は高価なAD745JNを探すまでもなく入手容易なNE5532やNJM5532などで十分でしょう。4558クラスでも良いはずです。 検波回路には再生に伴うノイズの発生があるので後に続く低周波アンプは程々にこだわれば十分です。 それらのOP-Amp.は2回路入りですから片方をアクティブ型のローパスフィルタにするなど高性能化がはかれます。

 この雑誌の特集記事はPDF版がARRLのサイトで入手できたと思います。詳しくご覧になりたいお方はダウンロードされてください。「High-performance JFET shortwave receiver」で検索すればすぐ見つけられます。もちろん英文ですけどネ。(笑)

                 ☆ ☆ ☆

 こうして振り返ると回路形式として戦前から完成されていたことがわかります。あとはデバイスの進歩で少しずつ改良されていますが、本質的な部分は変わっていないように感じます。 それぞれ製作すれば先人の足跡を辿って追体験できる面白さがあるでしょう。私はもうちょっと違うアプローチで行こうと思っています。

 これからの時代、通信型受信機の高性能化を指向するならやはりSDRが本命でしょう。 ただしHAMが自作の対象にするのは難しいと感じます。開発のスキルも勿論ですがツールを始め開発するためのハードルが高すぎます。 結局、よくできたキットや完成品を求めた方が正解となってしまうでしょう。 そうなると完全自作で楽しめる実用的受信機はスーパーヘテロダイン型がもう暫く本命であり続けると思うのです。 もちろん私見に過ぎませんが、これは再生式受信機を幾つか試みたいまでも変わりません。

 しかし、再生検波の技術を使えばごくわずかなデバイス数で交信可能な感度を持った受信機が作れることは事実であり、そこに面白さや魅力を感じます。 これはQRPなCW送信機で交信するのと通ずるものがあるからではないでしょうか。 もちろん快適さには欠けますがミニマムなリグでQSOを試みるというスリリングな体験はシンプルな自作機ならではのものです。 現代は優秀なデバイスがタダのようなお値段であふれているのですから、トランジスタを倹約してもまったく意味などないかも知れません。 でも、たった数球や数石で山ほどたくさん半導体を使ったトランシーバと同じこと(即ちQSO)が出来るのですから痛快ささえ感じますね。(笑)

 単にシンプルな受信機ならワンチップなラジオ用Cも選択肢です。 あえて再生検波式の受信機を試したいと思ったのはもう少し他の理由もあります。 以前からの疑問を試す機会でもあり、そのあたり追い追いお話ししたいと思います。 ではまた。 de JA9TTT/1

☆ 実験の進捗しだいで時々Blogをお休みするかも知れません。

つづく)←リンクfm

2019年6月7日金曜日

【回路】455kHz PLL Oscillator

【455kHzのPLL発振器:BFOまたはキャリヤ発生用に】
 【455kHzのフィルタ発掘
 選択度とAGC特性のよろしくない既成の受信機の改造でもしようかと思って先ずはフィルタから・・・と探し始めました。

 発掘されたのは良さそうなクリスタルフィルタです。どちらも新品ではありませんがSSB用とCW用がありました。 AM用はセラミック・フィルタがあるのでひと通り揃いそうです。 IFアンプはなにで行こうかと考え始めたのですが、その前にSSBやCWの復調に必要なBFOが心配になりました。 453.5kHzや456.5kHzと言った水晶発振子の持ち合わせはないと思ったからです。
 探したら456.5kHz(LSB用)は見つかったのですが、やはりUSB用やCW用はありませんでした。 今どきですからDDS発振器で行けば簡単に解決なのですが、探していてずいぶん昔に455kHz帯の発振器を検討したことを思い出しました。

                   ☆

 今となってはあまり有用とは言えないかもしれませんが、「実験基板」の保管場所から発掘した455kHzのBFO基板を評価しました。 この発振器はもともと455kHzのSSB用あるいはCW用のフィルタを活用するためだった筈です。 古いものでしたが思っていたより好成績だったのでBlogネタにしたようなわけです。 PLL回路を使ったものですがスペクトラムは十分綺麗ですし、マイコン+DDSで行くよりも消費電流が少ないのはメリットだと感じます。

 SSB用のフィルタは手元にあるけれど、BFOやキャリヤ発振器に困っているようでしたら少しは参考になるかも知れません。そんな程度の話です。  DDSモジュールに付き物の制御用マイコンはいらないのでプログラムの開発環境がなくても作れます。 この辺にメリットを感じる人もあるかも知れませんね。 とは言え、相変わらず自家用の備忘Blogですから大した中身はありません。悪しからず。 工夫で解決しようという精神は昔もいまも健在です。(笑)

参考:製作した当時のマイコン開発環境はいまのようにお手軽ではなく、DDSもまだ一般化しない時代だったのでPLLは合理的な実現手段の一つだった筈です。

 【455kHzのPLL-BFO全景
  ICB-93Sと言うサンハヤトのユニバーサル基板に作ってあります。サイズは72mm×95mmです。

この基板だけで453.5kHz及び456.5kHzのほか、CW用として455kHz±800HzのCW用(2種類)の発振出力が得られます。 各周波数は1回路4接点のスイッチで簡単に切り替えます。 50Ωの負荷に10dBm(=10mW、約2Vpp)得られるのでダイオードDBMにも適当でしょう。 ごく普通の水晶発振子を周波数の基準にしていますが、発生周波数が455kHzと低いため周波数安定度はまずまずです。一般的な水晶発振器と同じような性能です。 電源は標準12Vを与えます。 基板内部に8Vの三端子レギュレータがあるので10〜15Vの範囲なら大丈夫。約20mA消費します。

 この発振器の基本はPLL式です。 PLL発振器の設計方法は過去のBlog(←第1回へリンク)に詳しく書きました。 この基板は1992年に作ったものです。 何ぶんにも作った時期が古いので幾らか考え方に異なる所もありますが、その基本は違いません。 後ほど評価結果がありますが十分な性能でした。 いま見ると少し改善したいところもあるのですが、そのままそっくり製作しても使い物になります。

 【455kHz PLL-BFO 回路図
 回路の説明です。 基準周波数の発生には2MHzの水晶発振子(HC-49/U)を使っています。発振はFET(電界効果トランジスタ)で2SK241GRを使いましたが、ここ(Q3)は2SK192AGRでも良いです。 2000.1980kHzを発振させたあと、リファレンス・デバイダのTC9122P(U2)で666分周して比較周波数:3.00330033・・・kHzを得ます。 なお、CW用のときは665または667分周します。

 VCO(Q1)は2SK241GRを使ったハートレー型発振回路です。バリキャップ(可変容量ダイオード)は製作当時適当な手持ちがなかったらしく、05AZ33Yと言う33Vのツェナー・ダイオードで代用しています。 実験ノートのメモによると逆バイアス電圧が1Vのとき22pF、7Vのとき13pFの端子間容量とあります。 10pF程度の容量変化があれば455kHz付近で数kHzを可変するには十分ですから使ったものと思います。 今でしたら20pF程度の変化量が得られるバリキャップは容易に手に入ります。それを使うべきでしょう。それくらいの容量変化が得られれば4個使いではなく2個をつきあわせて使えば十分です。

 VCOの出力(Q2)には2SK241GRを使ったバッファアンプを置き、約10dBmの出力を得ています。 2SK241GRは2SK544Fや2SK439F(ピン配置注意)で代替できます。 VCO部分(Q1)は2SK192AGRやBF256Bで代替できますが、バッファアンプ(Q2)はなるべく2SK241GR等が良いです。

 VCOの出力はプログラマブル・デバイダのTC9122P(U3)で151あるいは152分周され位相比較器へ送られます。

 位相比較器はMC14046B(CD4046Bでも同じ)を使っています。比較周波数が約3kHzと低いため、スタンダードC-MOSの位相比較器で十分です。 もちろん74HC4046も使えますが高速C-MOSを使っても性能アップするわけではありません。もし74HC4046を使うなら最大電源電圧が低いので電源を7Vに下げる必要があります。 3kHzステップなので10kHzのPLLよりも設計は難しくなります。 ループ・フィルタはパッシブ型で、デザインが古いのでインピーダンスは高めの設計です。しかし後ほど示すようにスペクトラムを観測した限り支障は感じられませんでした。
 なお、リファレンスのフィードスルー(漏れ)が気になったらしく3段のリファレンス・フィルタが追加してあります。 いまでしたらC-MOS OP-Ampを使ってバッファ機能を持ったリファレンス・フィルタを構成するでしょう。 スペクトラムを観測していて性能が不十分なようなら改造しようと思っていたのですが、支障なかったためそのままにしました。 ただしVCOの調整は多少クリチカルなようです。

 電源は+8Vの3端子レギュレータで安定化しています。 周波数切り替えのためにプログラマブル・デバイダとリファレンス・デバイダの両方の分周数を切り替えます。 簡単なスイッチで済ませるためにダイオードを使ったマトリクス回路が組んであります。 この部分がハード的な「プログラム」の一種と言えないくもありませんね。hi

 回路はわりあい簡単ですので、部品が揃えば短時間で作れます。 ちょっと面倒なのはコイル巻きかも知れません。 コイルについて詳しくはVCOの写真のところにあります。

 【2MHz・基準発振回路】
 2.000MHzちょうどを発振させてしまうと、必要とする453.5kHzや456.5kzの誤差が大きくなりすぎるため、少しオフセットさせます。 具体的には約189Hzほど高く合わせます。 これを666分周して3.00330033・・・kHzを得ます。

 ごく普通の2MHzの水晶発振子は+189Hzくらいの周波数なら簡単に合わせられます。 特注などせず、ごく一般的な市販品の2MHz水晶発振子が使えます。 わざわざ水晶発振子を特注するくらいなら455kHz帯の水晶を頼めば良いわけですからね。既製品で間に合わせるのがミソです。(笑)

 昨今はTC9122Pがやや値上がり気味なので経済性が悪くなっていますが、水晶発振子を4つ特注するよりも安上がりでしょう。 納期を待つ必要もありません。 TC9122Pではなく標準的なHC-MOSのカウンタで構成することもできます。 ICの数は増えますがその方が経済的でしょう。(例えば74HC161を2+3=5個使う)

 お気付きのお方もあると思いますが、ごくわずかな周波数誤差は許容すると言う設計です。計算上、USB用/LSB用ともに約1.7Hzほど誤差を伴います。 しかし一般的な455kHz帯の水晶発振器でも数Hzの変動や誤差は普通に存在しますので性能は同等です。 実際に類似設計した455kHz帯のPLL-BFOを使った受信機ではなんらの支障も感じませんでした。 PLL式の場合、基準発振器を合わせれば全部の周波数が揃うので個々の周波数合わせの面倒がなくてむしろ便利なくらいです。

 完璧主義者ならTCXOとDDSでやるのが良いと思いますが恐らく実用の上で違いはわからないでしょう。 要するに電子回路は実用性能が得られれば十分なわけです。わずかの誤差を許容すれば水晶発振子の特注など不要になります。

VCO回路
 VCO(電圧制御発振器)はハートレー型のLC発振器です。 その同調コンデンサの一部にバリキャップを使い発振周波数を電気的に可変する形式です。 既述のようにバリキャップはツェナー・ダイオードで代用しています。

 発振コイル(L1)は東光の7PLAと言う低い周波数用のコイルボビンを使ったものです。 インダクタンスは500μHあります。 全部で112回巻きでタップはGND側から17回の位置から引き出します。巻線はφ0.05mmのポリウレタン電線です。

 同等のインダクタンスが得られれば良く、一例としてaitendoで売っている「IFTきっと」のような素材で作れます。 500μHを得るための巻き数は異なるのですが、タップ位置を同じ比率のところから取り出せば大丈夫です。 実測しておいた手元のデータによるとaitendoの「IFTきっと」の場合、φ0.08mmの巻線で127回くらい巻くと500μHが得られます。タップの引き出し位置はGND側から19回のところにします。

 VCO回路の出力部分にあるコイル(T1)は同じく東光の7PLAコイルボビンが使ってあり、同調側(FET側)が45回、出力リンクが8回巻いてあります。+10dBmを取り出すために低いインピーダンスに設計してあります。  1500pFで455kHzに同調すれば良いので同調側のインダクタンスは約80μHです。同じくφ0.05mmのポリウレタン電線で巻いてあります。 ここにもaitendoの「IFTきっと」を利用するなら、同調側は53回、出力リンク側は9回で良いでしょう。こちらの巻線はφ0.08mmのポリウレタン電線を使います。

 発振部(Q1)は2SK192AGRやBF256Bでも大丈夫ですが、バッファ・アンプ部(Q2)は2SK241GRや2SK544Fが良いです。 負荷インピーダンスが低いので2SK192AGRやBF256Bであっても発振してしまう可能性は低いのですが、2SK241GRや2SK544Fなら安全です。 もちろん日立ファンのお方は2SK439Fでしょうね。2SK439は足ピンの配列が逆順なので注意します。

【基板の裏面】
 裏側など見ても詰まらないと思います。 大した回路ではないので配線も簡単です。 部品配置が合理的ならあまりジャンパー線も増えません。

リファレンス・フィルタの部分を後から追加したように思うので、多少余裕のない部品配置になっています。 基板にはまだ余白があるのでVCO部分はもう少し場所を確保しておきたいと感じました。

 なるべく小型の部品を使い、リード線が不必要に長くならぬようにハンダ付けします。  特にVCO部分の部品や配線がブラブラすると出力信号のスペクトラムにノイズが乗る可能性があります。 使ったコイルはコアが強く止まっているので振動で緩む可能性は低いと思います。もし可能ならパラフィンなどを塗布して緩み留めを行なうとベストでしょう。 製作後少し経ってから再調整の必要があるかも知れません。接着剤のようなもので完全に固めてしまうのはうまくありません。

スペクトラムの観測・その1
 一例として、LSB用の456.5kHzを10kHzスパンで観測している状況です。 このように細くシャープなスペクトラムが得られます。 以前のBlogのとき見た7MHz PLL発振器のスペクトラムよりも裾野はずっとシャープですが、これには理由があります。

 VCOの可変範囲がずっと狭くなっており、VCOの感度が低くなるように作ってあるからです。さらにロックアップタイムもtL=500mSとかなり遅い応答にしています。頻繁に切り替える必要がないからですが、それでも0.5秒なら普通は支障ないです。 この辺りが3kHzステップのPLLであっても綺麗な出力が得られている理由です。
 そもそも周波数が低いのも有利なのでしょう。 このスペクトラムを見ると良くできた水晶発振器に遜色のない信号が得られていると思います。 写真のノイズフロアはスペアナの測定限界によるものです。

スペクトラムの観測・その2
 今度はUSB用の453.5kHzを発生させて、100kHzスパンで観測しています。 リファレンスのフィードスルー(漏れ)によるスペクトラムの汚れも見られず、非常に綺麗です。

 CW用のスペクトラムは示しませんが、USB/LSBと違いません。  何れにしても、これならSSB/CWの復調用にもSSBの発生用にもまったく問題はないでしょう。 普通に水晶発振子で作ったBFOやキャリヤ発生回路と同等に使えます。DDS発振器と違って折り返しのスプリアスが存在しないのもFBでした。

 少々古くなってきた技術で作った発振器ではありますが目的の用途には十分な性能でした。 あえて作りかえることなく、このまま完成したユニットとして活用しましょう。 作ったことを忘れていましたが旨いものが見つかってよかったです。(笑)

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CW用メカフィルも発掘
 探していたら600Hz幅のCW用メカフィルも見つかりました。 こうしたフィルタの中心周波数は概ね455kHzになっています。 CW用のBFOは中心周波数から約800Hz離れた位置に置けば良いでしょう。

 このPLL-BFOではリファレンス・デバイダの分周数とプログラマブル・デバイダの分周数の両方を変えることでCWにちょうど良いBFO周波数を得ています。 実際には455kHz±820Hzくらいになっています。 フィルタそのものの通過帯域幅は500〜600Hzあるので600〜1kHz程度のビート音で聞くことができます。 CW用としてちょうど良いです。

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 455kHz帯でフィルタ・タイプのSSBジェネレータを作るには標準値として453.5kHzと456.5kHzの発振器が必要です。 無線機の自作が盛んだった頃なら既製の水晶発振子が売られていたのですが、いまでは特注するしかありません。

 ちょっと考えると、この2つの周波数はちょうど3kHz離れていますから3kHzステップのPLL発振器で作れそうに思えませんか? ところが、どちらの周波数も3kHzの整数倍ではありません。 また1.5kHzの整数倍でもないのです。 従って単純な3kHzステップのPLLでは発生できないのが面倒なところです。 まあ、100HzステップのPLLなら巧く行くのですが、こんどはソレを作るのが難しいです。他にヘテロダイン式という手もありそうですが・・・。

 この例のように、多少の周波数誤差を許容すれば簡単な回路でうまく作れます。 興味が湧いてきたら電卓を片手に計算されてみてください。 当てずっぽうではなく、合理的な設計・計算法があるのですが冗長になるので省きました。たぶん必要とする人は稀でしょう。

 完璧主義者には向きませんが実用主義者には十分な発振器が実現できます。 455kHzのSSBフィルタ用だけでなく、他の周波数のSSBフィルタが対象であっても同様に可能なので応用してみるのも面白いと思います。 国際電気のアマチュア用SSBメカフィルのように中心周波数が個々に少しずつずれているようなケースでもちょっと工夫すれば実現可能です。
 Blogに僅かでも計算の話が登場するとそこで思考ストップしてしまうみたいですが何だか淋しいですね。たまには頭の体操と思って試しては如何。(笑) ではまた。de JA9TTT/1

(終わり)nm+4