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2022年9月26日月曜日

Reciever Frontend Design (2)

受信機のフロント・エンド設計(2):ミキサ編

作ってフロントエンドを探る
 前回のフロントエンド:その1(←リンク)では雑誌・書籍の記事を参照しながら受信機のフロントエンド部分を探ってみました。 今回はフロントエンドでは重要な役割を担うミキサ回路を実際に製作して評価したいと思います。

 受信機に使われるミキサ回路と言っても様々なものがあります。 ここでは通信型受信機が目的ですから「高性能なミキサ」を試すことにします。

 現代における高性能ミキサと言えば「大信号における低ひずみ」が最も重視されています。 いにしえの真空管時代はミキサノイズが課題とされていました。ですから7360のような原理的にローノイズなビーム偏向管が重用されたのです。 しかし現在ではデバイスの進歩からミキサのノイズ特性はあまり問題にならなくなっています。 ローノイズなミキサが作れるようになったのはもちろんですが優秀なローノイズ・トランジスタやFETと言った高周波デバイスの発展でミキサのノイズ特性は最重要ではなくなっています。 その代わり大きな入力信号でもひずみが少なくIMDによるスプリアス(不要な信号)発生のない「直線性に優れるミキサ」が第1に望まれています。(写真はフロントエンド・フィルタのテスト風景)

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 「私だけの受信機設計」(第10回)では高性能受信機のキーポイント:フロントエンドのミキサ部を扱います。 前回のフロントエンド考察でも幾つかのミキサ回路が登場しました。 しかし半導体式では既製品の「ダイオードDBM」に殆どすべて任せてしまいました。 もちろんそれで実用的な性能は十分に得られるのですが、より高性能と言われるミキサーに触れないのではどうも物足りません。ごく限られた試作に過ぎませんが実力を探ってみました。

 動作説明の他に実験結果なども交えているため今回も長大な(冗長な?)Blogになっています。 やたらと暇を持て余しているなら別ですが、お忙しいお方はココでやめていただくのが宜いでしょう。あまり大したことは書いてありませんし、公開した資料もかなり限られたものです。 いつか余暇ができた折にでもじっくりご覧いただきたいと思います。 ご覧になったらコメントなどお書き下さい。

高性能受信機のミキサ素子とは
 これからテストするミキサ回路に使用する半導体デバイスを集めてみました。

 左上のダイオード4本は1SS97(2)と言うショットキ・バリア・ダイオード(SBD)です。既にSBDはミキサでは定番ですね。型番の末尾に(2)がついているのは逆耐電圧選別品です。一般品よりも耐圧が高いものです。但し今回の実験では一般品でまったく支障ないはずです。

 変換基板に搭載されているのは「高速バス・スイッチ」と呼ばれるもので、FETを使ったアナログ・スイッチの一種です。 ダイオードで構成されたDBM回路と同じ機能をFETを使ったスイッチで実現するために使います。高速バス・スイッチは各社から同等品が出ていますが、ここでは「3126タイプ」のQS3126S1を使いました。制御端子が逆論理の「3125タイプ」も同じように使えます。

 14PinのICは初めからハイレベル・ミキサとして登場した英プレッシー社製のIC-DBMである、SL6440Cです。MC1496やSA612Nとは比較にならない高性能ですが、残念なことに生産は終わっています。今回は時間不足でテストできなかったのでQST誌のテスト結果を転載しておきました。いずれ機会をみて自身でテストしたいと思っています。

 小さな面実装型のICはNJM2288F1です。これはローレベル用IC-DBMです。今回の高性能ミキサ特集とは場違いなのですが買ったのを忘れていたので写真に収めました。VUHF帯に向いています。こうして忘れないようにしていつか試してみましょう。

RFトランスも等しく重要部品
 高性能なミキサと言えばICやFETと言った電子デバイスばかり注目されますが、実はある程度以上の性能に達するとこうした高周波用トランス(RFトランス)の性能が効いてくるのです。

 以下のテストではすべて既製品のRFトランスを使いました。これは手間を省くと言う意味もありますが、市販品を使うことで回路の再現性が向上することも狙っているわけです。トランスの作り方で性能が変わってしまい結果に差が出ることを防ぎたかったのです。

 MCL社のRFトランスはたいへん小型なのでブレッドボードに搭載するのには便利なのですが、いずれも米粒のようなサイズのフェライト・コアに細い線材が巻かれているはずです。したがって扱えるパワーにはゆとりがありません。ですからより高性能を目指すなら最適なコア材に巻いて自作する必要がありそうです。

 特にこうしたRFトランスではコア材のフェライトの種類が重要です。 コアの材質によってはトランスにツートーン信号を通すだけでIMD(相互変調ひずみ)が発生します。初透磁率:μiが大きなコア材は少ない巻き数で巻線間の結合が密にできることから広帯域トランスとして望ましいのですがひずみ特性は芳しくないものがあります。高性能なDBMに使う以前にトランス単独でテストする必要がありそうです。

 すべてのコア材を試したわけではありませんが、アミドン社のものでは#43材がまずまず良好なことが確認されています。

バス・スイッチを素直に使う例
 バランスド・モジュレータ(以下バラモジ)に高速バス・スイッチを活用する方法はいくつかあります。

 図の回路はダイオードを4本使ったバラモジを高速バス・スイッチでそのまま置き換える方法です。バス・スイッチの動作はダイオードを使うバラモジとまったく同じです。 ダイオードの場合は強力な局発信号をダイオードに流すことでON/OFFしていました。

 それに対して、バス・スイッチではスイッチの開閉信号に矩形波(くけいは)変換した局発信号を使います。 矩形波でON/OFFするスイッチですから、徐々にONして行く、徐々にOFFに戻って来る・・・と言った非直線性を伴うような「曖昧な状態」は殆どないためIMDの発生が抑えられるのです。(これはある意味「理想論」です。矩形波の立ち上がりスピードは有限ですから・・)

 ダイオードを正弦波の局発でON/OFFするとおのずと「曖昧な状態」は発生するわけです。 だから矩形波の局発でダイオードを・・・と言った話はまた後ほど。(笑)

 この回路形式も有望なのですが今回はテストしませんでした。 SSB発生用のバラモジに類似回路を使ったところ非常に優秀だったと言う実績があります。但し、アナログ・スイッチのON抵抗変化が逃れられるようインピーダンスを考えた回路で使いました。 この回路例のようにインピーダンスが低い・・・50Ωの回路で使うとON抵抗の影響から逃れられないでしょう。しかし、いずれテストしてみたいと思っています。

 ここでは高速バス・スイッチを次に説明するようなH-Modeと称する回路形式で使ってみました。

バス・スイッチでH-Modeミキサを作る
 H-Mode DBMと言うのは英国のHAMである、G3SBI:Colin Horrabin氏(2020 Silent Key)によって考案されたものです。

 左図は動作原理図です。バイアスを掛けていないのでこのままではアナログな信号・・例えば受信機のRF信号は扱えませんが原理を理解するにはわかりやすいでしょう。 4つのFETは矩形波のゲート信号により交互にON/OFFしてバラモジの機能を実現しています。

 FETによるスイッチが理想的であればこの回路も歪みの原因になるものはありません。実際にはFETがONの状態でも数オームの「ON抵抗」が残ります。そのON抵抗に電圧依存性・・・抵抗の両端に掛かる電圧により抵抗値が変化する現象・・・がなければ単なる「抵抗器」と同じですから歪みの原因にはなりません。 しかし現実にはFETのON抵抗には電圧依存性があって、それゆえIMDが発生するのでしょう。

 ただ、ダイオードを使ったスイッチよりも非直線性は少ない筈です。従って優れたIMD特性が期待できるわけです。

 原理図ではなく具体的にミキサ回路を構成した例は後ほど登場するフロントエンドの回路図のところにあります。実用回路の詳しい話はそのとき改めて。

H-Modeミキサ:テストボード
 写真は高速バス・スイッチ:QS3126S1を使ったH-Modeミキサをブレッドボード上に試作した例です。

 扱う周波数は7MHzですからブレッドボードでも支障ありません。 バス・スイッチも変換基板に載せています。 RFトランスは3つ必要で、いずれもMCL:Mini Circuits Lab.社の小型RFトランスを使いました。 周波数帯の関係からRF入力部には高周波特性の良いADT4-1WTを、I-F信号が出力される部分にはI-F周波数が440kHzですから周波数特性が低い方まで伸びているTT1-6を使いました。 高速バス・スイッチはQuality Semiconductor社のQS3126S1を使っています。

 周波数変換のための局発信号はDDS発振器(←リンク)で得ています。なお、局発信号は一般的なLC発振器を使ったVFOでもまったく支障ありません。 その局発信号をブレッドボード上のハイスピードC-MOS IC:74AC86で矩形波変換します。矩形波に変換したあと位相が非反転と反転した波形を作って高速バス・スイッチをドライブします。 ボード上の可変抵抗器は矩形波のDuty比が50%に・・・HighとLowが半々に・・・なるよう調整するためのものです。Duty=50%の矩形波でバス・スイッチの2組のFETが等しく交互にON/OFFを繰り返すようにします。

2トーン信号源の性能確認
 はじめにミキサの評価・測定に使用した2トーン・ジェネレータのスペクトラムを確認しておきます。

 写真のように各信号の大きさが0dBmの2周波が発生できるものです。 2つの周波数は7430kHzと7440kHzです。10kHz離れた2トーンです。大元が水晶発振器なので周波数は可変できません。 出力インピーダンスは50Ωです。 信号を絞る場合は外付けのアッテネータを使用します。

 しばらく前に製作した自作品ですが、このテストに先立って確認と再整備を行ないました。 各信号のレベルは良く揃えてあります。レベルの絶対値はレベルジェネレータとスペアナを使って合わせました。 ご覧のように-85dBmあたりにノイズフロアがありますが、これは観測に使ったスペアナの性能限界によるものです。その範囲においてIMDはまったく観測されません。 より広いダイナミックレンジを持ったスペアナで評価したことがありますが、-100dBm近くまで歪み成分は確認できませんでした。 従って今回のような高性能ミキサの評価用として十分使えるテスト信号源です。
 「ああそうなのか」と何気なくご覧かと思います。こうした信号源を用意することや写真のように綺麗に測定するのはそれほど容易でないのはやってみた人だけがわかります。

                   ☆

H-Modeミキサの3次IMD:下側
 写真は高速バス・スイッチ:QS3126S1を使ったH-Modeミキサに各信号が0dBmの2トーン信号を与えて得られた出力信号を示します。下側の周波数に変換された信号を観測しています。
 製作中の通信型受信機での使用を考えていますので、観測の中心周波数は440kHzです。

 局発信号は7875kHzで+6dBmを与えています。ただし矩形波変換回路があるので局発信号のレベルは原理的に影響しません。矩形波変換回路が正常に働く範囲において一定になります。

 3次のIMDは主信号に対して-65.1dBとなりました。 入力信号は0dBm/Toneです。 周波数変換ロスは約8dBです。 これらの値から計算した第3次の入力インターセプトポイント:IIP3は約+32.5dBmとなります。 同じく出力側の3次のインターセプトポイント:OIP3は+24.5dBmとなりました。

評価
 まったく同じ条件と言う訳ではないのですが、同じバス・スイッチ:QS3126S1を使ったH-Modeミキサを試作したことがあります。 その結果を振り返るともう少し良い性能だったようです。 原因は追求していませんが、主にRFトランスの差ではないかと考えています。(そこだけしか違いはないからです。I-Fが17MHzでのBest DataではIIP3=+47dBmでした)
 しかし、IIP3≒+32dBmならかなり優秀なDBMと思って良いでしょう。 ごく一般的なダイオードDBMではIIP3=+15dBmくらいだからです。もちろんIIP3=+15dBmだってけして悪い数字ではありません。何しろIC-DBMのSA612AなどIIP3=-12dBmに過ぎないのですから・・・。
(参考:20dBの違いは電圧で10倍、パワーで言えば100倍の違い。同40dBは電圧で100倍、パワーで1万倍ですからねえ・・・)

H-Modeミキサの3次IMD:上側
 上と同じような写真ですが、こちらは上側に周波数変換された信号を観測したものです。 7430kHz+7440kHzが周波数変換されて約15.310MHzに周波数アップされました。

 3rd-IMDは主信号の-71.28dBでした。これから計算されるIIP3は約+35.5dBmとなります。 OIP3は約+27.5dBmです。 このように高い周波数へ変換する方が幾分良好なIMD特性を示すのは小さなRFトランスにとって楽になるからでしょう。 低い周波数ではインダクタンスの関係で磁束密度が大きくなりコア材の非直線性の影響が現れやすくなるものと思います。

 従って、少しでも良い性能を得たいと考えるならアップコンバージョン形式を考えた方が有利です。 あるいは455kHz帯へ周波数変換を考えるなら、余裕を持ったサイズのコア材に・・もちろんひずみ特性の良いものに・・十分な大きさのインダクタンスが得られるように巻いたRFトランスを作る必要がありそうです。

H-Modeミキサのローカル漏れ
 写真はローカル・オシレータのI-Fポートへの漏れを示しています。

 -48dBmですからまずまず良好なアイソレーションが得られていると思います。 ブレッドボード構造ですからそもそも不利です。 広いグランドプレーンの両面基板に最適化して製作すれば改善も可能でしょう。

 なお、RFポートにも同じ程度漏れますのでなるべくRFアンプを設けた方が良いでしょう。 そのアンプのゲイン分だけIIP3は縮小しますが、局発の漏れはできるだけ防ぎたいものです。 入力フィルタのロスが補える程度のローゲインなRFアンプが正しい選択でしょうね。

参考:ローカル信号(管面中央)の左右に2トーン信号の影響で現れるスプリアスが見えます。2トーンをオフすると消えるものです。こうしたスイッチング形式のミキサ回路では出力に様々なスプリアス信号が現れることに注意が必要です。50Ωのレジスティブな負荷(抵抗性の負荷)で終端してしまえば特に支障はありません。

H-Modeミキサに現れるスプリアス:150MHzまで
 写真はH-ModeミキサのI-F出力端子に現れるスプリアス信号を示します。 150MHzまでの範囲で観測していますがこの先の高い周波数までずっとスプリアスが並びます。

 アナログ・スイッチ(高速バス・スイッチ)の開閉に高速C-MOS ICで作ったエッジの立った矩形波を使っているので、非常に広い周波数範囲のスプリアスが生成されるのです。

 H-Modeミキサの使用に当たっては、I-F出力にディプレクサを置いてさらに高IPなポストミキサアンプも設けます。そのようにすればスプリアスは終端されてしまい実用上支障がない状態で使えます。 しかしこれだけ大量に発生するスプリアスが漏れたら影響が出ますから、ミキサのI-F出力はなるべく引き回さないようにした方が良さそうです。

H-Modeミキサを採用のフロント・エンド
 写真はH-ModeミキサにRFアンプやポストミキサ・アンプなど付加して7MHz受信機のフロントエンドとしてテストしている様子です。

 入力回路はバリキャップを使った同調周波数可変型のバンドパス・フィルタになっています。 写真にはテストの途中で試用した暫定版のRFアンプが写っています。実働テストでは次の回路図の回路を使っています。

 実際に受信してみて中々良好な性能が得られています。ただし以前紹介した簡易版のフロントエンドと比較して格段の違いは感じられませんでした。 もちろん測定的には少なくとも20dB以上、大入力信号特性は向上しています。しかし実際にアンテナを繋ぎ受信していてそれが発揮できるような状況はほとんど発生しないのです。 従って、簡易版とさして違わぬ感触というのは当たり前なのです。
 それでもきちんとしたフロントエンドを指向するなら、こうした設計をしたものが良いはずです。様々な配慮を行なって製作しただけの効果は実際にあるわけですから。

H-Modeミキサ採用の回路図
 H-Modeミキサをメインにしたフロントエンド部の回路例です。推奨する意図はありませんので参考程度にどうぞ。回路は現在も検討を進めていて改良・改善の途上にあります。

 最高性能のRFアンプは採用しませんでしたがこれには理由があります。 I-F周波数が440kHz(455kHz)のシングルスーパ形式では、入力フィルタ部分の難しさがありました。通過損失を抑えながら十分なイメージ比が得られるようなフィルタの実現は困難だからです。

 従ってより高性能なフロントエンドを目指すならI-F周波数はもっと高くすべきです。これが実験してみての結論です。第1中間周波を数MHzに選びダブル・コンバージョン形式にすると言った回路構成が現実的でしょう。 シングル・コンバージョンで行きたいなら高い周波数のI-Fフィルタを使うのも良い方法です。何かと問題が多いミキサは増やしたくないですからね。
 あるいはI-F周波数を455kHz(440kHz)のままで行くなら受信周波数帯を変更して、例えば80mや160mバンドの受信機として製作する考え方もあるでしょう。ハイバンドはクリスタル・コンバータで対応するわけです。 その上で高性能なRFアンプを採用したいと思います。

 H-Modeミキサの出力スペクトラムを見てしまうと、いい加減なポストミキサ処理では済まないことがわかります。この回路では440kHzのバンドパス型ディプレクサを作っています。コイルは既製品がないので7PLA型というコアに巻いて自作しました。通過ロスを最小にするためには同調調整が必要ですからインダクタンスが可変できるように作ります。

 またポストミキサアンプにも2SC2407を使った強力なものを使いました。(まだ強度不足を感じます・笑)トータルのフロントエンド・ゲインはやや多めになりましたが受信してみてちょうど良いくらいに感じます。
 しかしシンプルな路線で行くなら簡易版のフロントエンドで十分でしょう。7MHzモノバンドのCWトランシーバくらいなら簡易版のフロントエンドであまり不満は感じないだろうと思っています。

                 ☆ ☆


ハイレベル・ダイオードミキサ:PRC-74Bの回路
 以前のBlog(←リンク)でハイレベルなダイオードDBMについて検討したことがありました。 そのときは一旦ペンディングにした案件ですが、今回あらためて仕切り直してテストすることができました。

 そのとき検討したのは軍用トランシーバのミキサ回路でした。PRC-74Bというフィールド用のSSB/CWトランシーバのミキサ回路で、受信時は1stミキサとして動作します。 送信時にはヘテロダイン・ミキサとしても使います。 図のような回路になっていて双方向性のあるミキサ回路です。

 この部分はモジュール化されているため参照したインストラクション・マニュアルに詳細は何も書かれていません。 今回の調査で入力部のトランスは図に示したような位相になっていなくてはならないようです。 この巻線の位相を示す黒丸●は私が書き加えたものです。これは実験的にも確認しています。この絵のように素直に巻線を並べて作ったのでは正常に動作しません。hi

ハイレベル・ダイオードミキサのテスト回路
 具体的なテスト回路を示します。 このテストでも局発信号(Lo-OSC)は矩形波に変換してダイオードに与えています。 これがこのミキサで高性能を得るための秘訣の一つです。

  ただしPRC-74Bではそのようなこと(=矩形波変換)はしておらず、正弦波のまま局発を与えています。正確な局発レベルまではわかりませんが、回路構成を見ると十分な大きさの局発を与えているのは間違いないでしょう。50mWくらいではないでしょうか?
 それでもなお図のテスト回路の方が優れるはずです。局発を矩形波で与えることはIMDの発生に対して明らかに有利なのです。(その代わり出力には高調波によるスプリアスが多量に生じるのですが・・・)

 ここでは高速C-MOS ICを使った矩形変換回路を構成したあと、余ったゲートをパラレルに配線し電流容量を増やしてダイオードを強力にドライブするようにしています。 そのため消費電流はかなり増えましたが、高性能を得るためにはやむを得ない感じです。(笑)

 入力部分のトランスはPRC-74Bのような5巻線型はやめました。 トランスを2つに分けて等価な回路を構成しています。トランスの数は増えますがこうすれば既製品のRFトランスが活用できるようになります。 さらにトランスが2つになることでパワーが分割されるのでRF信号のハンドリングも幾分楽になるでしょう。 なお、低い周波数まで使えるRFトランスを3つ使いました。タップの関係で2種類使っていますが、T1-6TとTT1-6は概ね同等のトランスです。部品を統一する意味では3つともTT1-6でも良いでしょう。

テスト回路外観
 ハイレベル・ダイオード・ミキサとして単独にテストする目的で小型のブレッドボードに組み立てました。

 フロントエンドとして完成させるにはRFアンプやディプレクサなど補う必要があります。このサイズのボードには載せきれません。 しかしミキサ単体でのテストには十分なサイズです。 基本波型の正弦波-矩形波変換回路も支障なく搭載できました。 トランスの数は同じですがH-Modeミキサよりもコンパクトに組めます。

ハイレベル・Diミキサの核心部
 RFトランスが3つとショットキ・バリア・ダイオード(SBD)が4つのシンプルな回路です。

 部品数は少ないですが、トランスの巻線の位相関係を間違えないように十分注意が必要でした。 間違えると正常な動作は期待できません。まあ、これは当たり前ですね。

 プリント基板化するときはトランスの配置を再考すべきです。入力RF信号とI-F信号出力の取り回しも最適化した方が望ましいです。 このミキサもH-Modeミキサと同じCommutating Mixer(スイッチング・タイプのミキサ)ですから出力にはたくさんのスプリアス信号が現れます。 RFポートに逆流しないよう部品のレイアウトや配線は重要です。その上でリバース・アイソレーション特性に優れたRFアンプを設けるべきでしょう。

基本波型・正弦波-矩形波変換部
 基本波型の正弦波-矩形波変換器です。

 DDS-VFOを使う前提であれば。2倍周波数の局発信号を発生させてフリップ・フロップ回路で分周しデューティ比が50%一定な矩形波を発生させる方法もあります。
 そのようにすれば無調整化できますが、ここでは汎用性を考えて基本波型の正弦波-矩形波変換器を作りました。DDS-VFOだけでなくLC発振のVFOも使えます。 その代わり調整の手間があります。さらにアナログな方法なのでDuty=50%を安定的に得るには幾らか課題もありそうです。

 使用したICは高速C-MOSの74AC86です。ACタイプの高速C-MOSは「じゃじゃ馬」なところがあって、入力信号が適切でないとH/Lの過渡状態に発振を伴うことがあります。 7MHz程度の周波数ならやや遅いHC-MOSの74HC86でも十分なので、もしあやしいと思ったら変更した方が間違いないです。

ハイレベル・Diミキサの3次IMD:下側
 写真はショットキ・バリア・ダイオード(SBD)を使ったハイレベル・ミキサに各信号が0dBmの2トーン信号を与えて得られた出力信号を示します。下側の周波数に変換されたI-F信号出力を観測しています。
 このテストでも製作中の通信型受信機での使用を考えて観測の中心周波数は440kHzです。

 局発信号は7875kHzで+6dBmを与えています。正弦波-矩形波変換回路が正常に働く範囲において局発信号のレベルによる影響はありません。

 3次のIMDは主信号に対して-69.35dBとなりました。 入力信号は0dBm/Toneです。 周波数変換ロスはこのDi-DBMでも約8dBです。 これらの値から計算した3次IMDによる入力インターセプトポイント:IIP3は約+34.7dBmとなります。 また出力側のインターセプトポイント:OIP3は+26.7dBmとなりました。

評価
 この測定結果:IIP3≒+34.7dBmから見て、かなり優秀なDBMと言って良いでしょう。440kHzと言った低い周波数のI-F(中間周波)へ変換する場合はH-Modeミキサより低ひずみでした。 テストしてみた甲斐があります。

 スペクトラムを詳しく評価すると、この観測の方がH-Modeミキサの場合よりノイズサイドバンドが少なくだいぶスッキリしています。調べたところ、この原因は測定系にあることがわかりました。 H-Modeミキサの評価時にはこんな物かと思ったのですが測定系のGNDを見直したら改善されました。
 なぜノイズサイドバンドが大きいのかいささか気になっていたのですが解消できた訳です。矩形波変換に使った74AC86のジッタなども疑ったのですが・・それはありませんでした。この観測結果が実力のようです。 従ってH-Modeミキサでも改めてきちんと対策の上で測定すればこれと同じようにスッキリするはずです。

ハイレベル・Diミキサの3次IMD:上側
 上と同じような写真ですが、こちらは上側に周波数変換された信号を観測したものです。 7430kHz+7440kHzが周波数変換されて約15.310MHzに周波数アップされました。

 3rd-IMDは主信号の-67.55dBでした。これから計算されるIIP3は約+33.8dBmとなります。 OIP3は約+25.8dBmです。 高い周波数へ変換すると幾分IMD特性は悪くなりました。 小さなRFトランスを考えると高い周波数への変換が有利なはずでしょう。 しかし下へ変換した方が良くなったのは入力トランスを2つに分けた効果なのかもしれません。面白い結果です。

 幾らか性能が悪くなるとは言えアップコンバージョン形式でも十分良好です。ハイフレなI-Fアンプを採用した受信機にも適性はあるでしょう。

ハイレベル・Diミキサのローカル漏れ
 写真はローカル・オシレータのI-Fポートへの漏れを示しています。

 -34.6dBmですからまずまず良好なアイソレーションが得られていると思います。 ブレッドボードを脱却しプリント基板化すれば改善方向でしょう。

 RFポートにも同じ程度漏れますのやはりRFアンプを設けるべきでしょう。 そのアンプのゲイン分だけIIP3は縮小しますが、局発の漏れは低減できます。 入力フィルタのロスが補える程度のローゲインなRFアンプで足りるでしょうね。

出力に現れるスプリアス:100MHzまで
 写真はハイレベル・ダイオード・ミキサの出力に現れるスプリアス信号を示します。 100MHzまでの範囲で観測していますがこの先の周波数までずっとスプリアスが並びます。

 ダイオード・スイッチの開閉に高速C-MOS ICで作ったエッジの立った矩形波を使っている訳ですから非常に広い範囲のスプリアスが生成されるのです。しかもRF信号と一緒にダイオードに流しています。

 こうした形式のミキサの使用に当たってはディプレクサを置いてさらに高IPなポストミキサアンプは必須でしょう。そのようにすれば実用上問題ない状態で使うことができます。 しかしこれだけ大量に発生するスプリアスが漏れたら影響がありますので、ミキサの出力はなるべく引き回さないようにした方が良さそうです。これはH-Modeミキサの場合と同じですね。

 ハイレベル・ダイオード・ミキサの性能はなかなか優秀です。 部品数や配線など様々考慮するとあえてH-Modeミキサを使うまでもなく、こちらを使っても十分なようです。性能的にも同等以上が期待できます。フロントエンドを作り直して試そうと思います。 但し、こうした結論もI-F=455kHz(440kHz)へ周波数変換する場合であってハイフレのI-Fへの変換では答えも違ってくるかも知れません。

                 ☆  ☆

追記:ハイレベルIC-DBM:SL6440Cについて
 ハイレベルIC-DBMのSL6440Cですが、最初の写真に登場させておきながらテストが間に合いませんでした。QST誌から評価結果を転載しておきます。

 テストは局発のレベルを変える方法と、SL6440Cに流すバイアス電流を変える方法で行なっています。 このうち、局発のレベルの方はある程度以上の大きさを与えてやれば変化は少ないようです。

 それに対して、バイアス電流による違いはずっと大きいのです。少ないバイアス電流でもMC1496とかSA612Aなどの従来型IC-DBMよりもずっと高性能ですが、たくさん流してやればさらに高性能になります。 ただし、あまり流すと発熱が大きくなって許容損失を超えてしまうため、放熱器を付加する必要が出てきます。 そのようにして使えばOIP3≒+30dBmも可能ですが、ちょっと使いにくくなってしまいますね。

 またSL6440Cは「変換ゲイン」があるため入力側で見たIP3はゲインの分だけ小さくなることに注意が必要です。 従ってIIP3で見ると+20dBm台になるでしょう。もちろん+20dBm台のIIP3はなかなか優秀だと言えます。 ゲインがあることはメリットにもなるので要は使い方次第といったところでしょうか。 お手持ちのSL6440の採用をお考えなら、あとはご自身で確かめていただくのがベストでしょう。

 SL6440Cは優れたIC-DBMです。安定した供給があるなら有望なDBMですが、すでにディスコン(生産終了品)ですから高性能な受信機には他のDBMを考えた方が良いと思います。それに無理に探して使うほどのDBMとも言えないでしょう。他にも優れたミキサはありますので。 もし手持ちがあるなら温存などせず積極活用がベストです。プロダクト検波回路にも向いています。

                    ☆

 「私だけの受信機設計・第10回:ミキサ編」は如何だったでしょうか? 高速バス・スイッチを使ったミキサが絶対有利と思っていましたが、ハイレベル・ダイオード・ミキサもなかなかの性能であることがわかりました。 世界的な通販が発達したおかげで高速バス・スイッチも特殊なパーツではなくなっていますが、ごく一般的な部品だけで構成できるハイレベル・ダイオード・ミキサもかなり有望な選択肢でしょう。

 配線がすっきりしていて扱いやすそうなハイレベル・ダイオード・ミキサで纏めてみるのも良さそうです。まあ、そこまで高性能なミキサは必要もないように感じているのですが折角の実験が活かせれば有益でしょうね。 次回のテーマはまだ考えていませんが残った部分は低周波アンプになりました。 ではまた。de JA9TTT/1

つづく)←リンクnm

私だけの受信機設計・バックナンバー】(リンク集)

第1回:(初回)BFO/ビート発振器の回路を検討する→ここ
第2回:BFO/ビート発振器の実際と製作・評価→ここ
第3回:プロダクト検波器の最適デバイスと回路を研究する→ここ
第4回:プロダクト検波器の実際と製作・評価→ここ
第5回:I-F Amp.中間周波増幅器のデバイスと回路の検討→ここ
第6回:エミッタ負帰還型AGCで高性能I-F Amp.を作る→ここ
第7回:I-F Amp.増強とPIN-Di詳細/(含)簡易フロントエンド・IF-フィルタ→ここ
第8回:DDS-IC・AD9833で周波数安定で便利な局発用発振器を作る→ここ
第9回:高性能フロントエンドで活きる最適デバイスとその活用の実際→ここ
第10回:フロントエンド・Bus-SWとハイレベルDiミキサを比較→いまここ
第11回:古いAM/FMチューナが高性能なプリミクスVFOに大変身→ここ
第12回:音色が良いAF-CWフィルタと低周波アンプを作る(最終回)→ここ

2022年9月10日土曜日

Fragaria vesca(ワイルド・ストロベリー)

Photo : 2022.09.09 12:43 JST at our Garden