2010年9月26日日曜日

【回路】Staircase waveform Gen.

UJT:Uni Junction Transistor
 UJTとはその名の通り「単接合トランジスタ」あるいは「ダブル・ベース・ダイオード」とも呼ばれる半導体素子だ。1950年代半ばに米General Electric社によって研究開発された。

 増幅用素子ではなくもっぱらパルス回路で使われる。 もともとはSCR(サイリスタ)の点弧パルス(トリガーパルス)の発生がおもだった用途であった。従って、今でもSCRを使った簡単な調光器回路などで見かける事がある。

 また、数個のCRとUJT単独で「弛張発振器」(しちょうはっしんき)が構成できるので簡単な発振器に使う例も多い。 UJTの2つのベース:B1とB2の間にDC電圧を与えておくと、エミッタ:EとB1間の電圧電流特性に負性抵抗特性が見られるようになる。 その負性抵抗特性を使って弛張発振させる。発振波形はCRの充放電によるノコギリ波あるいは狭いパルス状である。(正弦波ではない)

 弛張発振器の原理は、鹿脅し(ししおどし)の動作原理と似ている。細い流水が竹筒に溜まり、水位がある限界点を越えると一気に排水されると言う動作を繰り返す。同じように竹筒に相当するコンデンサと言う「容器」に電流を流すと電荷が蓄積し電位が上昇して行く。その電位が敷居値を越えると電荷を一気に放電させる仕組みが働き容器(コンデンサ)は空になる。蓄積した電荷を一気に放電させる仕組みをUJTが掌っている。そして再び電荷の蓄積と放電を繰り返す。これが弛張発振である。(追記:2013.04.29)

 昔は重宝だったデバイスもICの発展とともにすっかり廃れてしまった。 それはSignetics社が開発したTimer 555(NE555)のような便利なICが安価に供給されたからである。 回路設計の自由度が高いばかりか発振回路に使って得られる波形も良好なためUJTが使われなくなったのはもっともだろう。

 写真は、NEC製の2SH12と中国製のBT33Fと言うUJTである。何れも類似の用途に使えるがピン接続は異なっている。 現在ではすっかり『珍し系の半導体』になってしまった。 同じ目的・用途に対して今では他の手段がたくさんあるのでUJTで無くてはならぬ用途は僅かだろう。 しかしごく簡単な目的には使い道もあると思いつつ少量の手持ちがある。 どうも出番はない感じなのだが。

Staircase waveform generator:階段波発生器
 UJTを使った教科書的な「弛張発振器」は幾らでも目にするので目新しくもない。 しかしこの例では階段波の発生に使っていて、どの様に動作するのか興味を覚えた。

 Staircase waveform :階段波とは、例えばある一秒間が1V、次の一秒間2V、その次の一秒間が3V・・・と言うような時間に対してステップ状に電圧が変化する波形のことだ。オシロスコープで見るとまさしく階段状の波形が観測できる。 ある段数に達するとリセットされて最初の段から再び繰り返すことが多い。 もちろん下り方向の階段や、天辺あるいは谷底に到達すると戻ってアップ・ダウンする階段波もある。

回路動作の概要】 2つのUJTをそれぞれ異なった用途に使っている。
 1つ目のUJT:Q1は階段1段あたりの時間を決める弛張発振器である。 一定間隔で狭い幅のパルスを発生するのが目的だ。この例では10mSごとに発生する。 この狭いパルスによってPNPトランジスタ:Q2の定電流スイッチを駆動する。 Q2を通った瞬時の一定電流は電荷QとしてコンデンサC2にチャージされる。 V=Q/Cでチャージが繰り返される毎にC2の端子電圧Vは階段状に上昇して行くことになる。
 2つ目のUJT:Q3は階段の段数を決める役目だ。 C2の端子電圧Vがある電圧を越えた瞬間にQ3のE・B1間が導通し溜まっていたC2の電荷を瞬間的に放電する。 瞬時に階段はリセットされて最初の段から再び始まることになる。その階段の段数はVR3で加減する。
 Q4とQ5はC2の端子電圧を取り出す為のバッファアンプである。コンデンサに溜まった電荷を引き出す・・即ち電流を取り出すとサグが発生してしまう。その影響を軽減する為にダーリントン接続になっている。 ダーリントン接続でもベース電流はゼロではないが、C2の電圧降下はごくわずかなので支障無いわけだ。いまならバッファ・アンプにFET入力のOP-Ampなどを使えばベストであろう。

 なお、この回路は1970年代始めころのものである。未だICは一般的でなかった時代なので当時得られたデバイスを巧みに使い、ごく僅かな素子(部品)で目的の波形を得る工夫には面白味を感じる。IC万能の現代に於いてはむしろ新鮮でさえある。

ブレッド・ボードで試作
 この回路の具体的な活用はあまり意図しないので取りあえずブレッド・ボードで試作してみた。 実際旨く動作するのか興味を覚えたからだ。 ブレッド・ボードの扱いはあまり慣れてないので部品配置の真似はしないように。(笑)

 左の光っているトランジスタが弛張発振器のQ1である。 電流スイッチ:Q2はマイラ・コンデンサC2の影になって見えにくい。 その右の方にある光ったトランジスタがリセット用のUJT:Q3である。 一番右の黒いトランジスタがQ4 とQ5である。 この試作では内部でダーリントン接続になっている2SC982を使っている。従って見かけ上はトランジスタ1本で済んでいる。 回路図のように2SC1815を2つ使ってダーリントン接続してもまったく同じだ。

 こんな回路を作る人もまれとは思うが検索で来るお方もあるので、以下念のために書いておく。 この回路の部品入手は思ったよりも容易である。 唯一珍しい部品であるUJT:BT33Fは「イーエレ」と言うお店から通販で購入した。 このUJTは中国製であるが、大陸方面では広く流通しているらしい。 同店で現在でも単価110円で購入できる。

 もちろん国産のUJTでも良いが殆どがディスコンなので入手しにくいと思う。幾つかのお店に在庫があるようだが100円では買えないようだった。 むしろ2N型番の米国製の方が入手容易かも知れない。いまでも生産している会社があるからだ。2N2646ならRSコンポーネンツにもあるようだ。 なお必ずNベースのUJTを買うこと。(PベースのUJTは珍しいようだが・・) UJT以外で集めにくい部品は無いと思う。 部品を揃えて1時間くらいで完成できる。(ブレッド・ボードに製作の場合)

出力波形
 5段の階段波形である。 1段あたりの高さは1Vになるように合わせた。この高さは回路図のVR2で加減できる。 また1段あたりの時間は10mSであるが、これはVR1で加減できる。

 階段の段数はVR3で変えられるが、1段あたりの電圧を1Vにした場合、正常に動作するのは6〜7段までであった。 もっと段数が必要な場合は、回路定数を見直すか1段あたりの電圧を1Vよりも小さくする必要がある。 一番下の段もUJTのONオン抵抗の関係でゼロまでは下がり切らない。オフセットを持っているのでDC結合で使う場合は目的によって注意が必要だ。

 写真のように、オシロスコープでの観測ではなかなか奇麗な階段波が得られている。 階段波は簡易なA/Dコンバータの構成要素に使われるほか、ステップ状の電圧が欲しい用途では一般的に使われている。 DCアンプのリニヤリティ判定に使うこともあるようだ。 無線での用途は特に思い付かないが、エレクトロニクスの分野ではそれなりのニーズがある。

 ところで写真を見るとまずまず良さそうなのだが、もとがUJT式では性能の限界を感じる。 たった5石の簡単な回路なので仕方ないだろう。 もし改善を目指すならこの回路の高級化ではなく、D/Aコンバータをベースにしたデジタル・アナログな回路の方が最適化し易い。

 すぐに役立つような物でもないが、回路実験としてはUJTの動作がわかってなかなか面白かった。同時に先人のアイディアには感心させられた。 パーツボックスにあったUJTを見ていて、何か面白そうな活用方法はないかと思った次第。 こうした「真面目な回路」(?)よりも昔からある玩具のような電子回路に向いているように思えた。

【追記】アイディアの源泉は?
 この回路の前には別の階段波発生回路があった筈だ。たとえば普通のTr(=BJT)だけで考えるとすれば、まずは2石の「アステーブル・マルチバイブレータ」で連続した矩形波を発振させる。その矩形波を「CR回路で微分」し狭いパルスをつくる。その狭いパルスで「電流スイッッチをON/OFF」すれば上記回路図のQ1とQ2の部分に相当するので階段波が作れる。段数を決めるリセット回路はTrを使った「差動コンパレータ」+「リセット・スイッチ」が良いだろう。なお途中にシュミット回路を入れる必要があるかもしれない。このようにすればまったく同じことは可能なのだが部品数は遥かに多い。こうした階段波発生回路の構成にUJTをうまく適用する方法はなかなかのアイディアなのである。(2010.10.15)

(おわり)

2010年9月18日土曜日

【部品】Modern RF ICs :Part 2

 新しい高周波用ICを紹介するPart 2である。 前回:Part 1アナログなチップにつづき、今回はデジタルなチップを扱う。 既にお馴染みの機能を持つICばかりだが一段と高性能化されている。

μPB1509GV
 シンプルなプリスケーラ用ICである。 分周数は1/2、1/4、1/8に切換えできる。 PLLのプログラマブル・デバイダを想定したものではないらしくシンプルな分周比である。 従ってフリップ・フロップが三段並んだ単純な構造だ。

 上限周波数は分周数で変化する。 1/2分周のとき、700MHzまで、1/4のとき800MHz、1/8では1,000MHzである。 なお保証された下限周波数は50MHzとなっている。 実際にはそれぞれマージンがあって入力電圧次第ではさらに広い周波数で使える。(左図のグラフ参照) ピン・ピッチは0.65mmである。 ハンダ付けは少し厳しいが変換基板でも何とかなる。 理想を言えば専用の基板設計だが敷居が高いだろうか?

μPB1509GVの応用例
 単純なプリスケーラのICなので、左図を見れば容易に使えるはずだ。 SW1とSW2端子のON/OFFで分周比を切り替える。 分周数を切り替えないなら固定設定で良い。

 電源電圧は2.2〜5.5Vと広く消費電流は5.3mA(5Vの標準値)と小さい。1GHzまで分周可能なプリスケーラとしては随分省エネである。昔のECLプリスケーラ(11C05とか?)はパッケージが熱くなるほど電流を喰らった。たったの5.3mAだから電池電源の機器にはとても有利だ。

 微細加工で作った小型でfTの高いトランジスタが使ってある。少ない電流で高性能を得るには微細化が有利なのだ。 そのかわり外部からの電気的ストレス、例えば静電気放電にはデリケートだから注意深く払うべきだろう。 もちろんAC電流がリークしてるようなハンダ鏝(真空管用?・笑)は厳禁だ。

MB1507
 富士通製のPLL-ICである。8ビットのパルス・スワロー型プリスケーラを内蔵しており2GHzまで直接扱うことができる。 プログラマブル・カウンタは11ビットである。合計で19ビットカウンタとなる。 基準周波数(リファレンス)のカウンタもプログラマブルになっており、14ビットでN=8〜16383が選べるほかプリスケーラのON/OFF SWも付いている。 基準用の水晶発振回路も内蔵する。(外部供給も可)

 いすれも分周数はシリアルデータとして送り込んでセットするが、PICなりAVRマイコンとのインターフェースは簡単な3線式で済む。 データ転送のプロトコルもシンプルだからマイコン側のデータ転送プログラムも単純なものになる。

MB1507の応用回路
 見ての通り、標準的なPLL用ICである。 使い方においては旧世代と違いはない。 左図では内部と外部のチャージポンプを切換えられるようにしている。 真意はわからないのだが、C/Nの関係で少しでも電圧を高くした外部回路を使う方が有利なのかも知れない。このあたりはどの程度の違いがあるのか要確認だ。 CATVチューナではC/Nが良いようにVCOのバリキャップ部分に24V電源を使うこともあるのでそのような想定なのかも知れない。

 電源電圧は5Vで良く標準的なマイコン回路と直結できる。 消費電流も標準で18mAだから省エネである。バイポーラICの超高周波特性とC-MOSの高集積度を活かしたBi-CMOS構造で作られている。このあたりは富士通のお得意分野らしく、他にも様々なPLL用ICが開発されている。

 図の様にこのMB1507とループフィルタ、そしてVCOを外付けすればPLL式周波数シンセサイザの完成だ。 DDS全盛であるが高い周波数ではまだPLLの方が有利なので補完しながら適材適所で使われて行くのであろう。

LVCO2408T
 LVCO2408TはICと言うよりも回路モジュールと言うべきだ。 400MHz前後の周波数を発振するVCOモジュールである。 430MHzのハムバンドもカバーするから目的周波数をいきなり発振させて数ステージで送信機が作れる。 FM変調の専用変調端子があるので変調も簡単に掛けられる。

 もちろん、VCO回路自身は自励発振回路なので周波数の安定度は期待できない。PLL回路を構成する必要がある。 VHF帯のVCOは案外部品選定が難しいもので、こうしたモジュールが便利だ。 シールドされコンパクトなのでノイズの誘導も少ないから高C/Nが期待できる。

LVCO2408TのVCO特性
 メーカーの資料は既にWeb上に無いようで詳細はわからないようだ。 JO3DTY 山本さんから実際にテストした結果のご提供があった。(左図)

 図の様にVt=0〜10Vで375MHz〜500MHz以上の周波数可変範囲があるようだ。 チューニング電圧:Vtに対する周波数変化も概ね直線的なのでPLLにおけるループフィルタの設計には好都合だ。

 単体での発振実験によればPLLのループ内に入れない状態でも周波数は割合安定しているそうだ。 ごく簡単な信号源に電圧可変型の自励発振器として使う用途も考えられる・・・と言うレポートも頂いている。

LVCO2408Tの使い方
 企業買収あるいは事業売却が繰り返えされたようでオリジナルのVARIL社は既に消えているようだ。 事業はRFMDと言う会社に継承されている様だが、このVCOは製造が終了している。

 左図にわかった範囲の情報を記入しておいた。 実験レポートによれば電源電圧は5V、チューニング電圧:Vtは〜10Vで問題なく使えるようだ。 Gndを含めても5つの端子接続なので扱いは難しくないだろう。

 端子ピッチは一般的なICと同じ2.54mmである。リードレスだがパッケージのエッジ部分でハンダ付けできるので実装は難しくない。基板設計して面実装がベストだろうが裏返して生基板上に実装すると言った方法も良いだろう。

LVCO2408TとμPB1509のテスト風景
 これは一連のRF-ICをご提供頂いたJH9JBI/1山本さんがご自身で実験された基板の様子だ。 中央にLVCO2408Tが見えその右にプリスケーラのμPB1509が実装されている。

 400MHz帯を1/8分周して50MHzを得る実験だそうだ。 VCOには変調端子があってFM変調を掛けられるが、1/8分周すると浅い変調になってしまう。 NBFM用として適切か否か確認が必要とのこと。十分な変調度が得られるなら50MHz帯の簡易FM送信機が作れそうだ。

               ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 以上、Part 1と合わせて、全5種類のRF用IC/モジュールを紹介した。 いずれも移動体通信機器に使われたものだろう。 こうしたRF用ICも現在は一段と高集積化されておりシステムがワンチップ化している。 従って機能ブロックに分けて利用・活用するのは難しくなってしまった。

 紹介した5種類のICではまだ機能が分割・独立したブロックになっていた。 このため紹介したような活用も十分可能だった。 多種多様な移動体通信機器が作られ、また専用のICも誕生したので多品種のRF用ICが余剰しているいる筈だ。 それらはいずれも紹介される機会はなく、当然我々の利用実績も皆無なのでまったく着目されないのである。

 このあたりのチップが旨く活用できたなら面白い機器が作れるにちがいない。利用者が多くなれば、ジャンク部品の流通も始まるだろう。 おそらく今はそのままゴミとして処分されるばかりだからまったく勿体ない話しだ。

               ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

新世代RF-ICの配布案内
 こうした部品は触ってみるのが一番だろう。

 希望者はご自身の住所・氏名を書き、切手を貼った返信用封筒お送り頂きたい。折り返しPart 1とPart 2で紹介した5種類のチップをお送りする。ICはもちろん無償である。 定形外郵便になるので返信用封筒には切手120円分を。封筒は普通サイズで大丈夫だ。

 活用の義務はないが電子部品は使ってこそ意味があるので、単なるコレクションはご遠慮を。 全部使い切るのは大変だが一部を使うだけでも面白いと思う。 もちろんBlogの常連さんだけでなく、どなたでも結構だ。メールの先着順で受け付ける。

 返信用封筒(SASE)の送り先はメールに返信してお知らせする。 メールアドレスは『ttt.hiroアットマークgmailドットcom』で、カタカナ部分は半角記号に直して。 タイトルは「RF-IC希望」とでもして頂ければわかり易い。

新世代RF-ICのチャレンジャーを求む。==>配布予定数に達したので終了です。(2010.9.19)

(おわり)

2010年9月12日日曜日

【部品】Modern RF ICs :Part 1

新世代の高周波用IC
 写真は,これから順次紹介して行く「新しい」世代の高周波用ICだ。 新しいとは言っても、この分野は進歩著しいので、いわゆるHAMがこれまで自作に使って来たICよりも新しいと言う程度の新しさだ。(それでもずいぶん新しいのだが・笑)

 先日:9月4日の「QRP懇親会@秋葉原・喫茶ルノアール」にJH9JBI/1山本さんが持参されたものである。 QRP懇親会は自作派の参加も多いので、有効活用されるお方に・・・とのご提供であった。 5種類のICを数セットご用意されていた。しかし殆ど馴染みも無いICでは、その場で手を挙げるお方は現れなかった。

 せっかくなのにこれでは勿体ない。お預かりしてBlogにてご紹介+配布することにした。 調べてみればどれも興味深い高周波用ICだった。自作派なら是非ともチャレンジしたいものばかりだ。(このRF-ICセットは無償で配布予定。詳細は次回・Part 2で)

                ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

μPA101G
 まずは、NECのμPA101Gからである。 これはわかり易いICで、簡単に言えばMC1496G/Hの高性能版だ。 ピン・コンパチ品ではないが機能は同じである。

 では、違いは何かと言えば「周波数特性」にある。 約1GHzまでのミキサーに使える。 MC1496G/Hはせいぜい50MHzまでで144MHzでは性能低下が著しかった。

 SN76514NやSN16913Pと同じような平衡変調器(バラモジ)の目的にも使える。 用途によっては著しい性能向上が期待できるだろう。 SA612を含む旧世代デバイスより、今のギルバートセル型DBMは高性能化している。 こうした新世代のIC-DBMは種々登場しておりディスコンになった古いデバイスを探しまわる時代ではないようだ。

μPA101Gの応用回路
 ネット上に詳しいデータが上がっている。実際使う際には参照すべきだが標準的な応用を抜粋してみた。

 左図のような標準的「ギルバートセル型DBM」が構成し易いピン配置になっている。 内部のトランジスタはfT=9GHzの超高周波用であり、周波数特性は非常に良くなっている。 グラフの様に500MHz以上フラットな周波数特性が期待でき、1GHzあたりまで実用的に使えそうだ。 無線機のミキサーや検波回路のほかに高周波用測定器にも良い。

 内部のトランジスタは超高周波用としては耐電圧が高いのも特徴に思う。12V電源で使えるので広いダイナミックレンジが期待できる。 面実装パッケージだが、ピン・ピッチは1.27mm(普通のICの半分)と比較的広いからハンダ付けも易しい。ハーフピッチのユニバーサル基板にもそのまま実装できそうだ。 あえて欠点と言えば、MC1496G/Hと同じで外付け部品が多いことだろう。その分、融通が利くので最適化設計も可能なのだが。

このICは案外古くからあって、最初のころはセラミック・パッケージだった。秋月電子でも販売されていたことがある。現在でも高い周波数のDBMとして利用価値は高い。Intersil社のHFA3101は同等品である。

μPC8104GR
 写真のμPC8104GRは、移動体通信端末機器用(携帯電話)のもので直交位相変調器と周波数変換用ミキサーが集積されたICである。 集積度が高い専用のICと言うイメージが強いが、アマチュア的な面白い応用がある。 ピン・ピッチは0.65mmとやや狭いがピッチ変換基板に実装すれば扱い易くなるから大丈夫だ。

 直行位相変調は位相と振幅を組み合わせたデジタル向きの変調であるが動作はアナログな回路である。 信号の位相と振幅を変えて、多値のデジタルデータを送るのに使う。 詳細は専門書やWikipediaの直角位相振幅変調の参照を。

μPC8104GRの機能
 もともとは図の下のように携帯電話・PHSの送信変調回路に使う物だったようだ。 もちろん、音声を直接変調するのではなく、A/D変換された後のデジタル信号を扱っている。

 しかし、PSN方式のSSBジェネレータを作ったことがあれば機能ブロック図に良く似たところがあることに気付くかも知れない。

 Lo1と言う端子にキャリヤ信号を与える。またIとQと言う端子に、90°位相の異なった音声信号を与えてやればPSN式のSSBジェネレータが作れそうなのである。

 特筆すべきは位相が90°異なったキャリヤを作る回路が内蔵されていることだろう。 従って、発生させたい周波数のキャリヤを与えれば直接その周波数でSSBが得られる。
 要するに、50MHzとか144MHzでいきなりSSBが作れるわけだ。もちろんPSN式だからSSB用のクリスタル・フィルタはいらない。

μPC8104GRの応用回路
 左図の左下に示した「実験して学ぶ高周波回路」に、直交位相変調用のICをPSN式SSBジェネレータに応用する実例が掲載されている。(左図書籍はいまでも普通に購入できる)

 書籍では、一世代前のμPC8101GRを扱っているが、新しいμPC8104GRも同様の機能を持っている。おもな違いは周波数変換用のミキサー回路が追加されているところだ。 PSN-SSBに必要な直交位相変調回路はどちらも同じようだ。

注記(μPC8101GRとμPC8104GRの違いについて):上記書籍の記述ではμPC8101GRのSSB出力が入力キャリヤと同じ50.2MHzとなっている。これは誤りで半分の25.1MHzとなる。μPC8101GRは、μPC8104GRと違ってクロック逓倍器を内蔵していないためだ。μPC8104GRはブロック図のように入力キャリヤを2逓倍してデジタル移相器に加えているので入力キャリヤと同じ周波数のSSBが得られる。

 SSBジェネレータを作るにはオーディオPSN回路の外付けが必要になる。 記事のようなPPSN式でもオールパス式でも好みのものを。あるいは懐かしいナガード型やJA7LKタイプも良さそうだ。
 無調整でもキャリヤ・サプレッションや逆サイド打消しは40dB程度得られる。調整により改善もできそうだが、VHFの空いたバンドで試すなら無調整でも行けそうに思う。

 Specによればキャリヤ周波数は100MHzから、I・Q信号はDC〜10MHzである。 音声信号を扱うには問題ないが、キャリヤに90°位相を付ける回路の下限周波数が気になった。 ある程度マージンがあると思うので、キャリヤ周波数=50MHzで試してみる価値は十分あるだろう。 追加されたミキサーは1.2GHzを扱える。遊ばせてしまっても良いが、旨く使えば50MHzでSSBを発生し1.2GHzでSSBを得ると言ったことが数チップで可能かも知れない。これはなかなか凄い時代だ。(笑)

                ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Part 1ではアナログな信号を扱う新世代のチップを紹介しておいた。
次回・Part 2では、PLLやVCOと言ったデジタルなチップを扱うことにする。

(Part 2へ続く)==>こちら

2010年9月5日日曜日

【測定】High precision Syndrome ?

【High precision Syndrome ? :あなたも今日から高精度病

LPRO-101 ルビジウム発振器】  写真は「ルビジウム原子周波数基準発生器」である。以前のBlogでも扱ったことがあった。 物々しい名前であるが、お子様用のお弁当箱くらいの大きさと言うコンパクトな物だ。 DC24V電源で動作する。 得られる周波数は、10MHzである。 なお、金属ルビジウムや金属セシウムは水と出会うとかなり危険な物質である。しかしこのユニットのルビジウム放電管の微量ならあまり心配はないだろう。


 携帯電話関係の中継器から発生したらしいジャンクが大量に出回っており、数1,000円で入手できることもある。 写真のEFRATOMあるいはDATUMのものはやや古いもので、同じ形番でSymmetricom製もあって幾らか新しいようだ。但し、基本的にどれも同じだからメーカー名を心配する意味は無いと思う。ジャンクなのだから、むしろ個体差の方が大きいに違いない。


 入手するなら精度の確認がしてあるものが望ましい。しかし、そんじょそこらの周波数カウンタごときでは精度評価(比較)など容易ならぬことも以下を読んでもらえばわかると思う。そんな驚異的精度の世界なのである。(同時に、驚くべき時間精度の世界でもある)

ウオームアップ特性・その1
 ユニットに電源を投入して約1時間後の周波数である。10MHzに対して、やや低いようだが観察しているとウオームアップ状態が継続しており、ゆっくりではあるが周波数は上昇して行く。この個体は僅かながら正の温度係数を持つようだ。

 拙宅は『標準化機構のラボ』ではないから、絶対精度が保証されたような「周波数基準器」が存在する訳ではない。 比較対象はGPS周波数基準器から発生される「10MHz」である。 GPS周波数基準器(hp Z3801A)は継続運転しており、実力精度はかなり高いように感じるが絶対精度を測る基準がない以上、あくまでもそう思うだけである。

 写真のように、通電1時間で既に数10ppt(1ppt=1兆分の1)の範囲まで、GPS周波数基準器に一致してきている。誤差の絶対値で言えば、10MHzに対して-0.232mHz(ミリヘルツ=1/1000Hzのこと)である。

 実は、このテストの前に高級と思われるTCXOを評価していた。十分良い安定度だと思ったが周囲温度の変化を受けて±0.5ppm位の漂動はやむを得ないようであった。(1ppm=100万分の1) しからばRb-OSCはどうなのだろうかとテストを始めたような訳だ。 流石に安くても『原子周波数基準器』である。 TCXOより1,000倍以上も優秀だと言える。 周波数の揺らぎはわずかだ。

ウオームアップ特性・その2
 ユニットに電源を投入して凡そ12時間経過した。10MHzに対して、やや高いようだ。 ウオームアップはほぼ終わっているようで、変化はあってもたいへんゆっくりしている。 いまだにやや上昇する傾向があるようにも見えるが、室温の変化など外的なわずかな変化が影響している可能性がある。

 見ての通り、誤差は+1.97ppt(=誤差は1兆分の1.97)である。周波数で言えば、比較する10MHzに対して19.7μHz(マイクロHz)の誤差と言うことになる。 もちろん誤差はゼロではないし、この分野に於ける現在の最先端から見たら更に5桁以上も『低精度』なのである。

 それにしても、通電12時間程度でここまで行くとは大したものだ。その誤差は、ppmどころかppbの範囲を超えて、pptで云々すべき領域にある。 そして方式の違う二種類の周波数基準器がここまで良く一致したことから、いずれもなかなか良い絶対精度を持つと思っても良さそうだ。

ゆらぎ
 これは、この計測に於ける周波数の揺らぎをヒストグラムで示したものである。 ある一面での捉え方にはなるが「揺らぎ」を示しておりその実力はわかるだろう。

 周波数分解能を上げる必要から,10秒間の平均化処理を行なっている。その周波数を発生頻度で統計処理したものである。 揺らぎをローパスフィルタを通して測定しているようなものなので、比較的高速な瞬時の変動は除去されている。

 揺らぎに埋もれた真の値を求めるには統計的な手段をとらざるを得なくなってくる。 如何なるものも常に真の値からの揺らぎが存在している。 結局のところその「真値」なるものは、揺らぎの中心が存在する位置を統計的に求めた結果に過ぎない。

 一般に、高精度になるほど揺らぎは小さくならざるを得ない筈だ。 平均化すれば真値に限りなく近付くとは言っても、瞬時瞬時で見たズレ幅が大きければそれは基準としては使い物にはなるまい。 このRb-OSCの揺らぎは、3σで見て±2mHz(ミリHz)ほどなのだから、十分優れている。(もちろん、この数字は測定系に与えられている「基準の揺らぎ」も加味された結果である) ちなみに、評価の発端となった件の高級TCXOでは揺らぎもあるがそれ以上に環境条件による周波数変動の振幅・・・これも一種の揺らぎには違いないのだが・・・が大きくてRb-OSCと同列に比らべても意味は無かった。

LPRO-101のスペック
 あらためてルビジウム原子周波数基準器(Rb-OSC)のスペックを見直してみた。(←コメントを赤字で付記) もちろん、これらは新品として工場を出荷された直後の数字だ。 初期精度とウオームアップ特性に着目してみる。

 初期精度は、±5E-11(@25℃)である。50ppt以内の誤差である。誤差は1,000億分の5以内というわずかなものなのだが、これでは一向にピンと来ない。
 もし、この10MHzを元にルビジウム原子時計を作ったのなら634年に1秒狂うかどうかと言う性能になる。もっとも、停電もせず故障もせず600年以上も動き続けるデジタル時計などあり得ないが。(笑)

 ウオームアップ特性にも着目してみよう。 流石に電源を入れた途端に超高精度にはならない。 それでも10分もすれば±1ppb(10億分の一)の精度に落ち着くとは素晴らしい。 これと競合するであろうオーブン入り水晶発振器(OCXO)は通電後10分では加熱中であって高精度どころか、未だに『低精度発振器』の領域を抜けていない。通電30分で0.1ppmに入れば良い方だ。ダブル・オーブン型OCXOも然りで、真に安定な領域へは何日間と言う時間を要する。

 結論めいたものを言うとすれば、もはやルビジウム原子基準器(Rb-OSC)に勝るものはないだろう。GPS-DOのようにヒモ付きでなく、あるいはOCXOのように定期校正や常時通電の必要もない。精度・価格比では言うまでもなく、信号純度も申し分ない。LPRO-101の残存寿命はランプ電圧のモニタ結果で見てもまだまだタップリ残っている。信頼できる所から購入するか校正を頼める友人でもあれば精度の維持も心配はない。

 Rb-OSCがもっと安価になれば精度が要る周波数基準はすべて置き換わる可能性がある。消費電力が大きいとは言っても、このLPRO-101でさえ定常状態ではオーブン入り水晶発振器(OCXO)と大差ないレベルにある。 数Wのパワーで動作するものも既に開発されている。

評価手段
このような領域に手を染めるのは、必要性があって相応の知識や経験も持った人だろう。素人が迂闊に手を出すようなものではない。 従って釈迦に説法だから計測手段などクドクドと書くつもりはない。


 しかし、あえて「高精度病」の仲間に入るつもりなら、写真のようなユニバーサル・カウンタがお薦めだ。 Agilentの回し者ではないが実際このカウンタは優れている。拙宅の方法でも比較評価は可能であったが易しくない。測定器そのものの扱いとセットアップの容易さでは明らかにこちらが優れている。 そして、もちろん最も重要なことは基準たる周波数標準をこのカウンタに供給することだ。それなくしては、ただたくさんの桁の数字を表示するだけのしろものだろう。


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 過去を知る人からは「高精度病」を蔓延させた張本人はオマエではないかと言われそうだ。 簡単にその経緯を辿っておく。 当時アマチュアにとって便利な周波数基準であった短波帯のJJYは停波していた。周波数カウンタや無線機の周波数校正に不便を来していたのだった。

 既存の技術としてはNTSC-カラーTVのカラーバースト信号から高精度基準を作るくらいしかなかった。既にRb-OSCもあったが未だたいへん高価だった。それに校正手段が伴わなければジャンク品の信頼性は低かった。

 もっと良い手段は無いものか探していて、QST誌の「GPS周波数基準器(GPS-DO)」なるものを発見した。 これについて、まずはE-Engineers Square(拙掲示板)で活発な意見交換があった。 自作を含めて様々に検討されたが、当時登場したGPS周波数基準用受信機(hp Z3801A:中古品)の輸入がベストとの結論に至った。GPS-DOは常に校正され続けるから、シャックに於ける究極の周波数基準に思えたのだ。

 その後はその受信機の活用方法についてwebで具体例をもって説明した。Z3801A本体の改造と動作確認から始め,アンテナ・カバーの製作、連続運転用電源の製作、基準分配器の製作、そしてTS-680Sを改造して周波数基準を供給し高精度でオンエアするという全5編で構成した。2002年冬〜2003年夏のことである。 当時の周波数高精度への挑戦が「高精度病」の切っ掛けとなりJAのHAMに次第に広まって行った。 その後は安価なルビジウム発振器(ジャンク品各種)の登場もあって、高精度病は一段と蔓延し今に至っている。


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 アマチュアではあっても周波数精度を探求することには意味がある。 実際、昔はオンエア周波数の精度に直結していた。 しかし、今ではそうした「実用」の範囲を遥かに超えていることを認識すべきだろう。 気軽にppbやpptの数字を登場させたが、オンエアにおける周波数精度は、その1,000倍あるいは100万倍も悪いppmのオーダーでも十分すぎる。電波法に於ける無線設備基準では更に緩い精度が認められているのが現実だ。 もちろん私自身も「重傷の高精度病」は懐疑的に感じている。
 *参考:電波法ではアマチュア局の周波数精度は500ppm(百万分の五百)以内で良い。必要とされる周波数測定装置の精度はその半分の250ppm以内である。なお、最近免許になった135kHzバンドだけは100ppm以内の精度である。従ってこのバンドでは50ppm以内の精度を持つ測定器(測定手段)が必要だ。このようにアマチュア局に要求される周波数精度はかなり甘く決められている。

 結局のところGPS-DOもRb-OSCもここに至っては「高精度病」の範疇にある。そのことを良く理解して議論しないとおかしくなってしまう。 ゼロが10桁以上も並んだからと言って、電波の質が格別良くなるわけでもないし、ましてやオーディオが驚異的に良くなる筈も無い。元がよほどPoorだったならあり得るのかもしれないけれども・・・。 Rbには揺らぎがあるかも・・と書いたら(そんなことは無いのだが)そのまま真に受けてネガティブな噂が広まった。これは要するに判別不能な事実の「端的な証明」なのだろう。

 実際Rb-OSCの揺らぎはアラン分散を取ってみても随分と優れている。これは計測結果からも確認済みだ。 もちろんそんじょの手段では検証困難だったのだろう。だから(あらぬ)迷信話しが広まったわけだ。(教訓:怪しげな言葉で先入観を持たないように)


 その事実を早くから感じていた某氏と私はやがてわかってきたRb-OSCの真相を知りつつも暫くネットの様子を眺めていたのだった。 (ありもしない)Rbの欠点をまことしやかに語る怪しそうなweb siteが次々登場してなかなか面白かった。 えっ?それって人が悪いって!(爆)

実際のところは、もう一度Rb-OSCの話題を採り上げるチャンスがなかっただけのこと。それ以上、何か意図があった訳ではないので悪しからず。

(おわり)

参考:ユニットをケースに収納し10MHz分配器も内蔵した実用編は→こちら(Blog内でリンク)