2015年12月25日金曜日

【回路】X-tal CW Filter Design

回路:音の良いCW用クリスタルフィルタ
 【クリスタルフィルタの自作
 同じ周波数の水晶発振子(水晶振動子、水晶共振子)を複数並べることで、ある通過帯域幅をもった帯域フィルタ(BPF)を作ることができます。それがラダー型(クリスタル)フィルタです。 HAMの自作では、SSB用の帯域幅2〜3kHzのものと、CW用の帯域幅が数100Hzのものが主な製作対象になっています。


 ラダー型フィルタと言えばSSB用を作る例が多いように思いますが、既製品の手持ちがあったので必要性はそれほど感じていませんでした。 それに、既製品を超えるフィルタが作れなくてはいま一つ「はりあい」がありません。 幸い、普通に手に入る水晶発振子で優れた特性のSSBフィルタの製作も目処がついてきたので次のテーマと言ったところでしょうか。  これまでラダー型フィルタの製作ではSSB用よりもCWフィルタの方に興味を持っていました。もちろん単なるCWフィルタではなくて「音の良い・・・・」です。

 昔の無線機ではCW用フィルタは オプション設定になっていました。あまり選択肢は無くて、せいぜい2〜3種類の帯域幅が選べるくらいでした。昨今のようにDSP化されるまではメーカーが設定した範囲で選択するしかありませんでした。

 HF帯Low-Bandの混信を考えると、できるだけ狭帯域の方が良さそうに感じます。 しかし500Hz幅のフィルタでは混信するからと言って200Hz幅にすれば済む訳でもありません。 確かに選択度の向上は感じられますが、受信していて肝心の了解度が思ったほど改善しないことに気付きます。 またバックグラウンドのノイズを含む音色が癖を持つようになり聞いていて疲れを感じるようにもなっていました。 特に帯域幅が狭いフィルタになると顕著になってきます。 つまり、狭いほど良い訳ではないのです。

 このBlogの過去記事(←リンク)で低周波帯のCWフィルタを扱ったことがあります。 特徴は切れの良いフィルタ特性だけではありませんでした。 ごく狭い帯域幅であっても信号の過渡応答性を重視したものが製作でき、実際に使ってみると音の良さが感じられました。 もしも、これと同じような「音の良いCWフィルタ」が受信機用のクリスタルフィルタで可能なら、CW用受信機のフィーリングも一変するのではないかと思ったのです。

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 何かの記事を読んでいたとき、誰かがPhase系の(CW用)X-tal Filterを自作して受信機に使ったら「フィーリングはExcellentだ!」と言う一文が目に止まりました。 そのフィルタはEquiripple Error n°と言う特性のようでした。そんなのを誰もが作れる訳はありません。ですから地味な扱いの記事でしたが画期的な意味がありました。 波形忠実性に優れたリニヤ位相系のフィルタがHF帯のクリスタルフィルタでも可能なことを示していたからです。 詳細不明でも「そう言うものが作れた」と言うのは極めて重要な情報です。要するに、方向さえ間違わなければ製作可能なことが約束されたわけです。(注:ここで作ったフィルタもリニヤ位相系のフィルタなので親戚にあたります) 低周波と高周波と言う周波数の違いですから、理屈上はHF帯でも製作可能でしょう。ではどうすれば作れるのかは皆目見当がつかなかったのです。

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 それから暫く時が過ぎました。CWフィルタのことばかり考えていた訳ではありませんが機会があれば情報収集に努めてきました。 DJ6EVとG3JIRによる『Dishal(論文の著者)の論文に基づくフィルタ設計ソフト』は期待していたのですが解決策ではありませんでした。 しかしアウトプットを解析して行く過程で大きなヒントが得られたように思います。設計したフィルタで起こる現象を理解することは「音の良いCW用フィルタ」を実現するための道筋を照らしてくれたのでした。

 何かしてみて「まったくの無駄骨」だったと言うのも稀でしょう。何でもやってみるべきです。 そこで起こった現象を振り返って何故そうなるのかを考えることから次の一歩が始まるのです。何時か見た景色も螺旋階段をもう一回り登れば見え方も違ってきます。

 このように個人的な興味と目標が発端でした。そして、何とか目的の「音の良いCWフィルタ」が完成できた記念としてこのBlogを綴ることにしました。 まずは、製作手順などごく大雑把に纏めました。詳しい設計・製作方法は機会があれば改めて扱います。

写真説明:手前の大きなクリスタルを使ったフィルタがここで扱った「音の良いCW用クリスタルフィルタ」です。 奥にある小さい方が一つ前のBlogで扱った12.8MHzのSSB用フィルタです。大きさの違いがわかるでしょう。

 【水晶を選ぶ
 以前の水晶定数を測定するBlogに登場した3579.545kHzのアナログ時代のカラーTV用の水晶発振子を使いました。 理由は無負荷Q:Quが高かったからです。 これから作ろうとするフィルタは、きちんとした特性を出すためにQの高い水晶振動子が必須です。

 Qが高いものを6個選びましたが、それでも足りないので「事前特性補正型」の設計を行なうことにしました。「事前特性補正型」と言うのは私の意訳あるいは造語です。 Predistorted Design・・・事前歪ませ設計・・と言うものですが、「歪み」と書くと信号が歪むのかと誤解されそうなので「事前特性補正型」にしました。ですから他所では通用しないでしょう。 無理に日本語化せずに「プリディストーテッド・フィルタ・デザイン」としておくのが良いかも知れません。 ネット検索しましたが旨い日本語表現はないように思いました。JAではあまり紹介されない設計なのかも知れません。もちろんフィルタの専門家は良くご存知のはずです。

 水晶振動子のQuが理想よりも小さいことによって通過帯域特性のエッジがダレるとか、丸くなることを見込んで設計します。 簡単に言えばダレるのを見越して予め通過帯域の外に向かって持ち上がるような特性に設計するのです。 この設計を行なうためには水晶定数のうち無負荷Q:Quも揃っている必要があります。 個々の水晶の大きなバラツキまで補正することはできません。 ですからQuが極端にばらついた水晶振動子は旨くないのです。 なお、出来上がったフィルタの頂部が丸いのはここで言う特性の補正とは意味が異なるので勘違いなきように。もともとリニヤ位相系フィルタの通過帯域は蒲鉾型です。フィルタの形式と通過帯域の形状については以下のリンクを参照を。→700HzのBPF

 【半自動設計
 手計算でも設計は可能です。最初のころは殆ど手計算(=電卓)で数値を求めていました。 しかし計算間違いが起こり易いのです。 途中の間違いはシミュレーションで気付くこともできますが、そもそも発生しにくいように機械的な計算の繰り返しはパソコン(=プログラム)に任せる方が良いでしょう。

 仕様と水晶定数をインプットしてやれば全て計算してくれるような全自動ソフトではありません。しかし幾つかのパラメータを個々に入力すればあとは計算結果が出るようなプログラムを書きました。計算させるまでの準備に少し手間は掛かりますが設計の自由度は高いものです。 単純な四則演算の繰り返しと、細かい刻みで値を追い込むような試行錯誤型ルーチンも存在する簡易なものですが、得られる数字は十分に実用的です。 設計ソフトと言うよりも、設計支援のちょっとしたツールと言った感じでしょうか。

 振り返ってみれば、こうした設計法(設計・製作手順)が確立できるまでにずいぶん過ぎてしまいました。 設計・計算・製作のヒントは案外身近に転がっていて、それに気付かなかっただけのように思います。資料も集めただけではダメです。良く読んで理解しないとその価値になかなか気付けないものですね。断片的な情報も多いので様々を纏めて考えを導く必要もありました。 そのあたり、早く気付けば4〜5年前に確立できたかも知れないと反省しています。(でも、できて良かった・笑)

 【CWフィルタ基本設計】
 計算で得られた数値を回路図に書き込んでみました。 前に設計したSSB用の6-poleフィルタと基本的には同じですが、目標のCWフィルタを実現するために少し違いがあります。

 この設計では、中心線から見て左右対称な数値になっていません。 従って左から5番目の水晶振動子(図ではX-No.03のところ)にも直列コンデンサ:CS5が必要です。 また、非対称回路なので入力側:Rinと出力側:Routのインピーダンスは異なります。なお、In/Outのインピーダンスは異なりますが信号経路は可逆性があります。 この設計で良いのか様々な検討を行ないました。回路シミュレータも活躍しました。 出来上がったフィルタの通過帯域幅:Bw(-3dB)にやや誤差を生じる傾向は残りますが概ね確立できたと思います。製作の方も同様です。

)図は特定の水晶発振子を使うことが前提の設計です。同じ周波数の水晶でも、他のものには適用できません。水晶定数を実測し再計算する必要があります。お手持ちに3579.545kHzのクリスタルがあったとしても、表の数値そのままで作りませんように。

 【シミュレーション
 周波数特性のシミュレーションを行なっています。 これもLT-Spiceを使っていて、水晶定数は上図の左下にある数値をインプットしました。設計帯域幅:Bw(-3dB)は200Hzです。

 水晶振動子間の「結合容量:Cjk」は設計プログラムで求めた値をそのまま使いました。 より結合容量が小さな・・・例えば高い周波数で帯域幅が広いフィルタでは配線のストレー容量と水晶振動子のホルダと端子間のキャパシタンスを補正する(差し引く)必要があります。
 シミュレータに分布容量は存在しないので設計通りの値でシミュレーションします。 実際に作る際は目に見えない容量を考慮してコンデンサの値を加減するのです。この例のように3.58MHzのCW用では各容量が大きいので分布容量の影響は顕著ではありませんでした。

                 ☆ ☆ ☆

 【実測特性
 実際のフィルタはこのようになりました。 横軸全体で3kHz、従って一目盛りは300Hzです。 縦軸は一目盛りが10dBで、全体で100dBの範囲で見ています。

 帯域外の裾の部分がなだらかになっていますが、これは測定器と測定方法の限界です。 完璧な入出力間のアイソレーションは不可能なので実測では現実的なところに落ち着きます。

 とても良く切れるフィルタだと思います。 6-poleですが、中心軸から見てほぼ左右対称なのは狭帯域なフィルタだからです。 (参考;3.58MHzでSSB用を作ると非常に非対称が目立ちます。これはBw(-3dB)との比較でfsとfpの間隔が狭いためです)

 通過帯域幅は-3dBのところで見て225Hzとなりました。 少し広めなのは水晶振動子にパラの15.5pFを省略したためです。 設計次第では省略できませんが、ここでは様子を見て支障が無ければ 省こうと思っていました。 結果はこのように満足の行くものであり、省部品を優先してC1〜C6は取り付けませんでした。(省略を見越して設計したと言えなくもありません・笑)

 中心のピークから6dB下がったところで傾斜が変化して折れ曲がっています。 この-6dBから上の部分がGaussian特性(Besselと類似)です。こうした特性は、入力信号の形状が時間軸で見た時に良く保たれるのです。 その外側の裾野の部分はButterworth特性になっておりいくらか急峻になっています。 このように、Bessel特性よりも急峻でありながら入力信号の形状が良く保たれるのがこの形式のフィルタ:Transitional Gaussian Responce to 6dB型の特徴です。 ほぼ設計通りの通過帯域特性になっていることが確認できました。

過渡応答特性
 写真は受信されたCW(無線電信)の短点に相当する信号がフィルタから出てきたところです。シミュレーションではありません。 実測です。 これで約200Hz幅と言う狭帯域フィルタの通過後なのですから、なかなか素晴らしいです。

 立ち上がりもスムースであり、オーバーシュートもほんのわずかです。 また、余韻(残響)もごく少しでした。 一般的な狭帯域のCW用クリスタルフィルタでこの特性が実現できるものは無いだろうと思います。 過去に種々測定した経験ではお目にかかったことはありませんでした。

 このフィルタの帯域幅Bw(-3dB)は225Hzで、中心周波数foは3577.800kHzです。いわゆるフィルタQ:QfはQf=3577800/225=15,901もあります。 Qfが1万をかなり超えたフィルタで、これほど良好な過渡応答特性が得られるとは信じ難いほどなのです。

 まだ出来上がったばかりです。実際の受信機で試していませんが大いに期待できると思います。このフィルタでワッチするのが楽しみです。

                   ☆

 SSB受信機以上にCW用の受信機は難しいように感じてきました。単に音が自然であるとか、そう言う話しではなく、狭いフィルタで快適な受信フィーリングが課題です。 空いているバンドなら、過度に狭くないフィルタの方が心地よいです。しかし、混んだバンドともなると耳フィルタを鍛えた熟練者でもなければ帯域を狭めるしかありませんでした。

 低周波処理のCWフィルタは受信機用としては本格的なものにはなり得ないでしょう。 しかし、実験してみて良い音色とフィーリングが実現できることに感心しました。 その特性をそのままに受信機のIFフィルタが製作できたなら・・・その答えがいまここにあるのです。

 DSP処理のフィルタでも同じことはできる筈です。いずれどのトランシーバにも波形再現性に優れたリニヤ位相系のCWフィルタが 内蔵されるでしょう。 その時こそ時間軸上の特性に目覚めるときです。 通過帯域がフラットなものがベストでないことも理解してもらえるでしょう。

 完全DSP処理のトランシーバも登場しましたが、完全アナログ処理の受信機にも良さがあると思います。こうしたCWフィルタが活躍する受信機もまだまだ現役でしょう。 CW専用のように書きましたが、データ通信系のモードにも最適です。

 何年も掛かってやっと彼我のレベルに追付いただけ(注1)とも言えますが、まずは目標達成でこのテーマを終えることができました。市販品で得られないものが作れるのは意義があります。次は活用の段階です。

# いつか受信フィーリングを報告しましょう。
# 最後のBlogです。ご愛読感謝。 良いお年をお迎え下さい。de JA9TTT/1

つづく)←11MHz帯の高性能SSB用フィルタの開発にリンク。 

(注1)「彼我のレベルに追付いただけ」かも知れませんが、彼我の話し(記事)の中ではどんな物が出来たか具体的に示されてはいません。ですからフィルタの特性や時間軸上の波形再現性の実測データなど目にしたことはありませんでした。今のところ具体的に実測例を示しているのはこのBlogだけではないでしょうか。この例に続く製作の登場を期待しています。

2015年12月11日金曜日

【回路】8-pole X-tal Ladder Filter +1

【回路:8素子ラダー型クリスタルフィルタ+1】

12.8MHz 8-pole SSB Filter
 前のBlog(←リンク)では実際に新しい方法で作ったラダー型フィルタの製作例を示してその設計法も簡単に説明しました。 6素子の例で示しましたが、8素子ラダー型フィルタも基本的に同じです。

 左図は「Dishalの論文に基づく簡易設計ソフト」(以降は簡易設計ソフトと略)を走らせた状態です。
 使用した水晶発振子は表示周波数が12.8MHzのもので形状はHC-49/Uです。 たくさん測定した中から無負荷Q:Quが高い物を8個選びました。 水晶定数はそれら選んだ物8個の平均値で与えます。

 具体的には以下の通りです。
・Lm=7.989mH
・fs=12794.857kHz
・Cp=3.49pF
・・・です。

 右側の特性図を見ると、中心周波数の上下を見た対称性が6素子よりずいぶん良くなっています。また、おなじ0.1dB−Chebychev型でも一段と急峻になっています。追加の2素子はずいぶん効果的です。 6素子のSSBフィルタでも実用にはなりますが、できればこのくらいの特性が望ましいでしょう。

初期設計から実用設計へ
 この図は前回の再掲載です。 上記の設計で得られた値を書き込んだのが(A)です。 数値に端数が付き過ぎているのと、平均値計算なのでそのまま作るのには適しません。

(B)は、実際に使用う水晶発振子をどの位置に何番を使うのか具体的に選んで「格子周波数の同調」・・・Mesh Tuneを行なった結果です。 「簡易設計ソフト」の上部メニューバーから「Xtal」をクリックするとチューニング用小プログラムが現れます。 使い方はソフト付属HELPファイル:eDishalHelp.pdfのAppendixにある"Xtal Tuning"の項に詳しく書いてあるので事前に参照しておきましょう。

 さらに(C)は数値を丸めて製作し易くしました。 どこまで丸めてしまって良いのでしょうか? 各コンデンサの値をばらつかせて特性がどの様に変化するのかを検証した資料を見ると±5%程度ではほとんど影響はありません。 従って、計算値から5%以内の誤差になるように選んでやれば十分そうです。 心配なら最終値でシミュレーションしてみましょう。(実際、それをしてみたらいろいろなことがわかったのですが・・・)

LT-Spiceでシミュレーション
 すでに簡易設計ソフトのところでシミュレーションしたフィルタ特性がグラフで表示されています。あらためてシミュレーションする意味はあるのでしょうか?

 「簡易設計ソフト」のシミュレーションでは不完全なのです。 それは以下の結果から良くわかります。

 ここで使ったLT-Spiceは非常に有名です。半導体メーカーのリニア・テクノロージー社が無償提供している回路シミュレータです。無償とは言え非常に高機能かつ高性能です。それまで世の中にあった有償の回路シミュレータが淘汰されてしまったくらいのインパクトがありました。更新が継続されているのも素晴らしいです。 同社のサイトからダウンロード(←該当ページへリンク)して使うべきでしょう。

 ネットをサーチすれば使い方も何となくわかると思いますから、あえて参考書籍のお薦めは書きません。 せっかく情報提供しても「高いものを買わされた」などと反感を持たれたら詰まりませんから・・・。倹約は美徳かも知れませんが吝嗇は進歩に結びつかずです。投資したなら、その分じゃぶり尽くせば良いのです。(笑)

 この画面コピーは上記の8素子ラダー型フィルタをシミュレーション用に書いてみたものです。 水晶振動子そのものを書くのではなく、Lm、Cm、Ch、(Rm)に分けて回路図を作成します。 あとは画面のRunボタンを押してから、観測プローブを出力端子に当ててやればグラフィカルに特性が表示されます。

Dishalのシミュレーションを再確認
「簡易設計ソフト」の右側に表示されるグラフと同じものが得られるのか最初に確認しておきます。 左図はLT-Spiceによる同条件でのシミュレーション結果です。

 各Lm、Cmは設計に使用したのと同じく平均値をインプットします。 またRmはシミュレータのデフォルト値・・・確か10ミリΩだったはず・・・をそのまま使いました。 Dishalの設計ソフトと同じく、Quは非常に大きい状態でのシミュレーションと言うことになります。

 同じような結果が得られています。 LT-Spiceでもきちんとしたシミュレーションができています。 まあ、ちゃんとできて当たり前なのですが、これで以降の結果も信用してもらえると良いのですが・・・。

現実的な水晶でやってみる
 何が「現実的」なのかと言えば、損失抵抗:Rmの値を実際の値としてインプットしました。 平均のRm=4.07Ωです。 Quで言えばQu=約158,000と言うことになります。 このQuの数字自体悪いものではありません。むしろごく普通の水晶発振子としては優秀な方です。

 さっそく通過帯域の特性に注目しましょう。 遮断域に向かう角(カド)の部分が丸くなり、通過帯域は平坦でなく山形で、なおかつ凸凹しています。それに、すこし右下がり気味の特性です。

 「簡易設計ソフト」は水晶発振子は無損失であると想定した結果でした。 現実はなかなか厳しいのです。 最初の特性グラフを見て「しめしめ、これでフィルタのエキスパート」なんて思ったら残念でしたということになるでしょう。世の中そんなに甘くありません。(爆)

それどころか、さらに現実は厳しいことが次の結果を見れば明らかに!

使用する水晶の実態とは
 これも再掲載ですが、念のためにもう一度アップしておきましょう。 この後で登場する実際の製作に使用した現実の水晶そのものの特性です。 念のため書いておきますが、この表の水晶振動子はそもそも選別品です。従って、良く揃ったものを集めてあります。無造作に・・まったくランダムに・・・選んだ水晶発振子ではないことを特筆しておきます。要するに良さそうなものを選んであるわけです。

 次のシミュレーションで使った数字もこの表からピックアップしました。 従って、これから作ろうとするフィルタの「実態に即した特性」がシミュレーションできるわけです。水晶を良く選んで作ったんだから、当然良い結果を期待したいものです。

作ったらこうなるに違いない!
 これは予め書いておきますが、シミュレーションよりも現実の方が良くなるのは稀ですから、この状態では製作しませんでした。 それにシミュレーションを行なう意味は、明らかな失敗作を回避するのも目的の一つです。

 通過帯域の様子を見れば一目瞭然でしょう。 ずいぶん凸凹があって、だいぶ右肩下がりの特性です。 最初に見た簡易設計ソフトのグラフとずいぶん違っています。

 入念に水晶を選んでから、(A)〜(C)の手順を踏んで製作してもこのような結果になることがあるのです。 「きちんと」やったんですが、旨く行かないのは何故なんでしょうね?・・・の、答えがここにあります。(C)のところまでやってハンダ鏝を握ったらこうなったでしょう。 何が問題なのか?・・・本質的には水晶振動子のバラツキです。

製作する方へ:Dishalの論文に基づく簡易設計ソフトで設計・製作する場合、水晶振動子(発振子、共振子)のバラツキを抑えるのがもっとも大切です。 これは、直列共振周波数:fsだけでなく各水晶定数についても言えます。 合わせて、なるべく無負荷Q:Quの大きな水晶を使うことにあります。 そのようにして製作すれば旧来の設計では得られなかったような素晴らしい特性のラダー型フィルタが作れます。これは、夢物語やオカルトではなくて理論的に正しいことですから確実に行なえば誰でも再現できます。そうならなかったら何かが不十分と言う意味です。



私の試作例
 試作品はこんな感じに出来上がりました。 写真から何となく実感が湧くでしょう。

 8素子用の基板に組み立てた状態です。 流石に専用基板だけあってうまく纏めることができました。 基板設計の段階ではすこし窮屈な印象もありましたが製作に支障はありませんでした。 コンパクトに纏まっているので使い易いユニット部品になりました。

 以下の特性はシミュレーションではなく、このフィルタを測定器で評価した結果です。 今のところ試作品レベルですが、忘れてしまう前に途中経過を測定しておきました。 当然ながら+αの対策は行なっており、上記のシミュレーションのまま作った訳ではありません。 対策の効果を検証するのが以下の測定の目的でもあります。

参考8素子用基板はまだ幾らか残っているので頒布は可能。 ←品切れです。ご希望があるようなら再製作します。(2015/12/11現在)

概要評価
 横軸のひと目盛りは1kHzです。全体では10kHz幅です。 また縦軸はひと目盛りが10dBです。100dBの範囲で観測しています。

 通過損失には測定用のマッチング回路のロスが含まれています。マッチング回路のロスを除いた正味の通過損失は10dB以内でした。 通過帯域から約80dB下がったところに少し盛り上がりはありますが、十分な帯域外減衰量だと思います。 中心軸から見た左右の特性はほぼ対称になっています。 これは8素子にしたのが効果的でした。 12.8MHzと周波数が高くなったのも有利です。周波数に比例して水晶発振子のfsとfpの間隔が広くなるためです。

 但し、周波数が高いのは良いことばかりではありません。 中心周波数と帯域幅で考える「フィルタQ」が大きくなることから、High-Qな水晶振動子が不可欠です。 現実にはQuが不十分な水晶で作ることになるので通過帯域が弓なりになりエッジが丸くなってしまいます。改善は可能ですが一段と高級な設計・製作になります。

製作する方へ:Dishalの論文に基づく簡易設計ソフトウエアによる設計でもここまで行けます。十分良い特性ではありませんか? もしこのように行かないなら、それは本質的に水晶振動子(発振子)のバラツキによるものでしょう。 まずは使う水晶を精度よく測定することにあります。その上で水晶定数の「バラツキを抑える」ことがフィルタ作りの原点です。良い水晶を選別することで誰でも設計ソフトを頼ってこの特性に至ることは可能なのです。

-6dB帯域幅
 中心部分から見て、-6dBの帯域幅を測定してみました。 設計値では2.76kHzでしたが、2.55kHzに減少しています。 約7.6%の減少なので、違いはそれほど大きくもありませんが幾らか広めに設計した方が良かったようです。6素子でも同様の減少傾向がありました。

 使用した水晶振動子の無負荷Q:Quがやや小さかったことによる「帯域幅減少」でしょう。肩の部分の丸味も同じ理由です。もちろんQuの問題が原因の全てではありません。 通過帯域は完全なフラットとは言えませんがまずまずと言えそうです。 

-60dB帯域幅
 上の-6dB帯域幅と。この-60dB帯域幅でシェープ・ファクタ(形状比)を計算してみましょう。

 -6dBが、2.55kHzで、-60dBが4.312kHzでした。 従ってシェープ・ファクタ:k=Bw(-60)/Bw(-6)=4.312/2.55=1.691です。 理想はk=1ですが、2以下であれば一般的なSSB用クリスタル・フィルタとしては合格点です。

 SSB送信機において逆サイドの漏れは気にならないでしょう。 受信機に使っても切れの甘さを感じることはありません。

キャリヤ周波数は
 実際に使うときに必要なキャリヤ周波数を測定しておきました。 幾らか不満はあっても、いきなりジャンクにはせず、SSBジェネレータにでも使ってみたいと思います。

 USB側が:f(USB)=12,795.075kHz
 LSB側が:f(LSB)=12,797.962kHz
 ・・・でした。

 どちらのキャリヤも発生させ易い周波数です。 参考までに、両キャリヤポイントの中心をフィルタの中心周波数とすれば、fc=12,796.520kHz(概略)となります。 送受信機の設計では、フィルタの中心周波数はこの周波数で行けば良いでしょう。

あらためて、通過域の特性を見る
 「試作品」と言うのは、この特性に少々不満があるからです。 画面のマーカーはピークから3dB下がったところです。 一応、急峻な部分にはあるのですが・・・。

 横軸はひと目盛りが500Hz、縦軸はひと目盛りが1dBの拡大目盛りになっています。 ですから通過帯域の平坦度が誇張されて蒲鉾型に見えているのではありますが・・・。 もちろん、「ちゃんと」やっているので右肩下がりもほぼ解消しています。

 これで現実のRm=4.07Ωを考慮した状態でシミュレーションした結果と等価と言ったところです。 注目すべきはDishalの論文準拠の(簡易)設計ソフトでもここまでは行けるという意味です。もちろん、それ以上を求めるなら設計を変えないとダメですけれど・・・。

本当の0.1dB Chebychev型はこんなに丸くないのです。(笑)

帯域外減衰を見る
 通過帯域外の減衰状態を見ておきます。 横軸は全体で100kHzです。 縦軸は全体で100dBです。

 通過域を画面の上端に合わせて見ています。 従って、フロアの部分は約-90dBと言うことになります。 多少左右で異なりますが、まずまず支障のない性能だと思って良いでしょう。

 基板設計が悪いとこのような性能は得られません。 無用な信号の結合が起こらないようにコンデンサと水晶の配置を入念に調整して頂いたのでその効果があったようです。この性能から専用基板の出来がわかります。 コンパクトに纏めた構造を考慮すれば優秀な方だと思います。 あとは回路への実装で特性が劣化しないよう注意します。

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 「Dishalの論文に基づく簡易設計ソフト」だけで見ていたのでは完全な設計にはならないことがご理解頂ければBlogの意味があったことになります。 特定の状態を前提にした設計では、得られた結果が予想外になったとしても不思議ではありません。まったくバラツキのない水晶発振子など無いのですから。 もちろん、旨くないなら手だてはあります。見た通り、手だてを行なえばかなりまで行けるのですから有用性がないわけではありません。ですからもう過去の設計に戻る必要はないのです。

 検討を進める過程で、きちんとした製作にはある程度マトモな道具が必要なこともわかってきました。 (シンセサイザ式の)SSGとRF電圧計(=RFミリバル)くらいでも、何とかなりますが効率は悪いでしょう。それさえ用意できないなら「闇夜で手探り」になってしまいます。 できたらTG付きのスペアナやネットアナがあると良いです。それら測定器も物を選ぶ必要があります。 製作のハードルは高くなってしまいますが現実である以上、甘言を退けて正直に書いておく方が良さそうです。 道具はあってもそれを使いこなす技術も欠くことができません。

 水晶定数はLmとCmだけでは不十分です。損失抵抗:Rmの値も掴んでおかないと確認のシミュレーションができません。必ずシミュレーションしてから作る方が良いです。 LmやCmは発振周波数シフト法で良いです。Rmの方は以前紹介した書籍「W1FB's Design Notebook」にある様な測定治具が欲しいです。

 高性能なフィルタ作りともなればイージーにとは行かないのは当たり前かもしれません。これで新世代のラダー型フィルタの設計は80%くらい確立できたと思っていますが、もう一度整理し直そうと思います。さらに幾つかフィルタを作ってみる必要があるでしょう。今も検証は進んでいます。de JA9TTT/1

つづく)←音の良いCWクリスタルフィルタにリンク。