2015年7月31日金曜日

【回路】8MHz Ladder Filter Design , Plus+

【8MHzのラダー型クリスタル・フィルタを作る:プラス+】
 【ラダー型フィルタ設計ソフト
 既に見て来たような「素晴らしい特性」のラダー型フィルタを作るには、従来は面倒な手計算あるいはBASICなどで自作の補助プログラムを書かなくてはなりませんでした。

 それでも製作は可能だったのですがかなり面倒でした。間違いも起こり易いことから「設計+特性シミュレーション」の機能を併せ持ち、ビジュアルに結果を確かめることができる「決定版」とも言えるラダー型クリスタル・フィルタの設計用ソフトウエアが開発されました。 そのお陰で、新ラダー型フィルタ設計製作のハードルは大きく下がったと言えるでしょう。 そうでなければ大半の人は古くさいCohn(コーン)型での設計に甘んじるしかなかったのです。画期的と言って良いでしょう。

 これはドイツ人のエンジニア・ハムであるDJ6EV:Horst Steder氏によるものでARRLの技術誌であるQEX誌の2009年冬号において「 Crystal Ladder Filters for All」とタイトルされた記事とともに紹介されました。 今でも自由にARRLのWeb siteからダウンロードすることができます。ソフトウエアはQEX誌のサポートファイルの場所にあって、2009年度のフォルダの中にあるので、左写真のものを見つけてダウンロードします。

使うのは簡単!
 ARRLのWeb siteに置いてあるものは、.zip形式で圧縮されたものです。 ダウンロードしたら早速解凍しましょう。

 解凍すると「11x09 Steder-Hardcastle」というフォルダが現れ、中に4つのファイルが入っています。 「DishalHelp」というpdf形式のファイルが使い方の説明書です。 平易な英文なので読むのは難しくありません。一度はどんな内容が書いてあるのか目を通しておくべきです。 多彩な機能が簡潔に紹介されているのであとは使いながら参照して行けば良いと思います。

 プログラム本体は左写真の「Dishal2026」と言うものです。これをダブルクリックすれば起動します。 残念なことにWindows用のアプリケーションなのでMacでは使えません。 それほど高性能なPCは必要としないのでWindows XPの時代のマシンでも十分実行可能です。 私はWindows7が平行して走っているMac-miniで起動しましたが快適に動作しています。

 フォルダ内には更新履歴やバージョン情報などのテキストファイルが入っていますが特に見る必要は無いと思います。

参考:Warrington Amateur Radio Club(英国)のサイトに、Jack Hardcastle, G3JIRによって最新バージョンDishal2031がアップされています。あまり違いは無いようですが、Windows OSによっては新バージョンの方が良いこともあるのでリンクしておきます。→ここから. (追記:2015.08.25)

 【テスト用データがなくては!
 起動したらさっそく確かめてみたいのが人情でしょう。 しかし、幾ら優れたソフトウエアでも必要なデータを与えなければ意味のあるアウトプットは得られません。

 必要なデータと言うのはこれから実際にフィルタ製作で使用する水晶振動子の「水晶定数」のことです。 「水晶定数」については前回のBlogでも出て来ていますので、既におなじみかもしれません。 測定方法も紹介しているので既に求めている人もあるでしょう。 ですが、まだ何も手をつけていない人が大半だと思いますから、私が実測した水晶振動子の「水晶定数」を再度掲載しておきます。プログラムを動かす「お試し用」に使って下さい。 フィルタ仕様の一例も書いておきましたのでさっそく設計して試すことができるはずです。同じ結果が得られたならソフトウエアの確認は終了です。

 【さっそく使ってみよう
 ビジュアルにわかり易くできているので、起動して一目見ただけでわかってしまうかもしれません。 ごく簡単に手順を追って説明してみましょう。

①水晶定数をインプットする:このソフトが設計計算で必要とする「水晶定数」は(a)モーショナル・インダクタンス:Lmの値あるいはモーショナル・キャパシタンス:Cmのどちらかの値と(b)実測で求めた直列共振周波数:fsの値、そして(c)水晶振動子の並列キャパシタンス:Cpの値でです。 この3つを上欄の入力窓にマウス・カーソルを合わせてクリックしてからインプットします。 Lm或はCmは水晶定数の測定用治具などを使って予め実測し算出しておきます。 設計計算に必要な「水晶定数」はネットの検索で見つかるようなものではありませんので、手元にある水晶振動子を実際に調べる必要があります。また、並列容量:CpもLCRメータなどを使って精度良く実測しておきます。 直列共振周波数:fsは無調整水晶発振回路における発振周波数で代用しても殆ど誤差は生じません。

②フィルタの仕様をインプットする:必要なフィルタの仕様項目は、(a)フィルタの-3dB帯域幅:B3dB(単位はkHz)、(b)通過帯域に許容するパスバンド・リプル:PB Ripple(単位はdB)のほかに、(c)使用する水晶振動子の数:# of xtals(単位は個)の3つです。 パスバンド・リプルはゼロをインプットすることもでき、その場合はバターワース特性で設計することになります。 ただしバターワース特性は通過帯域から減衰領域への肩の特性が丸くなり、減衰の傾斜が緩やかになります。 0.1dBなり0.5dBのパスバンド・リプルを認めたチェビシェフ特性で設計したほうが総合的に見て良いフィルタになると思います。 このあたりリプルの値を変えたり、水晶振動子の数を変えながら試してみたらビジュアルに変化がわかるでしょう。なお高度な特性ほど実際の製作が困難になるのは当然です。

③特性表示の設定:結果は表とグラフで表示されます。グラフにするとわかり易いですが、細かく見るのか大まかに見るのか、通過帯域の特性を詳細に見たいのか、帯域外の特性を見たいのか・・・など、ニーズは様々でしょう。 グラフ表示の周波数幅を変えられるので上覧の右端の窓にkHz単位でインプットしておきます。 図の例では中心周波数から±5kHz・・全体で10kHzの範囲で表示しています。

 以上、左の図中にも説明を書いておいたので参照して下さい。 これらの必要項目のインプットが済んだら、画面右上の隅にある「Calculate」(計算)ボタンをマウスでクリックすれば計算されて結果が直ちに表示されます。 通過帯域幅を変えてみる、水晶振動子の個数を変えてみるなど部分的な変更をしたなら再度計算させてみれば変化の様子が手に取るようにわかるでしょう。

 もちろん、特性シミュレーションを幾らしたところで、現実のクリスタル・フィルタにしなくては「絵に描いた餅」の域を出ません。 左の中段にラダー型フィルタを製作する際に必要なコンデンサの設計値が表示されるので、それに従って製作することになります。 値は0.1pFまで細かく表示されますが、たいていの場合、近似のE系列の数値から選んだコンデンサの単独あるいは、2個の並列で値を実現すれば十分だと思います。 テスト用データで示したフィルタの製作例ではそのようにして選定した実際に使用するコンデンサの値が記載してあります。

 いろいろ試しながらあとはどんなフィルタに仕上げるのかそれぞれで試行錯誤してみたら面白いでしょう。 他に水晶定数を求めるための補助プログラムなども内蔵されていますが、説明は省略しました。補助機能の使い方はHELPファイルに書いてあるので参照して下さい。

頒布基板の注意
 前のBllogで案内しましたが、フィルタ専用基板が完成したので既に頒布を開始しています。 何名かのお方にはさっそく頒布していますが、使う時にすこし注意が必要なので写真説明しておきます。(頒布に関しては前のBlogを参照下さい)←頒布終了しました。2015.08.11

 スルーホール付き両面基板で製作しましたが、表側のランドパターン少し大き過ぎるようです。 水晶振動子を密着して基板にハンダ付けするとリード線のランドパターンがケース(GNDに接続する)と短絡状態になる恐れがあります。 水晶振動子を0.5〜1.0mmくらい浮かせてハンダ付けすれば大丈夫です。水晶振動子を手芸用のガラスビーズのような絶縁材で浮かせるのも良いでしょう。 製作される際には注意して下さい。 コンパクトで作り易いので市販のクリスタル・フィルタのように扱えるフィルタ・モジュールが製作できます。

                 ☆

 気の早い人はご自身で探索し、既に設計ソフトウエアを走らせているようです。 真っ先にソフトウエアの在処をお知らせしても良かったのですが、水晶定数がなくては試すことすらできませんし、製作事例がなくては具体的イメージも湧かないでしょう。 逆に「完成品」の方から紹介して、どんなクリスタル・フィルタが作れたのか目で見てもらった方がインパクトもありそうです。

 そのような訳で、設計ソフトウエアの紹介が最後になってしまいましたが、走らせるだけなら誰でもできますし、ごく簡単なことです。しかしフィルタ特性に関して一切の造詣も持たないのではその意味も意義も理解してもらえないでしょう。 そのような意図があったことをご理解頂けたらと思っています。 先回りされるのも結構ですが、順を追ってご覧頂いた方が論点が明確になるよう心掛けているつもりです。 性急に結果だけを求めていたのでは、本質がどこにあるのかを見失いかねません。

                 ☆

 一連のBlogですが、著明OMの執筆を理由に未だに古色蒼然たる記事を有り難がるようなお方には関係ない話題かもしれません。 しかし世の中は常に進歩しています。 ご紹介したような有益かつ実践的な研究成果がJA-HAMに広がらないのは実に悲しいことだと思っています。 アマチュア無線コードにもあるように、「アマチュアは、進歩的であること」を実践したいものです。 結局、平易とは言え英文の記事しかないのが問題なのでしょう・・・と言うことで、このBlogで簡単に紹介した内容に加えて、より詳しい内容で雑誌への掲載も予定されているのでもう少し具体化したらお知らせしましょう。 ココまで書いて思い出したのですが、チューニングの話しが飛んでしまいました。ww そちらも纏めて記事でやるしかありませんね。お楽しみに。(爆)de JA9TTT/1

(おわり)

続編あり→こちら

追記:フィルタ基板はまだ幾らか頒布可能なので希望のお方はお早めにどうぞ。(2015.08.10現在、あと1名で終了)←頒布終了しました。たくさんのご要望有り難うございました。ぜひとも有効活用されてください。2015.08.11

2015年7月16日木曜日

【回路】8MHz Ladder Filter Design , Plus

【8MHzのラダー型クリスタル・フィルタを作る・プラス】

完成したラダー型フィルタ
 写真は使用する状態に組立てた8MHzのラダー型クリスタル・フィルタです。

 前のBlog(←リンク)のようなテスト用の構造では実際に使う時には不便でしょう。 小型化してモジュールのように作っておくと扱い易くなります。 水晶振動子のケースは端子から絶縁されていて、浮いているので必ずアースしておきます。 ニッケル鍍金なのでややハンダの載りが悪いですから事前にハンダ付け部分を磨いておくとハンダが容易です。 過度に加熱して水晶振動子の特性が変化でもしたら元も子もありませんから・・・手早くやります。

 このように独立したモジュール化は必ずしも必要ではありません。水晶振動子やコンデンサをSSBジェネレータ基板に直接組み付けてしまっても良いでしょう。 その方がスペースも小さくて済むし性能も出し易いように思います。 ここでは、単独で性能評価する都合でモジュール化しておくことにしました。他へ流用するのにも便利ですので。

参考:この部品配置でパターン化した専用の「フィルタ基板」を製作しています。両面スルーホール、グリーン・レジスト、シルク印刷付きです。少量で申し訳ないが頒布できる見込みです。もし入手希望があればコメント欄やE-mailにて表明を。基板製作はJR2FNK/1鶴田さんにお願いしました。配線パターンには私の要望も反映されてます。

基板完成:2015.7.25】
 追記です。 発注していたフィルタ基板が完成しました。写真のようになっていて、旨く出来上がったようです。

 両面スルーホール基板ながら、片面のみベタGNDにしたので不要なストレーキャパシタの付加は最少限になっています。 但し「おもて面」で水晶振動子の足の回りのパターンと水晶のケースとのクリアランスが不足しているようなので、水晶振動子はやや浮かせてハンダ付けする必要がありました。それ以外はまったく問題ないです。標準的な1.6mm厚の基板にしたのでフニャフニャせずしっかりしています。

 端子は細ピン・ピンヘッダの5ピン分から途中を抜いた3ピンがマッチしますのでソケット形式のフィルタにすることもできて便利です。もちろん、2.54mmピッチの蛇の目基板に搭載することもできます。 それほど枚数がないので先着順で予定数量に達するまで頒布します。 もちろん、従来型のラダー型フィルタの製作にも使えるので持っていたら便利でしょう。

 頒布ですが希望者にお一人3枚ずつ(フィルタ3つ分)で行ないます。例によって、SASE+余剰部品あるいはワンコイン(¥500)と交換でお送りします。 商売ではありませんので利益などは考えていませんが、無償では死蔵するだけのお方が申し込むそうなので低額の有償にさせてもらいました。 基板化したことで性能が出し易くて、均質性に優れたフィルタが作れるでしょう。 まずはメールを。(注:SASEとは返信用封筒のことで、自分の住所氏名を書き82円切手を貼ったものです)←頒布終了しました。2015.08.11

測定用セットアップ
 出来上がったフィルタの特性を見ておきたいと思います。

 写真のような測定アダプタを製作してみました。 このようなものは必須ではなく、測定の都合に合わせて作ったに過ぎません。 端子は2.54mmピッチになっているので、同じピッチのインライン型ソケットをカットして使用しました。

 BNCコネクタとの間に入っている抵抗器は、スペアナの入力インピーダンスとフィルタのインピーダンスを合わせるための補正抵抗です。 これを入れずに直接接続してしまうと、正しい周波数特性が測定できません。

評価結果
 コンパクトに纏めて製作しましたが、前のBlogで得られた特性が再現できていると思います。 組立て構造に問題はなかったようです。

 往々にして、コンパクトに組みなおすと特性が変わってしまうことがあるので注意が必要でしょう。 特にこうしたフィルタのように入出力の端子間で100dBものアイソレーションが必要なものでは十分気をつけなくてはなりません。

 測定時にも注意が必要で、強い信号が出ている部分を覆うなどの工夫を行なわないとこのように奇麗な特性が得られないことがあります。 測定技術が問題になるので十分な経験を積んでおきたいものです。同じ道具があっても誰でも同じに測定ができる訳ではありません。

SSBジェネレータに搭載
 既製品と交換に製作したラダー型フィルタを搭載してみました。 やや基板サイズは大きめでしたが旨く搭載することができました。

 次項のように、まずはキャリヤ発振器の周波数をこのフィルタ用に合わせることから始めなくてはなりません。 USBなりLSBのキャリヤ周波数に調整が済んだら、次は各同調コイルを8MHzに合わせます。 その後でバランスド・モジュレータのキャリヤ・バランスを調整しキャリヤリークが最少になるように追い込みます。 もとが7.8MHzなので周波数が近いことから簡単に調整できました。 キャリヤ・バランスも殆ど再調整の必要はないくらいでした。

 マイク入力端子に低周波発振器を接続して周波数特性を評価してみました。 流石にSSB用に作ったフィルタなので必要以上に帯域幅が広いこともなく、なかなかFBなSSB波が得られました。 通過帯域内のレベル変動もCB用クリスタル・フィルタよりずっと小さいのは予想通りでした。USB側では不要サイドバンドのサプレッションがやや甘いのですが、これはフィルタの特性なのでやむを得ません。8素子でやれば改善できるのは確かです。 他の性能は7.8MHzの時と基本的に違いはありません。 十分実用的なSSBジェネレータになっています。

キャリヤ発振器の変更
 上にも書きましたが、キャリヤ発振器の周波数変更が必要です。 水晶発振子はフィルタ製作の余りを活用します。 もちろん不良品では駄目で、発振は問題ないけれど、他と周波数が合わないのでフィルタにはできなかったような水晶を使いましょう。 ここでは、上の方に少しずが大きかったものを使いました。 VXO形式の発振回路なのでそれで支障ありません。むしろフィルタの通過帯域特性から見てLSB用のキャリヤ発生に有利なように選んだつもりです。

 まずはUSB用に周波数調整して評価してみました。 そのままの回路ではLSB用の周波数に調整できなかったので回路の見直しました。 修正した回路でうまく行っています。 このあたり、使用する水晶発振子の特性とも関係するので個々のケースで対応方法が違います。 フィルタの方は簡単にできたのにキャリヤ発振器の方で思ったよりも手こずることがありそうです。 フィルタと同じ水晶振動子を使ったキャリヤ発振器はSSBジェネレータの製作には必須です。 幾つか試しているので、良さそうな回路が纏まって来たら公開するかもしれません。追記:(2015.08.14)キャリヤ・オシレータのBlog(←リンク)を公開しました。

                  ☆

 フィルタを作ってみましたと言うだけでは検証として不十分でしょう。 実際にSSBジェネレータに搭載し評価が済んで始めて実用性の確認ができたことになります。 ブレッドボードでの試作なので、どうしても構造から来る性能限界があって難しいところもあります。 実験の容易さの点では悪くはないのですが、ハンダ付けで作る前のテストとしては不完全なところがあると思っています。 そのあたりはブレッドボード特有の考察が必要になってくる部分でしょう。
 実際にキャリヤの回り込みあるいは、直接飛び込みのような現象があってGNDポイントを変えてみるなどの修正が必要でした。 ただ、ブレッドボードであまり苦労してもそのまま実用にする訳ではないですから見極めが付いた段階で早めに基板化に移行した方が賢明です。

                −・・・−

新設計でアプローチ
 道具さえあればしめたもの・・とは行かないのですが、設計ツールの話しがまだでした。次回はそのあたり具体的に見たいと思います。宿題を増やしてしまったようですが、慌てずにボチボチやりましょう。興味を惹かれたら継続してお付き合い下さい。コメントもお待ちします。例によって浮気して予告と違う方へ行くかも知れませんが悪しからず。(笑)

                 ☆

 クリスタル・フィルタは機器全体から見たら単なる部品に過ぎません。 幾ら良いものが作れたとしても、活かしてこそ初めて意味も出てきます。 アナライザの画面とにらめっこしながら「良いフィルタができた」と悦に浸るのもオツなものですが、ぜひともFBな電波を出したり、受信機から心地よい音を響かせてみたいものだと思います。 そうでなくては機器への投資も製作に注いだ努力も活きてこないだろうなあと・・・。 de JA9TTT/1

つづく)←リンク

2015年7月2日木曜日

【回路】8MHz Ladder Filter Design

【8MHzのラダー型クリスタル・フィルタの試作と評価】

 【安価な8MHz水晶発振子
 自作無線機に適したクリスタル・フィルタの市販品は限られています。 そもそも無線機を自作する人は限られて来たので、必然的にニーズも減ってしまったからでしょう。 その一方で、性能の優れた水晶振動子(発振子)はCR部品並の価格で巷に溢れています。その水晶を素材にしたラダー型フィルタの手作りに今は絶好の状況になっているのです。

 写真の水晶発振子(=クリスタル)もその一つです。2008年ころ、そろそろ中華パーツが日本に流入しだしたころ購入したものです。性能は半信半疑で買った覚えがありますが、100個で1,400円でした。購入先はaitendoとは別の中華系パーツを扱うAI HKと言うお店でした。通販のページは残っているようですが、いまも同じものが手に入るのかわかりません。

 ラダー型クリスタル・フィルタの自作ブームもすっかり落ち着きましたが、いまではフィルタは「買うもの」から「作るもの」にすっかり定着したようです。 円安なので中華パーツを含めた輸入品は値上がり傾向にありますが、aitendoをはじめとしてこうした水晶発振子が@10円少々で売られているのを目にします。 安い水晶を見つけるとついつい買い込んでしまうのが習慣化していましたが、いつでも買えるとなれば食指も動かなくなっていました。(笑)

                    ☆

 前回のBlog(←リンク)では入手容易なパーツで構成したSSBジェネレータを扱いました。唯一、手に入りにくい部品として既製品クリスタル・フィルタを使いました。いずれ「自作で対応しますよ」と言い訳して済ませてしまったのです。だったら「すぐに対応せよ」との声も聞こえる?・・ので久しぶりにラダー型フィルタを扱うことにします。放置されたままだった中華クリスタルを消費する絶好の機会になりそうです。

 今回は少しだけ・・・否、全面的に新しい手法で行くことにしました。 従来のCohn minimum loss型(コーン最少損失型)の自作は言わばお子様向けコースです。さしたる道具も要らず、特にアタマも使わずに行けます。取りあえず実用的なモノは作れるのですが、不満があったのも事実でした。 そこで、もう少し進めてみることにしました。 もはや目新しくもないのですが、JAでは殆ど紹介されたことがない設計法です。諸外国では既にポピュラーになっており、すっかり世界の動向から取り残されてしまった感があります。 さっそく安価な素材を元にその新手法で始めてみることにしましよう。

 そもそも「フィルタの特性とは?」あるいは関連用語の解説等をいちいちやっていたらキリがありません。フィルタの常識は持っている前提で進めたいと思います。 平易に書くつもりはありませんので、わからないことは自分で勉強してみるくらいのおつもりがないならこの先には進むべからずです。(笑)

 【8MHz水晶発振子の特性
 良い性能のクリスタル・フィルタを作るための基本は水晶振動子の特性にあります。 写真は上記の8MHz水晶発振子の特性です。HC-49/USのケースはGNDして測定しています。 直列共振周波数:fsと並列共振周波数:fpの間隔は10.35kHzです。3kHz幅くらいのSSB用フィルタは十分行けるでしょう。

 参考:フィルタ回路に使う水晶片のことを水晶振動子または水晶共振子と言います。発振回路に使う水晶片は水晶発振子と言います。水晶振動子はフィルタ用の配慮をしてありますが、もちろん発振にも使えます。一方、発振用はフィルタに使うための考慮はしていません。しかし本質的に両者は同じものと思ってもあながち間違いではありません。実際、ここでは発振用の水晶発振子でフィルタを作ろうとしています。 もちろんフィルタへの適否は自身で見分ける必要があります。

 この8MHzの水晶発振子は、主共振の近傍に有害そうな副共振はみられないのでフィルタ用として好都合な特性でした。 購入した100個を測定してみたところ、損失が異常に大きいと言う特性不良が3個見つかりました。3%の不良など日本製では信じられない不良率です。 しかし良品の特性はまったく問題なくてfsのバラツキも±σの幅で見て300Hz以内に十分おさまっていました。 ごく簡単な「従来型」のラダー型フィルタには選別なしでも行けるくらいです。

 選別が済んだら、あとで紹介する参考書などを参照して「水晶定数」を計算で求めておきます。細かく選別・分類してあれば全数の詳細測定は不要でサンプリングで十分そうでした。 水晶定数の参考ドキュメント(←リンク:英文pdfファイル:550kB)

 【ラダー型クリスタル・フィルタの設計
 6素子で試作してみることにします。設計段階ではButterworth特性(バターワース特性)、Chebyshev特性(チェビシェフ特性)3種類で計算し、シミュレーションをしてみました。図はChebyshev(0.1dB)特性の回路定数例です。

 素子数を増やせばButterworth特性も良さそうでしたが、6素子ではSSB用としてやや物足りないようです。 Chebyshev特性で行くことしました。 わずか0.1dBの通過帯域リプルを許容するだけで、Butterworth設計では得られない急峻な減衰特性が得られるからです。 もう2素子増やした8素子にすれば一段と良くなるのは間違いありませんが、設計再現性の判定が目的の試作でもあるため様子見の意味もあってここでは6素子で行くことにしました。 なお、CW用フィルタではまた別の視点が必要でですがここでは将来のテーマとしておきます。

 図中の水晶定数は、ここで使った8MHzの水晶発振子の実測から求めた数値です。世間一般の8MHz水晶発振子がどれでもこれと同じになるわけではありません。 実際、メーカーが違えば、同じ周波数でもかなり異なるのが普通です。たとえ形状は同じでもずいぶん違いが見られます。 入手したものを必ず実測した上でその数値を設計・製作に用いないと所望の特性から大きく外れるでしょう。 手抜きをせずに必ず実測評価するようにします。 この水晶の場合、Cmが小さ目で、Lmが大きい特性でした。但しRsも大きいのでQuはあまり大きくならず標準的な範囲(Qu=約12.6万)です。

 今回はLSB型で作りましたがUSB型で作ることも可能です。但し、水晶屋さんは直列共振周波数:fsの方で管理しているらしく、並列共振周波数:fpの方はバラツキが大きいのです。従って並列共振周波数:fpを利用するUSB型フィルタは水晶振動子の選別が厄介になります。特別な意味でもあるなら別ですが、他人と違うものをやりたいと言う程度の切っ掛けでしたらUSB型での製作はお奨めしません。多くの製作例がLSB型を選択しているのには相応の理由があるのです。

 これは余談ですが、写真のような小さなHC-49/US型ではなく背の高いHC-49/Uの方が有利です。 実際、測定していてHC-49/USではドライブ・レベルがちょっと大きめになるだけで飽和する傾向が見られます。水晶片の物理的なサイズが小さいので大きな信号は扱えないのです。フィルタになっても同じことなので注意しましょう。(要するに小さい水晶を使ったフィルタはIMDが発生しやすいのです)

 【6素子ラダー型クリスタル・フィルタの試作
 SSBジェネレータに搭載する際にはもっとコンパクトに組み立てます。 ここでは設計値と実際がどの程度一致するのか確かめるのが目的です。 部品の交換をしながら評価がしやすいように製作しました。ちょっと雑な作りですがご勘弁を。w

 少々部品のリード線も長めですが、8MHzなのであまり影響はないでしょう。ストレー容量はそれほど増えません。 評価が済んだら解体してそのままの部品を使ってコンパクトに組み直すつもりです。 コンデンサにはNP0特性(CHもしくはCG特性)の温度補償系セラミック・コンデンサを使いました。

 当然ですが、再組み立てに当たってクリスタルの順番は変えてはなりません。特性が変わってしまいます。 なお、初期の実測において設計のままでは特性に不満があったので多少チューニングしました。 試行錯誤的になりますが、部分的にmesh周波数をチューンすれば改善できることが確認できたのです。 幾分行き当たりばったり的ではありますが、チューニングで加減できるのはメリットでしょう。 詳細は後に紹介する参考資料を参照されて下さい。そのあたりも詳しく書かれています。ディープなクリスタル・フィルタの世界が待っています。

6素子ラダー型クリスタル・フィルタの評価・1
 まずは、全般的な特性を見ています。 横軸は全体で10kHzです。 かなり拡大して見ているので、富士山型の特性に見えると思いますがSSB用のフィルタとして悪くない性能です。 Bw60/Bw6によるシェープ・ファクタは2.43くらいです。 単純なCohn型よりも通過帯域が平坦で肩の部分が急峻なのがわかるでしょう。この辺りが今回の改善ポイントです。 上側周波数の傾斜が急なのは直列共振周波数:fpの影響があるからでラダー型である以上やむを得ません。対称性の改善策もあるのですが複雑化するのが欠点です。一番簡単な解消方法は素子数を増やすことです。

 -3dB帯域幅は2.7kHzで設計していますが、実測では2.575kHzとなりました。水晶振動子の無負荷Qが有限なために帯域幅減少しているようです。 fcをBw3で除した、いわゆるフィルタQfは約3,000です。 水晶振動子の無負荷Qは約12万ですから約40倍あります。 0.1dB Chebyshev型(6素子)では理想を言えばフィルタQの90倍くらい欲しいと言うことなので少々の特性の崩れはやむを得ないでしょう。

 損失のある「有限のQ値の素子」を使って所定の特性を得る方法もあります。一段と踏み込んだ設計法になるのですが、十分な理解なしにやれば収拾がつかなくなるに違いありません。既に所定の性能が得られたので、取りあえず深入りしないことにしました。 要するに今は実用性能のフィルタが作れれば良いことにするのです。(笑)

6素子ラダー型クリスタル・フィルタの評価・2
 通過帯域の特性を拡大して見ています。 通過帯域に多少の凸凹があるのは、それを許容する設計だからです。 トレードオフの関係で減衰特性の急峻さ(ロールオフ)を追求したのですからやむを得ません。水晶振動子の無負荷Q:Quが理想の値よりもだいぶ小さいのも関係しています。

 しかし、この程度の通過帯域内リプルはかなり優秀な方でしょう。 先のSSBジェネレータで使ったCB無線機用のクリスタル・フィルタは通過帯域内で数dBの変化がありました。 HAM用の無線機に使ってあるものでもこれに及ばないものを見掛けます。 なかなか良い特性にできたと思っています。 従来型のラダー型フィルタでは得難かった特性ですから新手法は効果的だったようです。

6素子ラダー型クリスタル・フィルタの評価・3
 帯域外減衰特性を示しました。主にスプリアスの評価が目的です。100kHz幅で見ていますが、1MHz幅に拡大しても同様でした。 写真では80dB弱の帯域外減衰しか得られていないように見えますが、測定器(スペアナ)のノイズフロアによる制限です。 測定は抵抗器でマッチングする方法なので多少測定のダイナミックレンジが減少するのは仕方ありません。

 別の方法によれば90dB程度得られていますから、実際にハイゲインなIFアンプで使ってもフィルタ帯域外の信号が通り抜けるような心配はありません。 むしろ良好な帯域外減衰が実現できるようフィルタの実装に注意を払うべきです。 この特性もCB無線機用の7.8MHzクリスタル・フィルタよりもずっと良好です。

 このように市販品のクリスタル・フィルタと同等以上のものが自分で作れるので、既製品のクリスタル・フィルタが淘汰されてしまうのも宜なるかなと言ったところです。 手間は掛かりましたがコンデンサも含めた材料費は500円も掛かっていません。 選別した100個の水晶発振子で、6素子のFBな特性のクリスタル・フィルタが10個くらい作れそうです。余った水晶発振子もキャリヤ発振器に振り向けることができますから無駄にはなりません。(材費や手間賃はともかく、測定器の費用は償却できないだろうと言う陰の声あり。ごもっともです・笑)

設計試作の参考資料
 具体的な設計方法はネグってしまいましたが、興味が湧いて来たなら参考書を参照されてください。Blog一回分の分量ではとても説明しきれないボリュームです。原著を読んでもらった方が良いです。平易な内容の記事もあれば、専門的な感じの記事もあります。わかり易いものから読み始めたら良いでしょう。 フィルタ設計の本質を平易に知ることができる書籍はこれくらいしか無いのです。プロ用の専門書は荷が重すぎるでしょう。以下は比較的入手し易い書籍のはずです。

注目すべき記事は:(順番は重要度とは無関係)

(1)Refinements in Crystal Ladder Filter Design:Wes Hayward W7ZOI (QRP Power, ISBN:0-87259-561-7, $12- ,pp5-8 to 5-13)

(2)Designing and Building High-Performance Crystal Ladder Filters:Jacob Makhinson N6NWP(QRP Power, pp5-14 to 5-28)

(3)A Unified Approach to the Design of Crystal Ladder Filters:Wes Hayward W7ZOI  (W1FB' Design notebook , ISBN:0-87259-320-7, $10- , pp179 to 185)

(4)Designing and Building Simple Crystal Filters:Wes Hayward W7ZOI (W1FB's Design notebook, pp186 to 191)

(5)A Tester for Crystal F, Q and R : Doug DeMaw W1FB (W1FB's Design notebook, pp192 to 194)

 いずれも絶版になっている可能性もありますが、米国の古書店では流通していますのでネット経由による入手も容易でしょう。痛み具合など程度次第ですが数ドルから手に入るようです。他にも興味深い記事が多いので持っていて損はないと思います。「More QRP Power」と言う続編の方がヒットし易いですが間違って購入しないようにして下さい。Moreの方は改訂版ではないのでまったく別の内容になっています。それなりに面白いですがフィルタ関係の記事は載っていません。なお書籍の貸し出しや記事のCopyなどのご要望にはお応えできませんので悪しからず。

 まずは水晶定数LmとCmの求め方から研究することをお奨めします。 幾つか方法があってそれぞれ一短一長があります。 測定器として発振器+周波数カウンタにオシロスコープあるいはRF用電圧計があれば十分可能です。 W1FBのデザイン・ノートにはそのあたりのアマチュアライクで具体的な話しが詳しく書かれています。 私はスペアナと10MHz周波数基準器などを使いましたが、それらが本質的に必要なものとは言えません。 細かく周波数が読める発振器と信号の最大値がわかる測定器があれば水晶定数を求めるには十分だからです。 数pFと言った小容量を精度良く測定する必要があって、LCRメータ:DE-5000(←リンク)が活躍するチャンスでもあります。

 水晶定数が求まったら、あとはフィルタ理論の初歩を学びつつ数表と関数電卓、あるいは最近では専用計算アプリも登場しているのでそれに当てはめれば設計はできます。闇雲にやっても訳がわからなくなりそうですからまずはフィルタの初歩くらいは知っておくべきでしょう。  水晶振動子のバラツキを吸収しチューニングする方法なども参考書には詳しく書いてあります。 同じラダー型フィルタでも今までのCohn minimum loss型のように作りっぱなしでは予定の性能まで到達しないでしょう。チューニングが不可欠なようです。 本当はこうした内容を日本語で読めたら良いのですが、あまりにも硬派の記事は読者を引きつけません。手作り卒業済みのお爺ちゃん読者がメインの趣味誌には荷が重そうです。JAでは紹介される機会は訪れないのかもしれません。まあ英語なら何とかなるからそれで良いのでしょう。(笑)

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 CQ Hamradio誌の連載でラダー型フィルタを扱ったのは2006年でした。もすぐ10年になる訳です。 その間にJAのラダー型フィルタ作りが進歩したと言う話しはあまり聞きません。 あの連載の後、機会があれば「おとなバージョン(笑)」のラダー型クリスタル・フィルタをやりたいと思いつつ、年数だけが過ぎてしまいました。 フィルタ理論に根ざしているだけに、その扱いナシでは済まないので「作りました→動きました」式の記事では駄目でしょう。
 そうこうしているうちに米国やEuはどんどん進歩してしまい、いまどきCohn minimum loss型でラダー型フィルタを作ろうなんて言うのは時代遅れになりました。 超古い「SSBハンドブック」(=JAの)やHJ誌にあったようなラダー型を有り難がっているようではナンセンスになっています。 あの時、続きをやっておけば良かったとつくづく反省の日々です。(爆)de JA9TTT/1

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