何でもそうだが、電子部品も「適材適所」である。本来の目的に従い、適切に使えば素晴らしい性能を発揮してくれる。 しかし、適用を誤れば問題の種にもなりえるものだ。
以下の話しは、特定のメーカーやその製品の優劣を言うのが目的ではない。用途に対する適否の判断が目的だ。これは予め強調しておきたい。一面から見た欠点で、その全てを否定するのは間違いだ。むしろ用途に対する適否の判断こそ重要で慎重に行なうべきだ。
写真は、EPSON TOYOCOM社のSG-8002シリーズ水晶発振器である。この水晶発振器の特徴は何と言ってもプログラマブルということにある。製造後に広範囲の発振周波数に変更しうるのだ。 従来の水晶発振器は周波数ごとに水晶発振子を製作して作る必要があった。当然、周波数の数だけ製品の種類ができてしまう。 しかしこの発振器は一種類を元に多様な周波数の発振器に「変身」できる。 その「変身」には専用プログラミング・ツールが必要だが、製造メーカーにとってはまるで夢のようだし、納期が短いならユーザーにも大きなメリットがある。少量多品種を実現するにはたいへん魅力的だ。
まだ話題になっていないようだが、秋月電子通商のロングセラーが最近リニューアルしている。 秋月のDDSキットは幅広い周波数の信号が得られるので、アマチュア無線だけではなくオーディオや測定の分野まで長く使われてきた。
いまでこそ、性能に優れるアナログデバイセス社のDDSが幅を利かせているが、かつては安価なDDSと言えばこれしかなかった。実際、手軽な信号源として何度も購入している。
流石に、旧式のDDSなので無線の用途にはあまり使わなくなった。新型DDSに比べ上限周波数が低く出力に現れるスプリアスも多いからだ。 出力信号直接の使用はスプリアスの問題があるので、できればPLLのループに入れ「クリーニング」して使う方が良い。 そのあたりが、昨今の新型DDSに比べて少々面倒な所だ。
ところで、このDDSキットに使われている水晶発振器を購入しようと思い、お店のホームページを覗いてビックリした。 DDSキットに付属する67.10886MHzの水晶発振器が変わったのである。この発振器は単独でも購入できた。それが従来の金属ケース入りから新型に変わっていた。 しばらく品切れで、次の入荷をまっていたのだが同じ物は仕入れできなかったようだ。
# それでこの新Kitだが、用途・目的次第と思うが少なくとも前より性能が良くなったとは思えない。オシマイまで読んでもらえばわかるだろう。
左は、これから評価するプログラマブル水晶発振器のデータシートである。 たまたま持っていたのが表面実装型だったので、秋月で売っているものと外形や型番は違う。 しかしそれ以外、中身は同じだから参考になると思う。
左表のPTシリーズがそれで、電源電圧は5Vが標準だ。 発振(設定可能な)周波数は1〜125MHzと広範囲だ。 説明によれば内部の水晶発振子を基準にPLLで各種周波数を発生しているそうだ。 内部構造の詳細は明らかでないが、フラクショナルN(=Fractional N:分数N)形式のデジタルPLLになっているのではないだろうか。
そのプログラマブル・デバイダの分周数Nを外部の専用ツールで書き換えることで、ある程度任意の周波数が作り出せるのだろう。 水晶発振器として非常に旨い方法だ。 もしAVRマイコンのように簡単なライタでユーザーが設定可能なら、もっと素晴らしいのだが・・・。
世の中、すべてが良いことは稀である。才色兼備など滅多にあるものではなく、この水晶発振器も欠点があるようなのだ。
さりげなく書いてあるが、要するにこのオシレータを基準にPLL回路なりを作ると、得られる信号のスペクトルは汚いですよと言うのだ。
これから評価するPTシリーズの規格では、出力に150〜250pSのジッタはあると言う。発振周期ごとの周期の揺らぎ(=サイクリック・ジッタ)が200pS、周期の揺らぎのピーク・トゥ・ピークは最大で250pSあると言う。これは大きいのか小さいのかと言うことになるだろう。(pS:ピコ秒)
タイミング関係で考える場合は、揺らぎ(ジッタ)を「時間・周期」で判断する方が好都合だ。しかし、無線家としては、時間・周期ではなくその裏返しである周波数の揺らぎとして捉えてみたい。 また、その実力がどの程度であって、世の中の発振器と比べてどの程度のものか是非とも知りたいものだ。
写真は、テストの様子である。 プリント基板に裏返して組立てた。 銅泊はアースなので、確実なGndがとれている。 誘導など受けない、真の特性が取れるだろう。
電源:Vcc=5Vで、実験用の可変型シリーズ電源を使った。もちろん十分奇麗なDC電源であり、3端子レギュレータよりもずっと奇麗で、重畳する(ホワイト)ノイズは小さい。 このあたり、電源が奇麗でないと影響を受けて正しい性能が評価できないことがある。要注意だ。 オシレータ・ノイズの判定に3端子レギュレータを使うのは旨くない。特に高感度なVCOなど自励発振器では電源ノイズの影響は顕著なので注意したい。
評価したオシレータは、公称周波数が26.2144MHzと言うものである。(注:商社から購入したもの。秋月ではこの周波数は売っていない) そこから上下500kHzのスペクトルを観測している。 縦軸の1目盛りは10dBである。 横軸の1目盛りは100kHzだ。
水晶発振器のスペクトルを見慣れたお方なら、一目でこのオシレータのノイズ(揺らぎ)は際立って大きいことがおわかりだろう。(これはフェーズ・ノイズと言うもの)
一見すると揺るぎのないキャリヤ(搬送波)をノイズで振幅変調したAM波のようにも見える。しかし、実体は異なったものだ。キャリヤそのものがある確率で中心周波数から揺らいでいるのである。スペアナで観測する性質上このように表示される。オシロスコープで振幅も観測すればわかるだろう。 従って、AM波ではないのだから急峻なフィルタを通して、ノイズサイドバンドをバッサリ・・・と言う考えは効果的でない。フィルタで良くなりはしない。下手にフィルタを通せば振幅性ノイズを持ち込むことにさえなる。このあたり、勘違いの無いように。
周期的なノイズも存在するようだが、ランダムなノイズもたいへん大きい。 これを見ただけで、RF回路に使う気は一気に失せてしまった。(笑)
さらに、中心周波数の付近を100kHzの幅に拡大して観測してみた。 周期的な揺らぎがさらに揺らいでいるというような特性もみられる。 ともかく、これは酷い特性だと言える。
もしも、こんな発振器を使って周波数変換やSSB発生を行なうと、得られた信号の近傍はこうしたノイズでひどく汚染された状態になってしまう。
PLLの基準に使う場合を考えてみよう。このオシレータの周波数から見て、遥かに低い周波数の発生なら周波数比だけフェーズ・ノイズ(ジッタ)は軽減される(注1)。案外使い物になる可能性もあるだろう。 しかし、逆に高い周波数を得るPLLでは周波数比だけ悪化が考えられる。 もはや使いものにはなるまい。
(注1:例えば、10MHzを基準に、1kHzを得るなら周波数比は1万倍である。旨くすれば40dBくらい改善されるから使える可能性も十分ある。用途により一概に使えない訳ではない)
のちのち比較可能なように、数値的に捉えておこう。 一般に行なわれるように、キャリヤ周波数から10kHzはなれたところのノイズを数値として測ってみた。
揺らぐので測定値は安定しないが、概ね-71dBc/Hzであった。 この値がどの程度のものなのかは、次の写真と比べてもらえばはっきりするだろう。
#しかし、この際はっきり言ってしまおう。 水晶発振器としては、ものすごく悪い数字だ。
これを通信関係や映像関係の用途に使ってはダメである。 もちろんオーディオにも・・・と言えるが、ジッタがたっぷりあると瑞々しいなどと言うお方があるので困ってしまう。工学的な見地では割り切れない分野だから仕方がないのかなあ・・・。(笑)
ともかく無線に使うのはやめたい。オーディオなら自家だけの問題だから個人の自由だが、無線は近傍周波数でオンエアする他局の迷惑になる。 当然、あなたの品位も疑われるにちがいない。
これは普段実験につかっている手近にある周波数シンセサイザのスペクトルだ。 手軽に作っても普通の水晶発振器なら、この写真よりもさらに良いと思う。
市販の周波数シンセサイザは高機能なので、その分回路構成は複雑だ。 そのおかげで出力に含まれる付随ノイズはやや大きめになってしまう。しかしそれでもこの程度は行くのだ。 上記の発振器と比べて30dB以上もきれいだ。(ノイズパワーで言えば1,000倍もきれい)
例えば2SK241で水晶発振させバッファアンプを付けた程度のシンプルなものでも、件のオシレータよりも40dB以上きれいなものだ。 さらに入念に回路設計し部品も吟味すれば20dB以上の改善ができる。 今どきのきれいな発振器とはそのくらいまで行っている。
比べてわかるように信号の奇麗さという観点で言うとすれば、箸にも棒にも掛からない性能だ。 他の用途なら別かもしれないが、少なくとも無線関係の用途では(けして)使いたいと思わない。
こうした水晶発振器をアマチュア無線家が自作に使うことは稀かもしれない。 影響は少ないかと思うが、秋月のページを見ると既に大半のオシレータがこの「問題アリ」の部品になっている。
ニーズの多い周波数からこの発振器に置き換えているのだろう。 おそらく、マイコン系のクロックに使う程度ならあまり気にならないのだ。 ノイズで揺らいでいても平均周波数は正確で累積的な誤差が少なければ時計やタイマーのような用途には差し支えないだろう。 だから一概にダメな部品だとは言い切れない。
しかし、 PLLとかDDSシンセサイザのようなAF やRF信号発生あるいは信号処理のクロックに使うとアウトプットの付随ノイズに悩むことになるかもしれない。そのあたりを十分吟味してから使いたいものだ。
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後記:
便利なものにはウラがある・・・を地でいったようなオシレータであった。 実は業務で開発した機器にこのオシレータを使ったところ、予想外の不要スペクトルが現れてトラブルになったことがある。 担当者は悩んだようだが、私は仕様書をみてすぐに気付いた。 クロック発振に使ったオシレータのスペクトルが汚いのが原因の全てであった。
この水晶発振器はPLLを使っている。しかしPLLが本質的に悪いのではなく、この発振器に使っているPLLがPoorなのだ。 メーカーもスペクトルが美しくないのは百も承知だろう。しかし、きれいなものをこのサイズに作るのは無理があるのだ。より一段の技術開発を待ちたいと思う。
最近になって、アナデバ社のチップを使ったDDSシンセサイザを検討している。DDSのクロックとして、秋月の67.10886MHzオシレータは重宝であった。 何個か追加購入しようと思い時々サイトを覗いていたがずっと品切れが続いていた。 最近になってDDSキットがリニューアルされ、同時にそれに使っている新しいクロック発振器も販売されるようになった。 さっそく購入しようと思ったら、それは使えるようなものではなかったのだ。
# このオシレータ、フラクショナルNなPLLなんか使ってるから、揺らぎがフラクタルでカオスの混沌に迷い込むのだ・・なんて? まさかねえ・・。 仕方がないからクロック発振回路も自作で行くか別のオシレータを使うことにしよう。(笑) de JA9TTT/1
(おわり)