2020年2月24日月曜日

【回路】AF-PSN for the SSB Transmitter, part 2

SSB送信機用AF-PSNの研究:その2
 【AF-PSN:作って確かめる
 フェージング・タイプSSB送信機に不可欠なAF-PSN(低周波移相器)の第2回です。 前回(←リンク)は自作のAF-PSNでポピューラーだったNorgaard型と、有名な市販品:B&W社の2Q4のルーツを探ってみました。

 それらは1950年代には確立し、一般化したことがわかりました。 1950〜1960年代にはフェージング・タイプのSSB送信機製作も盛んでした。 しかしSSB発生に向いたメカニカル・フィルタやクリスタル・フィルタの発展とともに「性能に限界のある」フェージング・タイプは廃れて行きます。 SSBでは常識化したトランシーバ形式の送受信機の製作にフェージング・タイプはあまり向いていなかったのも理由でしょう。 フィルタの低廉化もあってコストの優位性も薄れてしまい、やがて忘れ去られます。

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 フェージング・タイプのSSB発生原理は非常に古く、発明者の名前により、Hartley modulator(ハートレー変調器)と言うそうです。私は知りませんでした。 このHeartley氏はハートレー型LC発振器の発明者でもあります。 Norgaard氏の功績はハートレー変調の原理を使い、実用的な装置としてSSB送信機を実現したことにあると思います。 また、近年はAF-PSNはヒルベルト変換器と呼ばれることがあります。 以上、 参考まで。

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 メーカー製は廃れましたが、フェージング・タイプのSSBジェネレータは自作HAMの間で意外に人気が続いているように思います。 残念ながらそれでオンエアしている電波は滅多にお目にかかれないのですが、自作HAMが挑戦するテーマとして何となく魅力的に感じるからでしょう(?) 実際に私も何度も挑んでいますし、こうしてたった今もテーマにしてるんですから。hi

 ここでは、もはや合理的なSSB発生法とは言えないかも知れませんが、実際に製作したAF-PSNの性能を探ってみたいと思います。 さらに、少し冷静になってフェージング・タイプでどれくらいの性能を目指すべきなのかも考えてみたいと思います。

 例によって、興味本位に進めているだけです。 無線機や電子回路に興味をお持ちでなければ面白くもないでしょう。 作ってみなければ直面する様々な苦労の数々もご想像いただけないはずです。 わかったようなつもりになって頂いても仕方がありません。 ここらでやめて早々にお帰りになればお時間を無駄にされることもありません。 「好奇心をくすぐられた」あなただけがこの先へお進みください。(笑)

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 【AF-PSNの基本的使い方
 まず始めはNorgaard型や2Q4型のようなブリッジタイプのAF-PSNの基本的な使い方です。

 従来からあって、最も基本的なのはトランス結合でドライブするやり方です。 数kΩ:600Ωくらいの低周波トランスを使います。

 この形式のAF-PSNを働かせるためのドライブ・インピーダンス(信号源抵抗)についてはあまり語られたことがないように思います。 極端に高くなければ支障はないようですが、調整時の逆サイド打ち消しの感触に差があるように思うので、低めのドライブ・インピーダンスで駆動するのが良いと思います。
 2:7の分圧抵抗器も100Ω:350Ωにすると言った対応も良さそうです。 ただし、そうなると信号の振幅が小さくなってしまうのでその対策が必要になります。 AF-PSNの部分でも約-13dBの信号減衰がありますので、後段のアンプで取り戻す必要があるでしょう。

 トランスを使う方法は、一種のハイパス・フィルタを間に置くようなものです。特にトランジスタ回路用の小型トランスは低域特性が芳しくありません。300Hz以下と言った周波数はかなり減衰するでしょう。 それだけならメリットとも言えますが、ちっぽけなトランスに低い周波の大きな信号を通そうとすれば大きな歪みが発生します。 できたらトランスは使いたくない・・・そうした理由がここにあります。

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 図の下段はトランスを使わない方法です。 信号が7:2・・・正しくは7対マイナス2になるようOP-Amp.を使って回路を構成します。 図の例では7kΩと2kΩを使っていますが、この抵抗器は高精度が求められます。 絶対値の精度ではなく、7:2という2つの抵抗器間の比率が問題です。 なお、ここで言う「マイナス」の意味は位相が反転していると言うことです。

 こうしたOP-Amp.回路は抵抗比さえ正確であれば、増幅度も正確に7:- 2になるよう動作します。これは負帰還増幅器の理論から疑いのないことです。 OP-Amp.自身による誤差はほぼゼロと考えても良いので抵抗比を厳密に合わせるよう可能な限りの努力をします。 調整式に作ることはむしろ本来の性能を実現するうえでマイナスと言っても良いでしょう。
 OP-Amp.を使う方法は信号源インピーダンスが数Ωと小さくなることから、AF-PSNを理想通り働かせるためのドライブ条件としても適しています。

(参考)OP-Amp.回路を7:- 2ではなく、2:- 7に作る方法もあります。ただし、AF-PSNへの配線を変える必要があります。 信号が大きな方(マイナス7の方)をCRが直列になったアームの方へ接続し、信号の小さい方(2の方)をCRが並列になったアームへ配線します。 OP-Amp.を飽和させぬよう、信号レベルに注意は必要ですが得られる性能はまったく同じです。

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 【その1:シンプルなSSBリグには
 写真はなるべく簡単にフェージング・タイプのSSB送信機を作ろうと考えて試作したマイクアンプを含むAF-PSN回路です。

 なるべく簡単という意味は、大掛かりなハイパス・フィルタやローパス・フィルタなしで済ませようという目論見です。 次項に示す回路図のようにごく簡単な回路です。 ローパスやハイパスのフィルタの効果は少々甘いのですが、男声でのQSOならまあまあ使い物になって、迷惑も掛けないであろう・・・というAF-PSNユニットです。

 言わば、CR2個ずつの「超簡易AF-PSNで作ったSSBジェネレータ」の現代版とでも言いましょうか? でも、AF-PSNは2Q4とまったく同じですから、きちんと作ればちゃんとした逆サイドの抑圧が可能です。ナメてはいけません。(笑) ちょっと遊んでみるには部品も少なく簡単ですから向いていると思います。 しかし、あまりハイパワーはやめておく方が良いでしょう。

簡易型の回路】(Ver:1.0.1に改訂)
 2回路入りのOP-Amp.を2つ使うだけで何とかしたいと思ったのが出発点です。 それを実現する回路になっています。 4回路入りのOP-Amp.なら一つで済みますが、配線が交錯するのでデュアルOP-Amp.を2つ使うのがお薦めです。

 初段のアンプはゲインを高く作ってマイク・アンプを兼用しています。 エレクトレット・マイクのように出力が大きなマイクを使えば、入力端子へそのまま接続しても十分なゲインがあるでしょう。 ゲインは加減することもできます。

 回路例で、AF-PSN部分は2Q4型と同等に作りましたが、もちろんNorgaard型でも良いでしょう。 前回のBlog(←リンク)にある一覧表の中から自身が作りやすいと思う物を選ぶことができます。 (注:ただしNo.14は特に低インピーダンスに設計したものなのでこの回路には使えません)

 マイク入力端子から出力端子までの間で約300倍のゲインがあります。 一般的なエレクトレット・マイクなら10mVくらいの出力があって、出力端子で約3Vの出力が得られます。 従って、そのままで十分にバランスド・モジュレータ回路をドライブすることができるようになっています。 フェージング・タイプのSSBジェネレータの低周波部分をこの基板一つだけで済ませるようにしたので「簡易型」と称するわけです。

 【AF-PSNはプラグイン式
 性能確認がし易いよう、AF-PSN部分はプラグイン式に作りました。  16ピンのICと同じサイズの「プラットホーム」と称するプラグイン部品の上に2Q4型AF-PSNと同じ値のCRを載せてあります。

 一つのプラットホームに全部載せることも不可能ではありませんが、2つに分けて写真のようにすれば個々の抵抗やコンデンサを独立してチェックできるので便利です。 ただし、なるべく接触状態が安定しているソケットを使わないと不安定さが懸念されます。 AF-PSNの使い回しも可能ですがそれを狙った訳ではありません。

 プラットホームには何気なく、E24系列の抵抗器とコンデン が実装されていますが、実際には容量計やデジタルマルチメータで入念に選別したものを載せています。 1%精度の部品で無選別で作っても、そこそこの性能にはなると思いますが、期待したほどにはならないでしょう。  1%精度が規格の(国産品の)金属皮膜抵抗器は実力的に誤差0.5%くらいの精度があります。無選別でもかなり行けます。 しかし特にコンデンサが問題です。 コンデンサはそのような高精度品は普通手に入りませんから、LCRメータや容量計で良く選別して使います。 ここではNP0(CH)特性の積層セラミック・コンデンサを使いました。

 【2対7アンプ部
 写真に見える可変抵抗器はマイク・アンプ部分のゲイン調整用です。 2:- 7の反転アンプ回路は精密に選別した抵抗器を使った無調整式です。

 写真では2kΩと(6.8kΩ+200Ω)の抵抗器を使っています。 初めに2kΩの方を実測し、6.8kΩの方に加える抵抗器(200Ωの方)を選んで使います。 200Ωではなくて180Ωあるいは220Ωの方が良い場合もあります。 2:7の比率が0.1%くらいの精度で実現できていればまずまずです。

 そのほか、各抵抗器やコンデンサは1%以内の精度に合わせます。(バイパス・コンデンサは除く) 特にAF-PSNを通過した後の2系統の増幅器は相似になるよう作ります。

 この回路は選別した部品を使い全般的に無調整で済むよう設計してあるため製作後の調整は要りません。 基本的な性能を確認すればそのままフェージング・タイプのSSBジェネレータに使えます。 使うマイクに合わせてマイク・ゲインのVR(写真)を加減します。 高性能を狙ったものではないので、いくらか欠点もありますが「音声」で交信して実験を楽しむくらいならまずまずだろうと思っています。 このような回路なら思ったよりも手軽にフェージング・タイプのSSB送信機が作れます。

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 【その2:2Q4を使う標準回路
 写真は2Q4型のようなブリッジタイプのAF-PSNの性能を見極める目的で試作したAF-PSNユニットです。

 ローパス・フィルタやハイパス・フィルタと言った周波数帯域を制限するものは外付けが前提です。 従って、回路そのものは広帯域ですからそのまま単独では使えません。 AF-PSNの素のままの特性がわかるものです。

 実は、前に作った記憶があったのでジャンクを漁っていたらそれらしい基板が目に入りました。 どうやら作りかけのようなので、回路図を資料から見つけて最後まで完成させました。 図面から幾らか改造を行ない、AF-PSN部分の信号Lossを補うために後段アンプのゲインを増やしました。さらに出力端子,etcも設けました。 さっそく基本的な動作を調べたのですが問題が発覚したのです。 なぜ途中の状態でストップしていたのかが何となくわかってきました。

 正弦波信号を加えて観測すると波形のピークで発振のような現象が見られるのです。 ゲインの低いたいへん「安定しているはず」の回路でなぜだろうと悩んだのですが・・・。

 最初の基本的な使い方の図にあるような回路でも部品が「ほんとう」に理想通りなら問題は起こりません。原理的には正しいのです。 しかし、実際にはOP-Amp.のゲインは有限であり、周波数とともに出力インピーダンスは上昇するし位相も遅れます。 そのため「AF-PSN」回路そのものが、反転アンプ側のOP-Amp.回路の帰還ループとして作用するようになってくるのです。 それが無視し得なくなって発振するようになるのです。 詳しく解析すればわかるはずですが、位相が回ってどこかの周波数で正帰還になるのでしょう。 周波数特性が悪かった昔のようなOP-Amp.なら発振しなかったのかも知れませんが・・・。

 原因がわかれば対策できたも同然です。 その対策を行なってめでたく完成させました。 出来上がったAF-PSNユニットはなかなか性能も良い・・・2Q4タイプですからそれなりではありますが・・・ので標準的なAF-PSN回路として十分に使いものになります。

 【標準型の回路図
 AF-PSNの2Q4タイプを標準的に使うことを考えてあります。 そもそも、開発された当時は真空管の時代です。 そのため、ブリッジ回路の出口の側には真空管のグリッドが接続されることを想定しています。 要するに非常にインピーダンスが高くて、オープン状態と見なせるような負荷でなくてはいけません。

 バイポーラ・トランジスタ(ごく普通の2SC1815のような)しか存在しなかった頃は難しかったのですが、FETやFET入力のOP-Amp.が一般化したことで真空管と同じような動作をさせることができます。 半導体を使うことで配線を短くでき、入力端子のキャパシタンスも少なめなのでむしろ真空管を使うよりも有利になっています。

 従って、趣味の問題とは言えども、いまどき安定度の良くない真空管で精密な回路を作る理由はまったく無くなったと言えます。 ここでは汎用のFET入力型のOP-Amp.であるTL072CPを使っていますが、ほかのFET入力OP-Ampでも大丈夫でしょう。 2Q4タイプのAF-PSNは最高で770kΩという高い抵抗を使っているので、入力インピーダンスが低いバイポーラ・トランジスタ入力型のOP-Amp.例えば4558などでは位相誤差を生じる可能性があります。バイアス電流によるDCオフセットも幾らか心配です。

 上記に書いた発振の問題ですが、この配線図のように入力部のバッファ・アンプ(ボルテージフォロワ):U1aから直接AF-PSNへ配線せず、もう一段バッファアンプ:U4aを置くことで正帰還のループができることを防いでいます。 一見するとU4aは無駄なアンプのように見えますが、このようにすれば、7:- 2のアンプ:U1bの帰還回路とAF-PSNがパラになって正帰還することがなくなるのです。 このようなことから一つ前で紹介した「簡易型」でも同じようにバッファ・アンプを設けた方が好ましいでしょう。簡易型の回路図で×の箇所にボルテージフォロワを入れます。

 なお、7:- 2のアンプはゲイン調整式で作ってありますが、これは間違いです。厳密に合わせた7:2の抵抗器で製作することをお勧めします。 ここでは以前の試作のままを継承したため調整式になっています。 VR1は精密に7:2の抵抗比になるようデジタル・マルチメータで測って調整し、以後手を触れないようにしています。 固定抵抗にする方が望ましいのです。

 VR2:バランス調整はごくわずかな範囲だけ加減できれば十分です。 図の例では可変範囲が広すぎます。 低周波信号の大きさを精密に読み取れる手段があれば1kHzを加え、Output 1の電圧がOutpur 2と同じになるよう調整します。 後ほどバランスド・モジュレータと接続し、逆サイドの打ち消し調整を行うときに最終的な微調整を行ないます。

(参考)使っていないOP-Ampが2回路もあって勿体無い状態です。 これは発振対策に後からU4を追加したためです。 最初からフローティング・グラウンド(FG)を作るU2にTL072CPを使えば無駄なくOP-Amp.を使うことができます。 半分が余っていたLM358ANは、オーディオ信号を通すのに向かないため新たなOP-Amp.:U4を追加しました。

 【AF-PSNは精度を追求
 2Q4タイプのAF-PSNを基板に直接ハンダ付けしています。 上の例と同じようにプラグイン式に作っても良いでしょう。

 使用する抵抗器はすべて実測し、2個の組み合わせで高精度に作ります。 コンデンサも組み合わせて高精度を実現します。
 例えば、430pFは330pFと100pFの組み合わせで作りますが2つの合成で精度よく430pFが実現できるよううまく組み合わせます。 680pFの方は、実測して680pFちょうどのものを見つけるか、やや下回る値のものを見つけて不足を補うための小容量を並列にして高精度を実現します。 抵抗器も同じような方法で高精度化します。

 配線が短く部品も小型であり、コンパクトに組み立ててあるのでオリジナルの2Q4を真空管回路で作るよりも理想的な動作状態に近付いているはずです。  AF-PSNのコンデンサを数pFのオーダーまで精密に合わせても配線のストレー容量や真空管の入力容量などで(推定で)20pF以上もあるのなら「何をやっているのか」と言うことにもなる訳です。(笑)

 どうしても「真空管で」と言うのでしたら、上記をヒントにストレー容量を増やさぬような構造を工夫して組み立てると良いでしょう。 エージング済みで特性が十分安定している球を使ってください。特性が良く揃っている必要があります。

7対-2アンプは調整式
 上でも説明しましたが、7:- 2のアンプ部分です。

 一時的にICソケットからOP-Amp.を取り外し、配線も1箇所カットしてから抵抗比が7:2になるよう、精密に合わせて調整を終了します。 はなから7:2になるような抵抗器を作って無調整式にした方が好ましいでしょう。 良い可変抵抗器を使ったところで調整箇所があれば不安定になり易いものです。

 この写真には見えませんが、もう一つの可変抵抗:VR2の方は、完成してから信号を加えて調整しました。 正弦波発振器と100kHzくらいまで周波数特性が伸びているデジタル・マルチメータを使い、交流電圧測定レンジ:ACVレンジを使ってOutput 1とOutput2の電圧が同じになるよう精密に合わせておきます。 アナログな電子電圧計(ミリバル)でも良いですが、デジタルな電圧計を使う方がより精密に調整できます。 オーディオ・アナライザがあれば理想的です。 なお、オシロスコープを併用し、出力波形が歪まない範囲でなるべく大きな出力状態で調整します。

# あとは無調整ですからさっそく特性を確認してみましょう。

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周波数を変えてリサジュー観測の動画(再生するとBGMが流れます)
100Hzから5kHzまで周波数を変えながらリサジュー・カーブを描かせてみました。 誰でもAF-PSNを製作したら真っ先に確認してみたくなる観測です。 もし、お暇があればご覧を。 この動画で擬似体験できるでしょう。
 前のBlogにも書きましたが、リサジューを描かせただけでは精密な位相誤差まで判読するのは無理です。 しかし、おおよその性能ならわかるでしょう。 見た感じで、だいたい300Hzから3kHzくらいの範囲で使えば、それほど悪くない性能が得られそうだと思えませんか? その範囲を通すようなフィルタを付加してSSBジェネレータに使いましょう。 きちんと作ればシンプルな2Q4タイプもまんざらでもないようです。 Norgaardタイプも同様でしょう。

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 【その3:Allpass typeで試作する
 いくら上手に作ったところでNorgaard型や2Q4型では設計上の限界があります。 従って逆サイドバンドの抑圧は40dBくらいが得られたら御の字です。

 もう少し良い性能を目指すとなるとAF-PSNの設計そのものを変えない限り不可能です。 ここでは位相誤差:±0.2度くらいを目標にAF-PSNを作ってみました。 OP-Amp.を使ったオールパス型の広帯域移相器です。 目標の性能から判断して8ポール形式で作りました。 6ポールでもギリギリ可能な筈です。 実用周波数範囲は300Hz〜3kHzですが、実際にはそれよりも広い範囲で良い位相精度が得られます。(得られるはずです・笑)

 OP-Amp.は容量性負荷に強いLF356Hを使っています。 また出力回路の部分はドライブ能力をアップするためトランジスタを使ったブースタが付いています。 これは想定した負荷条件が特殊だったためで必ずしも必要はありません。 試作なのでゆったりと作りましがもっと小型化することは可能です。

 【Allpass型の回路:8-Poles
 このユニットもだいぶ前に試作したものなので回路図は手書きです。(笑)

 OP-Amp.の非反転入力側に入っている1000pFと2700pFが特に重要です。 誤差0.1%と言った高精度の物を使うか、それが難しいなら相方の抵抗器の方を再計算して位相の推移が設計通りになるように合わせる必要があります。 逆に言えば誤差のあるコンデンサでも抵抗値の補正で対応できるわけです。

# 以下に示しますが、方法は難しくありません。
(1)まず、回路図のCとRの値を読み取リます。
(2)続いて各移相器の段について、f=1/(2×π×C×R)を計算します。
(3)そのfにおいてコンデンサのリアクタンス:Xc=1/(2×π×f×C)と等しく
   なるようにRの値を決めます。

例:U1の部分について実際にやってみましょう。
(1)まず、回路図からCは1000pFで、Rは37.455kΩとあります。
(2)上記から、f=1/(2×π×1000×10^-12×37.455×10^3)なので、
        f≒ 4249.23(Hz)となります。
(3)もし、自分が使うつもりのコンデンサが1000pFではなく1010pFだとしましょう。
   この場合、コンデンサのリアクタンスXcは:
        Xc=1/(2×π×1010×10^-12×4249.23)≒37084.17(Ω)です。
   従って、実際に使う抵抗器:Rの方を37.084kΩに変更すればOKです。

 あるいは、元々のコンデンサが1000pFで、使う方が1010pFですから、抵抗値の方を逆の比率で減らせば良い訳です。 元の抵抗をRとし、使うべき抵抗器の値をR'とすれば:
  R'=R×(1000/1010)=37.455×(1000/1010)≒37.084(kΩ)で計算できます。
こちらの方がずっと簡単ですが、意味するところは上記の通りです。

 こうした作業を各段について繰り返します。 CR値の有効数字は3桁分もあれば十分ですが回路図には必要以上に細かい数字が書いてあります。 これはコンデンサの実測値に合わせて抵抗値を補正計算する際になるべく精度落ちを生じないよう考慮したためです。 実際に使用する抵抗値は計算値の±0.1%くらいまで合わせれば十分でしょう。 もちろん、ラフに作ると高精度を目指してポール数を多くした意味が失われます。

 抵抗値に合わせてコンデンサの方を変える方法もありますが、一般にコンデンサの値は自由度が少ないため、コンデンサに合わせて抵抗器の方を変更する方法が現実的です。

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 また、負帰還側の経路にあるすべての10kΩも高精度なものが必須です。特に各段ごとに抵抗値が1:1になるよう比率が重要です。 さらにその抵抗器に並列に入っている47pFも同様に値がよく揃っている必要があり、手抜きはまったく許されません。

 Allpass型やPPSN形式は一見すると容易そうに見えるのですが、位相特性や振幅特性に影響のあるすべてのコンデンサ、抵抗器ともに高精度のものや良くマッチングが取れたものを要求されます。 2Q4型ならCRそれぞれ4つと2:7の抵抗器を高精度に実現すれば済んだのに、はるかに多くの部品を選別しなくてはなりません。

 机上ではいくらでも高性能な設計は可能なのですが、それが実現できるような回路を現実に形ある物として作るのは容易ではないのです。 もちろん不可能という意味ではないのであとは部品の選択眼と費やす努力次第でしょう。 10dBの改善を目指すのなら更に40dBくらいの努力を要求されます。 もちろん相応に温度係数の小さな部品(C・R)を使わないと何をやってるのかわからなくなってしまうでしょう。(笑)

 【未調整初期状態
 作りっぱなしの無調整状態ではこのような特性になりました。 縦軸はひと目盛りが0.1度と非常に拡大してあるため性能が悪そうに見えますが、そうではありません。

 ±0.3度くらいなら無調整のままでも入っているのですから、2Q4やNorgaardの±1.3度など比較する意味もないほど高性能と言えるでしょう。入念に作ればAllpass型でこれくらいの性能は得られるはずなのです。  AF-PSNだけで言えば、90度±0.3度の性能なら計算上では-51dBの逆サイド・サプレッションが得られます。

 しかし、右肩下がりの位相特性なのが「かなり」気になりました。 この程度の性能になってくると、多段になったOP-Amp.の位相回りや分布容量などが効いてきて無視できないのでしょう。 幸いリアルタイムな観測手段があったので補正調整して追い込もうと試みます。

ラフに調整してみる
  お借りした測定器(ダイナミック・シグナルアナライザ)なのでじっくり調整する時間はありませんでしたが、この程度の特性まで補正することができました。

 具体的にはP側の位相器のコンデンサに小容量のトリマ・コンデンサ抱かせて良い具合のところに加減します。 位相推移回路が多段直列になっているので一筋縄では行きませんが観測手段さえあれば±0.2度くらいまでなら実現できそうでした。 それでやっと-55dBくらいです。

 長期的な安定性となればまた別ですが、どんなに悪くても±0.5度くらいなら維持可能でしょう。 他の要因を考えるとまだまだ難しい課題はあるのですが、逆サイドの抑圧比として-50dBあたりが何となく実現できそうです。 それでもなお、フィルタ・タイプにだいぶ劣ったSpecなんですけれども・・・。 このくらいになると、リサジューを描かせたところで、実際に真円としか見えません。意味ないから動画はやめておきましょう。(笑)

アナログなフェージング・タイプはフィルタ・タイプの性能を目指すものではないようです。もちろん、ソレ以上を目指すのも個人の自由ですけど・・・。 幾らか・・・じゃないかも知れませんが、数値では劣っても柔らかい音質とか、調整しつつオンエアすると言った「いじる楽しみ」を見出しながら使うもの・・・とでも言ったら言い過ぎでしょうか? 遊びのテーマとしては実に面白いです。 何だか負け惜しみのようですが。

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 フェージング・タイプのSSBについて、AF-PSNに集中して検討してきました。 送信機として仕上げるにはRF-PSNを忘れる訳には行きません。バランスド・モジュレータも重要です。 これらも簡単そうに見えて意外に多くの課題があります。 道草も一旦ここまでにしておきますが、いずれ避けては通れないテーマとして浮上してくるでしょう。 その時は改めてじっくり検討してみたいと思っています。

 フェージング・タイプのSSBはアナログな実現過程が興味深いため読み物として人気があるのだと思います。 そのためHJ誌などでは何回も記事化されたのでしょう。要するに「売れる記事」だった訳です。 しかし、それを読んで実際に製作されたお方はどれほどあったのでしょうか? 今回のBlogも同様でしょうから読み物として消費され、やがて忘れ去られるのでしょうね。 ちょっと残念に思います。

 安定そうな部品を吟味して買い込み、デジタル・マルチメータやLCRメータを駆使しながら実際に製作されるお方は・・・おそらく千人に一人も居られないと思っています。 読んだ知識と実際に手を染めた知見では100倍もの違い・・いや、もっとかも・・・があるかも知れません。  50年前の真空管時代と比べ、いまは部品も測定器も発展してずっと作り易くなっています。 長い間フェージング・タイプSSB送信機の構想を温め続けて来たのでしたら、そろそろ手がけてみては如何でしょうか。 そうです、今でしょ!

これで私の寄り道は終わりです。 ではまた。 de JA9TTT/1

(おわり)nm

2020年2月9日日曜日

【回路】AF-PSN for the SSB Transmitter, part 1

SSB送信機用AF-PSNの研究:その1
 【SSB Handbooks
 2つ前のBlog(←リンク)ではWSPR用のフェージング・タイプSSB送信機を検討しました。 PSN式SSB送信機としての構成は音声交信用と違いません。 ただしフェージング・タイプ送信機の心臓部とも言うべきAF-PSN(低周波移相器)はWSPRモードに特化したものでした。

 AF-PSNを検討していて、従来からある音声用のPSNについて興味を覚えました。今回はその「音声用」のAF-PSNを扱います。 特に有名なNorgaard型(ナガードがた)とB&W社の2Q4型はどんな経緯でいつ頃から使われ始めたのでしょう? ここでは寄り道をしてフェージング・タイプのSSB送信機と切り離せない(音声用の)AF-PSNのルーツについて探ってみたいと思います。

# なお、フェージング・タイプSSB送信機の原理など基本的な話は端折っています。全般的な解説が必要でしたら専門書をご覧ください。2つ前のBlogも幾らか参考になるかも知れません。

                ー・・・ー

 現代のHAMはSSBあるいはFMと言ったモードで音声通信を楽しんでいます。それらの仕組みも既に周知のことと思います。 この先はフェージング・タイプSSBの歴史を追うのがメインテーマです。 従ってそうした話題に興味がなければ面白くもないでしょう。

 まったくの個人的な興味から寄り道しています。 無理をして興味を持っていただく必要はありませんし無駄に時間を使わせても申し訳ないです。 この辺でのお帰りをお勧めしたいと思います。 2度と来ない今日と言う1日をもっと素晴らしいことに使われますように。 それでも、少しだけ好奇心をくすぐられたようならお付き合い頂くのもFBです。

                   ☆

 写真はARRL発行のSSBハンドブック(初版)と、無線関係の研究者の学会であるIRE(無線学会:Institute of Radio Engineers)が発行したSSB関係の論文特集号です。 ARRLのHBが1954年、IREのSingle Sideband Issueは1956年12月の発行です。 特にIREのSSB IssueはSSB発生の3つの原理についてプロの視点で記述されており、SSBの原典と言われて来ました。 しかしHAMのHandbookの方がプロに先行しているとは面白いですね。
 IREの論文集は学術誌ですから具体的な回路のような記述はほとんどありません。HAMの自作目的にはまず用をなしませんが、その内容は噛み砕かれた形で諸誌に転載されてきました。  今日的な視点で見ると原理的なことはもう既に十分周知されていますし、十分な内容の解説書も存在するため顧みる必要はないのかも知れません。 ここではフェージング・タイプのSSB送信機のルーツを探るために参照しました。 なお、ARRLのSSB Handbookの方は対照的に送受信機製作の実技的な内容が主体です。

 IREのSSB IssueはJA1AJR 角間OMより頂戴いたしたものです。 貴重な資料ありがとうございました。  蛇足ながらIREは現在のIEEE(←リンク)の前身です。

 【QST誌・初期のSSB関連記事
 ARRLのSSBハンドブックは機関紙であるQST誌の記事を寄せ集めて幾らか編集して作られています。 従って、ハンドブックが発行された1954年よりずっと前からSSBは話題になっていたはずです。

 調べてみますと、QST誌でSSBが採り上げられ始めたのは1948年(昭和23年)のようです。 SSB紹介の特集が組まれた1月号によれば前年の1947年10月に行なわれた14MHz帯におけるSSBの初交信が切っ掛けだったようです。 本当の意味でのHAMバンドでのSSBは戦前の1930年代から実験されていたようです。 しかし初期の頃は細々としたLow Bandでの「実験」に過ぎなかったようです。DXバンドの14MHzでオンエアがあって初めて衆目を集めるようになったのでしょう。1948年から数年間はSSBの普及に向けた記事がしばしば投稿され、新しい音声通信として脚光を浴び始めたのです。 バンドが混んできたこともあり、混信緩和に効果的なSSBを推進したいというARRLの意図も感じます。 そうしたQSTの記事から目ぼしい物をピックアップしてまとめたのが初版のSSB Handbookと言うわけです。

 最初に登場したSSBの発生方式はフィルタ・タイプでした。これは戦前からあった搬送電話の技術を利用したからであり必然だったでしょう。 未だSSB用クリスタル・フィルタやメカニカル・フィルタは存在しなかったのでLC回路で構成してフィルタを作りました。 LCフィルタでSSB発生に必要な急峻な特性を得るには低い周波数でなくてはなりません。記事でW0TQKが紹介しているSSB送信機もLCフィルタを使っています。キャリヤ周波数は9kHzです。特注品のフィルタで9.25kHz〜12kHzのアッパーサイド側を得てから2回ヘテロダインしてHAMバンドまで持ち上げています。製作はなかなか大変だったでしょう。

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 フィルタ・タイプのSSBジェネレータは改めて扱いたいと思います。この先はフェージング・タイプのSSBに絞りましょう。
 下段はおそらくQST誌上で初めてフェージング・タイプのSSBについて紹介された記事です。 これは同じ1948年の6月号の記事で、AF-PSNでは有名なナガード(Norgaard)氏の執筆です。ただし、のちに有名になったNorgaard型のAF-PSNは未だ使われていません。

 掲載されている回路図によると、真空管のプレート側から位相が反転した出力を、カソード側から非反転の信号を取り出し、それらをCRを使った移相回路で結合して行く3段2組のアクティブ型移相器になっています。昨今のオールパス型AF-PSNに類似の構成です。 真空管のPK分割回路はプレート側とカソード側の信号振幅を合わせても内部インピーダンスが同等ではないためあまり理想的とは言えません。AF-PSNのような精密さを求められる用途には最適とは言えなかったでしょう。真空管の特性変動も気になります。

 低周波の移相器としては未だ発展途上のように感じられますが、フェージング・タイプの原理は既に確立されています。あとはより確実で信頼できるAF-PSNの登場が待たれる状況でした。

GE HAM NEWS Vol.5 No.6 1950
 SSBの普及はQST誌が主導して進んだように思っていましたが、GE社が無償で配布していたHAM NEWSもその普及に貢献したようです。 特にフェージング・タイプのSSBジェネレータでは当時これが決定版と言えたかも知れません。

  左は該当のHAM NEWS 1950年11・12月号です。 右側の回路図のように簡単な3球式で5WのSSBがいきなりHAMバンドで得られることが示されています。 使われているAF-PSN(低周波移相器)は後にスタンダードとなるナガード形そのものです。 AF-PSNの製作についてかなりの紙面が割かれています。まだAF-PSNの市販品は一般的でなかったからでしょう。

 回路の説明です。簡単な低周波アンプの出力をトランス結合で取り出します。トランスの2次側で2対7に抵抗器で分圧してAF-PSNに与えます。 このAF-PSNは出力側の負荷がオープンサーキット・・・要するに非常に高いインピーダンスで接続されることを前提にしたものです。それを前提にしたことで合理的かつ定型化が可能だったと言えるでしょう。 AF-PSNの出力を受ける回路はグリッドリーク抵抗も省いています。AF-PSNの抵抗分で代用してハイ・インピーダンスを実現します。 バランスド・モジュレータも2+2ダイオード式の合理的なものであり、加算・打ち消しの機能を兼ねた形式です。 類型が後の多くの製作例に見られるように良く考えられた合理的な回路になっています。

参考:マイクアンプや水晶発振器/VFO、さらに電源が外付けだから僅か3球で可能なのであり、既存の送信機を持つているHAM局向けのSSBアダプタの位置付けです。それでも僅かなデバイスで上手くまとめ上げてあると思います。

                 ー・・・ー

 Norgaard氏のAF-PSN記事はQST誌にあると思っていたのですが、ARRL発刊のSSB Handbookに詳細はありませんでした。 氏の記事はごく初期のフェージング形式に関する解説のみなのです。これは氏のIREの論文と同じような内容です。 なぜSSB HBに具体的なAF-PSNの回路説明や製作例がないのか不思議に思っていました。 調べて行くとGEのHAM NEWSに具体的で詳しい製作記事があることがわかりました。 HAM NEWSとの関係でARRLのSSB Handbookには具体的な話は掲載できなかったのかも知れません。 ですからGE HAM NEWSを見なければ「よく見かける回路」のルーツはわからなかったのです。

 【James Millen No.75012
 GE HAM NEWSにはAF-PSNの作り方・・・主に調整方法ですが・・・が詳述されています。 しかし正確な周波数のわかる正弦波発振器とオシロスコープが不可欠です。 当時世界のHAMの先端を行っていた米国のHAMと言えども、そうしたツールは未だにシャックで一般的ではなかったでしょう。

 なんでも既製品が重宝されるのが米国です。 カネで解決できればそれが合理的と言う考え方なのでしょうね。 HAM関係のパーツでは有名なJames Millen社がさっそく調整済みのAF-PSNを販売します。  部品定数はGE HAM NEWSのまま、すなわち後に定番となるNorgaard型そのものになっています。 このユニットを手に入れればあとは難しい部品もないので比較的容易にフェージング・タイプのSSBジェネレータが作れることになります。(たぶん・笑)

 【Norgaard PSN / GE HAM NEWS
 左図はGE HAM NEWSのAF-PSNです。 どんな構造で作るのかが説明されていて面白いと思ったので転載しました。

 4つ必要な抵抗器(100kΩ×2、133.3kΩ×2)は1%誤差の既製品を使うことで無調整で済ませています。特注しても抵抗器は比較的安価だからでしょう。 各抵抗器に直列あるいは並列になるコンデンサの方は内輪の近似容量のマイカコンデンサとマイカトリマ・コンデンサを組み合わせて作ります。

 接続を切り離して独立させ、所定の4箇所の調整周波数でリサジュー・カーブを描かせて真円になるよう「精密に」調整するのです。 そのため各CRの組み合わせが独立にできるような構造に作るわけです。 トリマ・コンデンサを使う方法は調整後の変動が気になるので心配もありますが精度の高い容量計が不要でストレー容量を含めた調整ができるので合理的な製作方法だったのでしょう。 もちろん「1950年当時は」と言う意味ですが。 (実際にやってみると、どこが真円なのかを見極めるのは非常に困難です。真の90度に合わせるのはまず無理なのでどこかで妥協になります・笑)

参考:4箇所の周波数=326.7Hz、490.0Hz、1306.7Hz、1960Hz です。

 測定系の位相誤差を取り除く方法をはじめ詳細な調整手順が書いてあります。Blogの趣旨から考えると冗長なので省きますが、詳しくお知りになりたいようでしたらHAM NEWSをメール添付でお送りします。メールにてリクエストしてください。 ネットで探すことも可能です。「GE HAM NEWS」あるいは「GE SSB Handbook」で検索してみて下さい。

 【Phase Error vs Sideband suplession
 Norgaard型AF-PSNのルーツがわかったところで、位相誤差とサイドバンド・サプレッション(逆サイドの抑圧比)について見ておきましょう。

 左図の左側のグラフはNorgaard型AF-PSNの周波数対位相特性です。 これは実測ではなく計算値です。 誤差なく理想的に作られたAF-PSNならこのような周波数特性が得られるわけです。 Useful Range(有用な使用範囲)は200Hzから3kHz少々となっていますが、実際には位相誤差が90度の±1.3度以内の範囲と考えるのが合理的でしょう。 この誤差1.3度と言うのはこの部品定数で作られたNorgaard型AF-PSNの設計値だからです。 従って音声帯域幅は設計周波数範囲である225Hzから2.75kHzが妥当です。 ちなみに、ちょうど90度となる周波数は250、440、1250、2500Hzです。

 なお、逆サイドバンドの抑圧比:SはS=20Log(tan(θ/2))で計算できます。θは90度に対するズレです。 Logは常用対数です。Sの単位はdBです。 例として位相誤差が1.3度だとすれば、tan(1.3/2)=0.011345・・・ですから、S=20Log(0.011345)≒-38.9(dB)となります。(注:振幅誤差はゼロとした場合の計算です)
 このようにNorgaard型の位相誤差=1.3度の設計では逆サイドの抑圧比は-40dBに届きません。 しかし、これはワースト・ケースでの数値であり、音声帯域全体(例えば250Hzから2.7kHz)で見ると平均して-45dBくらいの逆サイド抑圧比が実現できるので、十分なものであるとしています。 言うまでもないですが雑に作ったら到底そこまでの性能には至りません。 なめてかかる人もいるようですが、フェージング・タイプは下手なフィルタ式よりもよほど難しいです。

 前のBlogで扱ったWSPRのようなトーン信号を送出する場合、このままのAF-PSNでは旨くありません。しかしスペクトラムがランダムに分散している音声通信なら実用性十分なSSB波が期待できると言う意味でしょう。 もちろん、楽々-50dB以上の抑圧比が得られるフィルタ・タイプと比べたら見劣りします。 しかし-40dBなら逆サイドの電力は1/10000に過ぎません。 電力効率に関して言えばSSBのメリットは十分発揮できるので合格点と言っても良いでしょう。 ローカル局が少なく、空いているバンドならNorgaard型AF-PSNを使ったフェージング・タイプのSSB送信機もいまだ実用的だと思います。  2020年現在の無線設備規則におけるスプリアス発射に関し「基本周波数の平均電力より40dB低い値」という規定を満たしています。(音声による通信の場合)

                   ☆

Model 350 Type 2Q4  AF-PSN
 ナガード型のAF-PSNのルーツがわかってきたところで、かの有名な2Q4の話になります。

 既製品のAF-PSNといえばBarker & Williamson社(以下B&W社)の2Q4(正しくはModel 350 Type 2Q4と云います)が余りにも有名です。 James MillenのNo.75012と併売されていた時期もあるのですが、意外に早く置き換わったように見えました。

 当時の実勢価格がよくわからないので、置き換わった理由が価格的な優位性にあったのかまではわかりませんでした。 AF-PSN回路の部品定数は少々異なりますが性能的には同じようです。(Specでは、300Hz〜3kHzで90±1.5°) 詳しく見ると2Q4の方がハイ・インピーダンス設計ですから、幾分ストレー容量の影響を受け易いように感じます。 Norgarrd型のNo.75012の方が使用上では有利そうに思えました。

 案外、2Q4がオクタル・ベースになっていたことがウケたのかも知れませんね。 際立ってコンパクトになったとは言えませんが、ソケットに刺す形式は何となくスマートです。 一つの2Q4を色々な自作品で使い回すとは考えにくいのですが、容易に取り外せるのは便利そうに感じてしまいます。 結局、理由は良くわかりませんでしたが、ある時期からAF-PSNといえば2Q4が定番化したようです。(注:オクタル・ベースはGT管の足ピンと同じもの)

 なお、JAでは2Q4は輸入品になることから高価だったらしく・・・・$1-=¥360-の時代ですから・・・・AF-PSNといえばその後も自作が続きます。先進的なOMのご研究もあって作り易く改良されたからでもありましょう。 逆に米国ではAF-PSNの自作はまったく廃れてしまい2Q4を買ってくるのが常識になったようです。 SSB用のクリスタル・フィルタを買ってくるのと同じような感覚だったのでしょう。 手間を掛けて少々節約するより手っ取り早く買って解決するのが米国流の合理主義ですから。hi

  米国で再びAF-PSNの自作が脚光を浴びるようになるのは、CRを多段にラダー配線して作るポリフェーズ型のAF-PSNが登場してからです。 高精度なCRが不要でジャンクなパーツで高性能なAF-PSNが製作可能との触れ込みでPPSN型が登場しました。しかし謳い文句ほど容易ではなかったように思うのですが・・・?。

 【Kuranishi P-5  AF-PSN
 国産の既製品の話です。 クラニシといえばHAM用の無線機や測定器も作っていたので昔からのHAMにはおなじみの会社です。 会社名がクラニシ計測器研究所(KKK)と称していたころAF-PSNを売り出したことがありました。国産品も存在した訳ですね。

 写真はP-5型と言うAF-PSNです。 特性はNorgaard型と同等のようです。 話が前後しますが、解析してみたところ、部品定数は後ほど示す設計一覧表のNo.3(JA3MDタイプ)に類似でした。 但しC1とC3は2000pFではなく1800pFになっています。それに伴い、R1が67.5kΩ、R3が270kΩになっています。E系列の1800pFの方が入手しやすいからでしょう。 いずれのコンデンサも2%誤差の米サンガモ製マイカ型です。抵抗器は国産の抵抗値特注品でカーボン型のようです。各アームの時定数はNorgaard型とまったく等しいので同じ周波数特性になります。

 見えている可変抵抗:VR1kΩは入力信号を2:7に分圧するためのものです。 リサジュー・カーブを描かせたことがありますが、全部を可変抵抗にしてあるので調整が非常にクリチカルでした。 精密な抵抗器を使って2:7になるよう分圧して無調整式にするか、VRによる可変範囲をかなり狭くなるように絞っておくほうが扱い易いでしょう。 この形式のAF-PSNは原理的に厳密な2:7の分圧比でなければ正常に動作しませんので、そもそも大幅に調整できるように作るのは間違いだろうと思います。

 なお、これも4次のAF-PSNですからNorgaard型あるいはB&Wの2Q4と同じような性能が得られるはずです。 国産のHAM用パーツとして歴史的な価値があるかも知れません。 しかし同等以上のものが容易に自作できる現在において電子部品としての価値は失われたと思います。それに50年も前のユニットですから使用部品の経年変化も気になります。 使うのはやめておきましょう。

 【クラニシの宣伝広告:1964年3月
 クラニシは昔からユニークな会社でした。流行を逸早く採り入れた製品を登場させてきました。 1964年当時はAF-PSNだけでなく、それを使ったSSBエキサイタやSSB送信機も作っていたようです。
 しかしHAMのシャックでは自作品が幅を利かせていましたし、目にしたメーカー製品と言えばトリオとSTARがほとんどでした。 クラニシのリグはごく少数の愛好家にとどまったのかもしれませんね。 もちろん見たことはありません。

 件のAF-PSN:P-5型は¥1200-です。 この広告が掲載されていた1964年3月号のCQ Hamradio誌の定価は150円でした。 現代人にとってP-5型の1200円はお手軽そうに感じますが当時のHAMの実感としては意外に高価だったのかもしれませんね。 多くのHAMがAF-PSNを自作していた気持ちが何となくわかってきます。

参考:1960〜1970年代のCQ Hamradio誌を調べるとクラニシの他にもAF-PSNの完成品を販売する例が散見されます。しかし、現品が手元にあるわけでもなく、あまりにもマイナーなので省略しました。クラニシのP-5でさえかなりの珍品ですから。

                   ☆

 【AF-PSN Design Table:AF-PSN設計一覧
  Norgaard型も2Q4型もCRを使ったブリッジ形式になっています。 部品定数は異なりますが、CRの時定数で見れば類似していることがわかるでしょう。 使い方も同じです。

  書籍や雑誌記事で良く見かけるこのタイプのAF-PSNの部品定数を一覧に纏めておきます。 Norgaard型と2Q4のオリジナルとそれを発展改良されたJAのOMさんの設計例も一覧にしてあります。 JA3MD大津OMの設計例(表のNo.3)はNorgaard型の変形でありまったく同じ特性です。 No.4〜No.9のJA7LK高橋OMの設計は製作しやすさが考慮されたものです。 ただし全体の周波数は約19%ほど低域にシフトした特性ですから、男声向き(OM向き?)にできていると思います。

 半導体時代に合わせて、各AF-PSNの部品定数を見直して低インピーダンスに再設計した例を追加しておきました。 OP-Ampを使って構成するのでしたら低インピーダンスの方が幾らか有利になるでしょう。 但し比較的大きな容量のコンデンサが必要になります。

 容量誤差が少なく、温度係数や損失特性に優れたコンデンサが望ましいのでその点の注意は必要です。例えば、スチロール型、ディップド・マイカ型、ポリカーボネート型などが最適です。いずれも安価とは言えないコンデンサなので、5%精度の物を必要数だけ購入し、組みになる抵抗値の方で補正する方法もあります。 ほかに、NP0型(エヌピーゼロがた。CH特性とも言う)の積層セラコンも悪くない選択です。

 コンデンサの値が整数倍で済む設計のものがお勧めです。 安価な測定器でも同容量のコンデンサを見つけるのは容易であり、その整数倍なら必要数をパラやシリーズにして構成可能だからです。 抵抗器の方は多少端数が付いても支障ありません。今では精度良く抵抗値を読み取れる測定器が容易に手に入ります。 中途半端な抵抗値の実現も心配いらないでしょう。

 入力信号を2:7に分圧する分圧抵抗器はこの回路図には記載していません。 これはOP-Ampを使う形式の場合、結合トランスを省いて増幅比で実現するためここに含める必要がないからです。 具体的な回路は次回のBlogに続きます。
 トランス結合式で作る場合、入力信号が良い精度で2;7の比率に分圧できるような分割抵抗を入力側に外付けします。(例:200Ω+700Ω、あるいは100Ω+350Ωなど) 2Q4のピン番号で言えば、1番・5番ピンの側に信号の大きな「7」の方を、3番・7番ピンの側へ信号の小さい「2」の方を配線します。(ピン番号は左図参照)

# いくつか試してみましたがどれも旨く機能してくれました。

                   ☆

参考)Norgaard型および2Q4型のほかに、W2UNJのDome NetworkというAF-PSNがあります。 このタイプもSSB関係の書籍などで良く見かけますが、あまりお勧めしません。 精密な解析によると、部品誤差なく製作し最良の状態で動作させても位相誤差が大きいので不要サイドの抑制は30dB前後しか得られないようです。部品数も多いため製作上のメリットもないようです。 (2020.02.25)

次回は?
  今回の続きとして、OP-Ampを使って構成したAF-PSNユニットを紹介します。 ありふれていますが、なかなか旨く動作してくれるようです。 コンパクトで消費電流も少ないですから、シンプルなSSB送信機には好適でしょう。 なるべくトランスを使わない設計です。

 旧式のAF-PSNを使ったフェージング・タイプのSSBなど、いまどきあまり興味も湧かないかも知れませんが・・・。w ご希望次第ではありますが、詳しく扱おうと思います。あいにく(?)ですが真空管式ではなくて半導体です。(笑)

                   ☆

 あらためてフェージング・タイプのSSBについて調べてみたのですが、1970年代にもなるとARRLのアマチュア無線ハンドブック(SSB Handbookではなくてアマハンの方)には製作例が掲載されなくなります。フェージング・タイプはブロック図を使った原理だけの説明になってしまいました。 フィルタ・タイプのSSBジェネレータやそれを使った送信機の製作例は幾つも紹介されているのですが・・・。
 2Q4のような既製品のAF-PSNを買い求めたところで、製作と調整は意外に面倒です。良い品質のSSB波を継続して得ることが難しいフェージング・タイプのSSB送信機にはもう見切りを付けたという事だったのかもしれませんね。 フィルタ・タイプのSSBが全勢に(スタンダードに)なった訳です。 その後PPSNで復活を果たすまでフェージング・タイプのSSB送受信機はしばし忘れ去られた存在になってしまったようでした。

 JAでも自作HAMが減少するとともにフェージング・タイプでSSBにオンジエアするHAM局は珍しくなって行きます。 1970年代の半ばに輸出CB無線機に関連したジャンク部品が登場すると、放出品のクリスタル・フィルタの活用は勿論ですが、多数放出された同一周波数の水晶発振子を使ったラダー型クリスタル・フィルタが製作できるようになりました。 フィルタ・タイプが手軽になれば簡単そうに見えて意外に難しいフェージング・タイプを試そうとするHAMがいなくなるのも当然でしょう。 それでも80mバンドあたりでは良い音のSSBを目指すOM連の中にあえてフェージング・タイプでオンジエアされるお方もあり、その音質などなかなか興味深くワッチさせて頂く事があります。 あれこれ試して遊びたいHAM局にはバンドが広い15mや6mバンドあたりが適当そうですね。(笑) ではまた。 de JA9TTT/1

お願い:まだまだ重要な話が抜けているだろうと思います。フェージング・タイプなど古いSSBに関する情報や2Q4のような機材に関する資料など頂ければ、追記あるいは改訂したいと思います。 参考になりそうな何かがあればご連絡ください。

つづく)←リンクfm

2020年1月25日土曜日

【部品】Fake 74HC161N

部品:74HC161Nを買う
例によって中華モノ
 至急を要しないとき、中華通販はありがたい存在です。何しろ安価なのがメリットです。 だいぶ前なのですが、何かに使おうと思って74HC161と言うC-MOSの16進カウンタ用ICを検索したことがありました。

 Aliexpressは顧客が何を検索したのか良く覚えているようです。お店がマッチした商品の特売を始めると過去の検索に基づいた「ご案内メール」が届くことがあります。 そうして購入したのがこのSN74HC161Nです。 何に使うつもりで検索したのかさえ思い出せなかったのですが、かなり安価だったのでポチってしまいました。(笑)

                    ☆

 以下は中華通販で「やられた」お話です。 何か有意義なことが書いてある訳でもありません。 忙しいお方はこの先進むべからず。 読んでから「つまらん」と言われても困るので。(笑)

 【きれいなのが届いた
 新品なのか否かは外観の様子からもある程度わかります。 一度基板に挿入したことがあるなら、ピン列の間隔を調整して(狭めて)あるため癖がついているでしょう。

 この74HC161Nは足の曲げ癖もなく、ハンダ付けの痕跡もないきれいなモノでした。 パッケージの感じも悪くはありません。 単価は20円もしませんでした。 きちんと動くならかなりお買い得でしょうね。 送料も無料なんですから。

 【任意のN分周ができる回路
 中華モノのデバイスを購入したときは、なるべく迅速にテストするようにしています。 その上で、何か問題が発覚したらクレームを入れるようにしています。 安いからと言ってダメモトでうやむやにしたら悪質な業者を助長させるだけでしょう。

 あらゆる特性を検証するのは難しいのですが、ICの場合はそのICに特有の機能がわかるような回路を作るのが手っ取り早い方法だと思います。 もう一つは動作時の消費電流を測定するのもかなりわかり易い確認方法です。 ここでは、74HC161Nを使ったプログラマブル・デバイダ回路を作って試してみたいと思います。

 テスト回路の簡単な説明です。 74HC161は数値をプリセットすることが可能な16進アップ・カウンタです。 何もプリセットしなければ0〜15までの16分周カウントを繰り返すだけです。 しかしプリセットするとそのプリセット値から「15」までカウントします。 2個をカスケード(直列)に接続すると16×16=256進カウンタになります。 ここでは、256-100=156を毎カウントごとにプリセットして100進カウンタとして動作させてみましょう。 「156」は純2進で「10011100」となります。先頭がMSBで最後がLSBです。下位ビット(LSB)から順に74HC161のData Input端子にセットします。 74HC161が正常なら入力クロックは1/100の周波数となって出力に現れるはずです。

# 参考までに、このカウンタ回路はPLL回路のプログラマブル・デバイダとしても使うことができます。差の数を純2進でセットしなくてはならないのでちょっと面倒ですけれど。

 【100進カウンタを作る
 さっそく作ってみました。 ICの動作試験が目的ですから、なるべく簡単に済ませるのがコツでしょう。 クロック源には100kHzの発振器:SPG8651Bを使いました。ここは必要な論理レベル(0〜5V)が得られる信号源なら何でも良いでしょう。パルスジェネレータ等でOKです。 他にプリセット回路部分にインバータが一つ必要なので、74HC04Nを補います。 あとは74HC161Nが2つのシンプルな回路です。

 なお、SPG8651Bから低速クロックを与えた時に、出力の変化がビジュアルに見られるようLEDの点滅回路を設けておきました。 オシロスコープだけで観測するならLEDは不要です。 消費電流の観察時にはLEDは不点灯にしておきます。
 
 【1kHzが出てくる
 配線を確認したら、さっそくテストしましょう。 クロック発生源のSPG8651Bから100kHzを与えて、周波数カウンタで出力パルスの周波数を調べます。 きちんと動作しているなら1kHzが出てこなくてはなりません。

 少し誤差があって、完全な1000Hz(=1kHz)でないのは与えた100kHzに幾らか誤差があるからです。 100進カウンタとしては問題なく動作しているようですね。 プリセット値を変えてやれば〜255進まで任意のカウンタが作れます。 いくつか試してみたらどの設定でもうまく動作しました。 きちんと機能する「161」が届いたようです。  これでちょっと安心しました。

 【あ、消費電流が!
 実はテスト回路を組み立てたら、真っ先に回路電流を見ます。 ですから分周回路の動作を見るまでもなく、回路電流の異常にはすぐ気付いたのです。 その上で、上記のようなロジック回路としての動作を確認しています。

  テスタの測定レンジは50mAですから、写真のように31.5mA流れています。 これにはクロックのSPG8651Bと74HC04の分も含まれています。 しかし、そちらの分は0.1mAもありません。 ですから31.5mAのほとんどは「74HC161」二つ分ということになりますね。 試しに一つ取るとほぼ半分になりますから、一つあたり15mAくらい流れていることになります。 でも、これは明らかに多すぎるのです。 74HC161Nのデータ・シートを見ればわかります。

                    ☆

 【秋葉原で買ってくる
 すぐ使う訳でもないと思いつつ、ホンモノの74HC161Nを秋葉原で調達してきました。 ただし20円では買えませんね。100円くらいします。

 最近の秋葉原は中華モノが溢れていますので、店頭で購入したからといって安心とは言えないかも知れません。 しかし今のところ大丈夫なことが多いと思います。

 もしもニセモノを堂々と売ってしまえばお店の悪評がたって客が寄り付かなくなるかも知れませんからね・・・。店も仕入れ先に騙されていると言う可能性もありますけれど。 (もちろん、今の所のハナシです。将来はわかりませんけれど。 何しろ秋葉原には「カンマツ」の伝統がありますから・爆)

参考:カンマツとは
「神田で作ったマツダ」の意味です。1940〜1950年代のお話です。当時は真空管が全盛でした。国産真空管の一流品は何と言っても東京芝浦電気(現・東芝)の「マツダ」ブランドでした。 終戦後、雨後の筍のように誕生した新興真空管メーカーの2流、3流品に比べずっと高額で売られていました。 そこで安物のロゴを綺麗に消して「マツダ」を印刷すれば「カンマツ」の一丁上がりです。秋葉原(神田)の路地裏の怪しそうな所ででもこしらえていたのでしょう。 電極や溶接を玄人が見ればバレバレですから騙せなくともラジオの自作や修理用の球を求めてアキバに来る素人さんは良いカモでした。ニセモノの品質はやはりそれなりだったようです。 そう言えば、今でもアキバには怪しげなブランド球が溢れているそうな。これも伝統でしょうかね。(笑)
 
 【良く見ると
 先ほどの74HC161Nと見比べて見ると、ロゴの違いに気付きます。 中華モノの74HC161Nのロゴは チョット見ではTI社製のように見えますが何となく変です。

 それに対してこちらの方はちゃんとテキサス州の地図に「i」の文字が重なったTI社のロゴそのものです。

 中華モノと差し替えて動作テストをしましたが、もちろん同じようにきちんと動作しました。 本物のTI製でしょうね。

信号レベルもHCタイプだ
 分周動作している状態の出力を観測しています。 縦軸は2V/Divですから、ほぼ5Vの振幅があります。(電源電圧は5Vを与えています)

 横軸から詳しい周期を見るのは困難ですが、ほぼ1mSになっているのがわかります。 100kHzを与えていますので、1/100分周で1kHzになります。 周期は1mSです。

で、消費電流は・・?
 消費電流はどうでしょうか? 写真のように、テスタの指針は左端に貼り付いたようになります。

 しかも測定レンジは先ほどと違い、感度10倍の5mAフルスケールです。 従って、150μAくらいと言った所でしょうか? これにはSPG8651Bと74HC04Nの分も含まれます。 電流計の指示は HC161が2つ分ですから、ホンモノのSN74HC161Nなら一つあたりの消費電流はわずか100μAにもならないのです。 中華モノの1/100も流れません。

                   ☆

 中華通販のお店が送ってきた「SN74HC161N」は何だったのでしょうか? 開封してチップの中身を観察すれば確実ですが、それをするまでもないでしょう。 SN74LS161Nと言う全く同じ機能を持ったLS-TTL-ICがあるからです。
 74LS161Nのデータ・シートを見ますと回路電流:Iccは標準18mAとなっています。 実測値は15mAですからほぼ標準値でしょう。 そうです。 売れ残っていた「74LS161N」の捺印を消し、新たに「SN74HC161N」とレーザ・マーキングし直して販売したわけです。 ロゴも似せてますがデキは今一つでしたね。(笑)

 特別な事情があれば別ですが、多くのアプリケーションでは消費電流の少ない74HC161Nの方がありがたいです。 いまどき好き好んでLS161を買う人は稀に違いありません。 もう既にLS161はゴミの扱いなのです。 わずか20円とは言えどもゴミから幾ばくかでも利益が出せるなら、手間を厭わずに偽装して販売してしまうのが中華通販なのでしょう。まったく困ったものです。 機能が同じでピン・コンパチですからほとんどの回路は差し替えて動いてしまいます。 ただし消費電流は大幅に増えてしまいますけれど・・・。 うっかりしたら「なんちゃってHC161」に気づかないかも知れません。 確信犯でしょうね。

 いまの中華通販は見かけは良さそうでもまったく信用できません。 品物が無事に届いたらすかさずテストしてみましょう。 それでホンモノのようならラッキーだったと思うことにしています。 ではまた。 de JA9TTT/1

(おわり)nm

2020年1月11日土曜日

【回路】AF-PSN for the WSPR Transmitter

回路:Phasing type WSPR送信機
 【WSPR送信用にSSB送信機を作る
 少し前からテーマにしているWSPR用のリグ(送受信機)を自作する話の続きです。

 WSPRの受信機(←リンク)はダイレクト・コンバージョン形式でも十分行けそうなことがわかりました。

 送信もDSB送信機で済めば作るのはごく簡単なのですがどうなのでしょうか? さっそく調べてみました。 WSPRはF1Dモードの電波ですからDSBだと反対サイドの信号(LSB側)は100%不要輻射(=スプリアス)になってしまうようです。 それではスプリアス輻射に関して規定された無線設備規則を満たせないでしょう。 逆サイドの輻射が十分に抑制されているきちんとした「SSB送信機」を目指さなくてはならないようです。(スプリアス輻射に関する電波法の規定については文末のappendixをご覧ください)

 SSB送信機の構成には大きく分けてフィルタ式とフェージング式(逆位相打消し式)があります。 前者は目的周波数で急峻な特性のフィルタがあれば簡単な回路で済みますが、普通それは望めません。別の周波数でSSB信号を発生させてからヘテロダインで目的周波数へと周波数変換します。当然回路は複雑化します。  一方、フェージング式では低周波と高周波の移相器(フェージング・ネットワーク) が必要で、バランスド・モジュレータも2つ必要という複雑さはありますが、任意の目的周波数でUSB信号(LSB信号も可)が作れると言ったメリットがあります。 QRP機の場合あまりシビアな性能を追求しなければ簡略化も可能そうです。

# なぜ周波数変調の「F1Dモード」なのにSSB送信機なのかと言う説明は省きます。ごくかいつまんで言えば、低周波の1500Hz付近で発生させたFSK信号(F1D)をHF帯へ周波数変換しているからです。 前回のWSPR受信機のところで簡単にWSPRの仕組みに触れています。 良かったら参照を。

                   ☆

 なるべくシンプルな回路構成でQRPなWSPR用送信機を作りたいと思います。 以下、フェージング式の送信機構成の要(かなめ)となる低周波用移相器(AF-PSN)の製作と評価を中心に話を進めたいと思います。(AF-PSN:Audio Frequency Phase Shift Network)

 WSPR用に特化した送信機の製作を目指していますが、多少の変更で他のデジタルモードの送信機としても使えます。 同様に音声通信用のSSB送信機への応用もできるので参考にして頂ければFBだと思います。 なお、例によって自ら手を動かして何かを創造したいお方に向けた発信です。 その気のない人には無意味な情報でしょう。 漫然とただ眺めるだけならここでおやめになって、2度と来ない今日と言う日を有意義にお過ごしください。

 【Phasing type SSB送信機とは
 まずはフェージングタイプのSSB送信機についておさらいです。 左図のモトは音声で通信を行なうSSB送信機のブロック・ダイヤグラムです。

 フェージング方式によるSSB発生の仕組みについて説明するには数式を使った解析が必要です。 あるいはベクトル図を使った理解でも良いと思います。 ここではそうしたSSB発生の仕組みはすでにご存知という前提で進めたいと思います。 SSBハンドブックなど専門書に詳しい解説がありますので、もしお忘れのようでしたら図書館などでご覧になってください。 この後はいきなり実践的な話に入るので、概略の仕組みがわかっていないと意味不明になるかも知れません。

 WSPRの場合、左側のマイクとマイクアンプの部分が異なります。 ここはパソコンのスピーカ出力回路からの信号が加わります。そのためあまり増幅しなくて済みます。 そのあとのAF-PSN部(低周波用移相器)以降は基本的に音声用と同じです。
  WSPRの信号は1500Hz±100Hzなので、音声帯域(一般に300Hz〜3kHz)に含まれるため音声通信用と同じAF-PSNでも大丈夫です。 ただし、このBlogではWSPRに最適化したAF-PSNを設計・試作したいと思います。 WSPR用に特化する目的はより十分な逆サイド成分の抑圧にあります。

# AF-PSN部はWSPR用に設計されていますが、以降の回路は音声通信用と全く同じです。

 【WB9CYYタイプのAF-PSN
 フェージングタイプの要(かなめ)といえば、何と言っても低周波用移相器(AF-PSN)でしょう。 古くからHAMに研究されていて、様々な形式が報告されています。
 AF-PSNが難しいのは、音声帯域という幅を持った周波数帯で常に90度の位相差を持った2つの信号を作らねばならないからです。それだけに様々に工夫されてきたのです。

 最近ではPPSN型(ポリフェーズ型)やOP-Ampを使ったオールパス型のAF-PSNが人気のようです。 他にも懐かしいW2KUJのナガード型、B&W社の2Q4型など様々なAF-PSNがあります。それぞれの試作レポートはネット上にもたくさん見られるようです。 今回は見送りますがナガード型およびその変形タイプについても検討を行なったので、いずれこのBlogでもレポートしたいと思っています。(参考リンクナガード型AF-PSNを扱ったBlogを公開しました。興味があればリンクで飛んでください) 今回はWB9CYYタイプに基づいたAF-PSNを設計・試作します。(WB9CYYタイプというのは私が便宜的に付けた名称です)

 図はJAのHAM雑誌であるCQ Hamradio誌の1977年4月号の記事「技術展望」に掲載されたAF-PSNの設計例です。 このAF-PSNはナガード型などと同じ4次のものですがOP-Ampを積極的に使った形式になっています。 同じ様にOP-Ampを使うAll-Pass型よりも使うOP-Ampの数が少なくて済むメリットがあります。 技術展望の記事は米Ham Radio誌にWB9CYYが執筆した記事の抄訳です。 シングルシグナルの受信機に用いる例として紹介されています。 著作権のこともありますが、すべて転載すると長くなるので左図は核心部分に絞っています。 右側の設計式で図中のnetwork 1の係数を使い、C=0.025μF(*1)として計算・設計した具体例が左側の回路です。 これは音声通信用の設計でSSB受信機の復調用になっています。 もちろん、接続を変更することで送信機用のAF-PSNとしても動作します。

 過去にこの形式で作った製作例は見たことがありません。JAで試した人は珍しいのかも知れませんね。しかし回路シミュレータ(LT-Spice)に掛けてみるとうまく動作しそうなのでこの形式のAF-PSNでやってみることにします。 4次のAF-PSNなので、ナガード型などと同等ですから特に高性能と言うわけではありません。 しかしWSPR用に最適化した設計をすれば目的に対して十分な性能が得られそうです。OP-Ampを使う形式としてもシンプルな回路で済みそうです。

*1参考:実はこの回路図には誤植があります。もともとコンデンサC1〜C4は0.025μFで設計・計算されていますが、図面では0.022μFになっています。抄訳した時の誤りではなくオリジナル記事のミスです。これは検算してみればわかります。 ただし、C1〜C4が0.022μFでも動作しない訳ではありません。 設計帯域全体が14%ほど高いほうへシフトするだけで、概略で340〜4500Hzになるでしょう。
 ほかにJA CQ Hamradio誌が転載した際の誤植が見つかりましたので修正しておきます。(右の計算式の部分:Blog読者のOMさんのご指摘による・20250128) なお、以下のBlog記事の計算結果に誤植の影響はありません。元から図のCQ誌・抄訳の計算式は使っておらず原典に基づいて計算して求めてあります。念のため。

 【AF-PSNの試作回路図
 技術展望の例ではC=0.025μFで設計しています。 ここでは、手持ちにあった0.015μFのスチロール・コンデンサを使う前提で設計します。

 また、WSPRでの使用を目的とし中心周波数を1500Hzとして周波数範囲は700Hz〜2800Hzと決めて位相誤差0.5度くらいを目標に設計してみました。  左図の回路定数で回路シミュレーションしたところ、目的の1400〜1600Hzで振幅誤差:0.01dB、位相差:90度±0.1度が得られそうです。 現実には理想状態には存在しないストレー容量とか部品誤差の累積などもあるため、ここまでの高性能は実現困難でしょう。しかし十分良い性能が期待できそうです。 

# 最終的な目標として逆サイドの抑制は-50dBくらいが希望なので、AF-PSNの位相誤差は0.5度以内、振幅誤差も0.5%以内を目指したいと思います。これらは安定的に得られなくてはなりません。

 OP-Ampは定番のTL074CNを使います。移相回路のコンデンサは上記の様にスチロール・コンデンサを使いました。 抵抗器はすべて金属皮膜型を使い、実測に基づき抵抗器2本の合成で近似値が得られるよう努力します。 重要部品の目標精度は誤差0.1%以内として揃えます。

 回路は+15Vの片電源で動作するようになっています。 AF-PSN部の前には出力インピーダンスの低いバッファアンプが必要なので、OP-Ampを使った簡単なアンプ(ゲイン+6dB)を前置しました。 このAF-PSN回路は入力と出力の間で約15dBの通過ロスがあります。 状況に応じてアンプを後付けする必要があるかもしれません。 また初段のアンプ部分もパソコンの低周波出力との兼ね合いでゲインを加減する必要があるでしょう。 その辺りはこの先バラモジとの組み合わせの際に考えたいと思います。

参考:この回路図では、フローティング・グラウンド(F.G)のライン・・・OP-Amp. U2cの出力端子の7.5Vライン・・・にバイパスコンデンサを入れていませんが安定動作の観点から入れるべきです。GNDとの間に10μF//0.1μFくらいを入れれば良いでしょう。その場合、OP-Amp.U2cは容量性の負荷となるので必ず発振対策を施します。フローティング・グラウンドの発振対策について具体例はこのBlogの他の記事にたくさんの実施例があります。

 【コンデンサを揃える
 同じ容量のコンデンサが4つ必要です。 組み合わせる抵抗値との関係から、0.005〜0.05μFの範囲が適当なようです。 ここでは手持ちのジャンクにあった0.015μF±2%のスチロール・コンデンサをさらに選別して使いました。 具体的には、0.01495μFに揃えてあります。

 選別にはLCRメータ:DE-5000を使いました。 絶対精度はそれほど重要ではありません。 むしろ4つのコンデンサが同じ値であることを重視して選別します。測定の再現性は十分あるので、そのような目的にはDE-5000がたいへん役立ちます。

 まったく同じ容量値のコンデンサ(0.01495μF、もしくは0.015μFで良いが)が揃えられれば、回路図通りの抵抗値で同じ性能が得られます。おそらく実際には難しいでしょう。 しかし、手持ちあるいは入手しやすいコンデンサを適宜4つ選んで抵抗値の再計算を行なえば同じように作れます。
 例えば、0.022μFがあるなら、抵抗:R1、R2、R5、R6の値を、0.01495/0.022=0.67945・・・倍の値に変更(小さく)します。(ここまで精密計算は必要なくて、0.7倍で大丈夫です) R3、R4、R7、R8は計算する必要はなくそのままの値で良いです。

 【抵抗は組み合わせで作る
 抵抗器はすべて金属皮膜型を使いました。 カーボン型でも大丈夫かもしれませんが、温度係数や経年変化などを考えると金属皮膜型が安心です。

 中途半端な値の抵抗器が必要なので、2本を合成して最小の誤差で目的の値になるよう合わせます。 例えば、R1=22.60kΩですが、はじめに22kΩの抵抗器を実測します。 普通の抵抗器には必ず誤差があります。 もし実測値が22.03kΩだったとすれば、組み合わせに必要な抵抗は570Ωです。 実際にはE24系列から、最も近い560Ωを選びます。 その上で選んだ2本を仮に直列接続して抵抗値を測定します。 その結果が22.60kΩの±0.1%以内(22.58〜22.62kΩ)にあれば合格です。 無造作に選んだ560Ωの抵抗器でも組み合わせて合格範囲に十分入ると思います。 他の抵抗値も同様に合成します。
 3本以上組み合わせても良いのですが、煩雑になるのでなるべく2本の組み合わせで済ませるようにするのが実践的な秘訣です。

 R3とR7は少し違った計算を行ないます。 R3の例でいえば、まずはじめにR4を実測します。 ジャスト1kΩなら、R3は9.71kΩで良いのですが、普通はちょうど1kΩではないでしょう。その時は、実測したR4の値を9.71倍した値の抵抗器をR3に使います。 R7もはじめにR8を実測してから同じように計算すればOKです。

 このような方法で抵抗器を揃えるのはアナログ式テスタしかなかった時代には困難でした。 しかし現在は十分な読み取り精度のデジタルマルチメータが一般化していますので0.1%くらいの精度なら大した手間もなく目的の抵抗値を得ることができます。  あとは間違わないように実装すれば目標の性能が得られると思って良いでしょう。

 【組立て開始・半分作って様子を見る
 試作の意味からブレッドボードに製作します。 部品レイアウトの検討にも繋がるので重要な作業です。 同じ形の回路が2つ並びますので、まずは半分だけ作って様子を見ます。

 ご覧のようにスチロール・コンデンサが意外に巨大でレイアウトに苦労しました。 低周波回路ですから少々配線が長くなっても大丈夫です。 0.015μFと容量も大きめなことから、ストレー容量の影響もごく僅かでしょう。 抵抗値も高くないのでハムの誘導などにも強いはずです。 なお、ここで使ったスチコンは赤い帯のある側のリード線に外巻きの側が引き出されています。 外巻きの方を回路のインピーダンスの低い側に接続します。その様にすれば誘導やノイズに強くできます。 なお、上記の試作回路図で●赤丸のある端子が外巻きの側です。(コンデンサの外巻き、内巻きについてはリンクを参照) 

 【試作完成
  部品のレイアウトも良さそうですから、残り半分をシンメトリーに組み上げて完成させます。 4回路入りのOP-Ampを使ったのでやや部品配置は難しくなりましたが、上手く行った方でしょう。

 実用にするには基板上にハンダ付けで組み立てる必要があります。 その前にこの状態でできるだけの評価を行っておこうと思います。 レイアウトの検討にもなるので回り道のようですが無駄ではありません。 万一、致命的な欠陥が見つかってもブレッドボードなら試行錯誤も自在にできるので利便性があります。 ブレッドボードでの製作は仮設のようなものと言えますが、本番前の試作目的にはなかなか役立ちます。

 【1500Hzでリサジュー
 配線の確認が済んだら低周波発振器から1500Hzの正弦波を加え、2つの出力でリサジュー・カーブ(Lissajous curve)を描かせてみましょう。  オシロスコープの管面いっぱいに表示していますが、綺麗な真円が描けているようです。

 昔はAF-PSNの確認に重宝されたリサジュー・カーブですが、これから位相差±1度と言った精度を読み取ることはほとんど不可能です。 ではまったく役に立たないのかと言えば、そうではないでしょう。 少なくとも設計に大きな間違いはなく、組み立ても正しいことの証明にはなってくれるからです。 ここで真円に見えないようなら何かがおかしいに違いありません。 一旦、元に戻って検討しなおす必要があるでしょう。

 理屈の上では2つの出力の位相差が90度ちょうどで、振幅誤差もなければこのような真円が得られるはずです。 しかし、歪みのない綺麗な正弦波でないとジャガイモのようにデコボコした円になります。 ここでは歪率≦0.05%の低周波発振器を使っています。 また、オシロスコープのX軸とY軸の位相と振幅特性が良く揃っていなければ真円は崩れて観測されるでしょう。 簡単なようでも、あらかじめ良く確認して準備しなければ何を調べているのかわからない状態にもなりえます。
 同じ道具があれば誰でも同じ結果が出せる訳ではありません。道具にはそれを使うための技術も必要です。この辺り、ただ見ているだけの人にはご理解頂けないかも知れません。 自分でもまったく同じように「こんなことは簡単にできるはずだ」と錯覚するのです。やって見て、初めてこんなはずではなかったとわかる訳です。(笑)

 【300Hzは帯域外
  設計周波数範囲は700Hz〜2800Hzですから、300Hzはずいぶん下の方へ外れています。

 当然ですが位相差は90度からだいぶ外れてくるので、このような傾いた楕円になります。縦横のサイズから計算で位相差を求めることも可能ですが、90度からおおよそ-17度ほど外れているようです。

  このAF-PSNはWSPR用として作っているため、300Hzではだいぶ位相ズレが発生します。 音声用の場合、これではマズイので設計周波数範囲を変更しなくてはなりません。 当然ですが、このままでは音声が対象のSSB送信機には使えません。

 【5kHzも帯域外
 写真は5kHzのリサジュー・カーブです。 今度は高い方に外れた場合のものです。 90度から-20度くらい外れています。 また、振幅特性もいくらか現れているようで、円が縮んできました。

 当然、この周波数では使いませんが、設計周波数範囲の外側では90度から大きく外れてきます。 音声が相手のPSN式送信機ならマイクアンプの部分に3kHzくらいのLPFと300HzのHPFは必須です。 WSPR用の場合は1400〜1600Hz以外の信号は加わらない筈ですから、簡単なLPFでも設けておけば大丈夫でしょう。 簡単化のためになるべくシンプルな回路構成にしたいものです。

 【1500Hzの波形で位相差観測
 2つの出力を2チャンネルのオシロスコープで観測している様子です。 入力信号は1500Hzです。

 このように管面から位相差を読み取ることもできますが、良い精度は期待できません。 しかし、きちんと動作しているのか否かの確認くらいなら可能です。
 もちろん何も確認しないよりマシです。 一度は見ておくのも悪くないでしょう。 なるほど、このように90度遅れるのだ・・・と。

 【ゲイン・位相差特性(1)】
 最後はネットワーク・アナライザを使った評価を紹介して終わりにしたいと思います。

 2チャネル型のアナライザを使い、十分なウオームアップを行なったあと両チャネルを良く校正しておきます。 入力インピーダンスは1MΩにセットし、10:1のプローブ込みで校正します。AF-PSNへの入力信号は+3dBmとし50ΩでターミネーションしてからC結合で与えます。RBW=30Hzに設定しました。校正を含め各10回のアベレージングを行ないます。このような注意を払うことで精度の高い測定ができるようになります。 最近はネットアナを使うお方もかなり居られるそうなので設定手順など書いておきました。もちろん自身の備忘でもあります。

 まずはアナライザのチャネル AにOutput 1を、チャネル BにOutput 2を加えて測定します。 計測モードはA/Bを選択します。 信号レベルをよく調整し、歪みの出ない範囲でできるだけS/N良く測定できる条件に設定などを加減します。

# 写真のようにマーカーを1500Hzの所に持って行って読み取ると、位相差は91.56度、振幅誤差は-0.210dBという結果です。 

  【ゲイン・位相差特性(2)】
 続いて、アナライザのチャネル AにOutput 2、チャネル BにOutput 1を加えて測定します。チャネルを入れ替える訳です。

 この時は再校正は行なわず、チャネルを入れ替える前と同じ状態のままで測定します。 再校正してしまうと、ネットワーク・アナライザ自身の位相や振幅誤差の校正値が書き換えられてしまう可能性があるからです。 従って、なるべく測定器の状態に変化が起こらないように手短に測定作業を進めます。 一連の測定は周囲温度22℃の環境で行ないました。

# 写真のように位相差は-89.44度で振幅誤差は+0.183dBでした。

考察:入れ替え測定を行なった2つの測定結果から位相とゲインの測定誤差のうち、オフセット分がキャンセルできるように思います。 91.56-89.44=2.12(度)で、この半分が測定に起因のオフセット値でしょう。 従って、最初の測定では91.56-1.06=90.5度となり、あとの測定では-90.5度でしょう。 なお、オフセット分による誤差は補正できましたが「90度」という絶対値には「スケール誤差」が含まれるはずで、真値の確証はありません。 おそらくそれほどのスケール誤差はないと思うので、とりあえずAF-PSNの位相差は90度+0.5度くらい(at 1500Hz)の精度になっていると信じることにしましょう。 同じようにして、振幅誤差は-0.014dBくらい(約0.16%)のようです。 ほぼ目標を満たすAF-PSNができていると思います。 精度よく部品を選別したことでまったく無調整でここまでできました。

 見てきたように測定器を使った確認は設計や製作の検証に効果的です。 しかし、様々な測定器がなければフェージング・タイプの送信機が製作できないと言うことではありません。 最終的に不要な逆サイドの打ち消しがうまくできるように調整すれば良い訳です。 現在は殆どのHAM局が良好な選択度を持った受信機(トランシーバ)をお持ちです。 実際に受信しながら最適な状態を見出せば良いでしょう。 これがSSB黎明期の自作HAM局と比べて決定的に有利なところです。 これ以上は実際にSSBを発生させて調整で追い込むことになります。

                   ☆

 フェージング・タイプのSSBジェネレータにおける逆サイド(不要サイド)の抑圧比はAF-PSNの位相誤差と振幅誤差だけでは決まりません。 RF-PSNの精度や、打ち消し合成回路部分の性能によっても違ってきます。 しかし、AF-PSNの位相誤差が0.5度くらいなら逆サイドの抑圧比は50dB近くが期待できるでしょう。 調整からある程度時間が経過しても40dBくらいなら維持できるのではないかと思います。 appendixにあるように、無線設備規則のスプリアス発射の強度の許容値である 「50mW以下であり、かつ、基本周波数の平均電力よりも40dB低い値」がなんとか実現できるのではないでしょうか。

# フィルタ・タイプのSSBならいともたやすい逆サイド:40dBの抑圧がフェージング・タイプではそれほどイージーではないこともわかってきました。

                  ☆  ☆

appendix電波法の無線設備規則に見る不要輻射の限度(アマチュア局の場合)
WSPRを含む多くのデジタルモードはF1Dの電波形式です。 HF帯におけるF1Dの占有周波数帯域幅は2kHzです。 その外側の周波数帯が「帯域外領域」となり、F1Dでは中心周波数の1kHz外から5kHz外までが相当します。 左図の矢印の範囲です。(帯域外領域は中心周波数の上下に存在します)

 いま、PSN形式で作ったWSPRモードの送信電波で考えましょう。 7MHz帯で考えるとすれば、キャリヤ周波数は7038.6kHzです。 また変調波は1500Hzだとすれば、送信波はUSB側ですので7040.1kHzになります。 この場合の下側の「帯域外領域」は具体的には7035.1〜7039.1kHzの4kHzの間になります。(実際には、変調波は1400〜1600Hzの範囲でオンエア局が任意設定します)

 キャリヤ周波数は7038.6kHzで変調波が1500Hzですから不要な逆サイド(LSB側)は、7038.6kHzより1.5kHz下の7037.1kHzに現れます。 この周波数:7037.1kHzは先ほどの「帯域外領域」にもろに入っていますので「帯域外領域におけるスプリアス発射の強度の許容値」が適用されることになります。
 すなわち「50mW以下であり、かつ、基本周波数の平均電力よりも40dB低い値」である必要があるわけです。 したがって5W出力のWSPR用SSB送信機の逆サイドの抑圧は40dB以上が要求されます。(送信電力が5Wなら、逆サイドの漏れは0.5mW以下)

#  逆サイド(LSB)の漏ればかり論じてきましたが、バランスド・モジュレータのキャリヤ・バランスの崩れによる「キャリヤ漏れ」も同じ基準が適用されます。 注意が必要なのはもちろんです。

                 ー・・・ー

 PSN形式で作ろうとする場合、これらは技術的に見ると短時間なら十分実現可能ですが継続して維持するのは難しいのです。部品のエージングや調整状態の経時変化を考えるとなかなか厳しい数字です。設計段階で逆サイド抑圧50dBくらいを目指したのは幾らかでもマージンを得たかったからです。 何れにしても厳しい数字ですから定期的な調整・確認により性能を維持しつつオンジエアする必要があります。
(*スプリアス発射の強度の許容値は、空中戦電力が1Wを超える送信機の場合についてのものです。1W以下の送信機では一律に100μW以下です。従って送信電力が100μW以下ならDSB送信機でも良いことになるんですが、あまり実用にはなりませんね・笑)

 そのほか、さらに「帯域外領域」の外側周波数である「スプリアス領域」では「50mW以下であり、かつ、基本周波数の尖頭電力より50dB低い値」が要求されます。 より厳しくなっているので送信機の出力にはLPFの付加などの高調波対策も抜かりなく行なう必要があるでしょう。 ではまた。 de JA9TTT/1

つづく)←リンクfm