【12.8MHz 8-pole SSB Filter】
前のBlog(←リンク)では実際に新しい方法で作ったラダー型フィルタの製作例を示してその設計法も簡単に説明しました。 6素子の例で示しましたが、8素子ラダー型フィルタも基本的に同じです。
左図は「Dishalの論文に基づく簡易設計ソフト」(以降は簡易設計ソフトと略)を走らせた状態です。
使用した水晶発振子は表示周波数が12.8MHzのもので形状はHC-49/Uです。 たくさん測定した中から無負荷Q:Quが高い物を8個選びました。 水晶定数はそれら選んだ物8個の平均値で与えます。
具体的には以下の通りです。
・Lm=7.989mH
・fs=12794.857kHz
・Cp=3.49pF
・・・です。
右側の特性図を見ると、中心周波数の上下を見た対称性が6素子よりずいぶん良くなっています。また、おなじ0.1dB−Chebychev型でも一段と急峻になっています。追加の2素子はずいぶん効果的です。 6素子のSSBフィルタでも実用にはなりますが、できればこのくらいの特性が望ましいでしょう。
【初期設計から実用設計へ】
この図は前回の再掲載です。 上記の設計で得られた値を書き込んだのが(A)です。 数値に端数が付き過ぎているのと、平均値計算なのでそのまま作るのには適しません。
(B)は、実際に使用う水晶発振子をどの位置に何番を使うのか具体的に選んで「格子周波数の同調」・・・Mesh Tuneを行なった結果です。 「簡易設計ソフト」の上部メニューバーから「Xtal」をクリックするとチューニング用小プログラムが現れます。 使い方はソフト付属HELPファイル:eDishalHelp.pdfのAppendixにある"Xtal Tuning"の項に詳しく書いてあるので事前に参照しておきましょう。
さらに(C)は数値を丸めて製作し易くしました。 どこまで丸めてしまって良いのでしょうか? 各コンデンサの値をばらつかせて特性がどの様に変化するのかを検証した資料を見ると±5%程度ではほとんど影響はありません。 従って、計算値から5%以内の誤差になるように選んでやれば十分そうです。 心配なら最終値でシミュレーションしてみましょう。(実際、それをしてみたらいろいろなことがわかったのですが・・・)
【LT-Spiceでシミュレーション】
すでに簡易設計ソフトのところでシミュレーションしたフィルタ特性がグラフで表示されています。あらためてシミュレーションする意味はあるのでしょうか?
「簡易設計ソフト」のシミュレーションでは不完全なのです。 それは以下の結果から良くわかります。
ここで使ったLT-Spiceは非常に有名です。半導体メーカーのリニア・テクノロージー社が無償提供している回路シミュレータです。無償とは言え非常に高機能かつ高性能です。それまで世の中にあった有償の回路シミュレータが淘汰されてしまったくらいのインパクトがありました。更新が継続されているのも素晴らしいです。 同社のサイトからダウンロード(←該当ページへリンク)して使うべきでしょう。
ネットをサーチすれば使い方も何となくわかると思いますから、あえて参考書籍のお薦めは書きません。 せっかく情報提供しても「高いものを買わされた」などと反感を持たれたら詰まりませんから・・・。倹約は美徳かも知れませんが吝嗇は進歩に結びつかずです。投資したなら、その分じゃぶり尽くせば良いのです。(笑)
この画面コピーは上記の8素子ラダー型フィルタをシミュレーション用に書いてみたものです。 水晶振動子そのものを書くのではなく、Lm、Cm、Ch、(Rm)に分けて回路図を作成します。 あとは画面のRunボタンを押してから、観測プローブを出力端子に当ててやればグラフィカルに特性が表示されます。
【Dishalのシミュレーションを再確認】
「簡易設計ソフト」の右側に表示されるグラフと同じものが得られるのか最初に確認しておきます。 左図はLT-Spiceによる同条件でのシミュレーション結果です。
各Lm、Cmは設計に使用したのと同じく平均値をインプットします。 またRmはシミュレータのデフォルト値・・・確か10ミリΩだったはず・・・をそのまま使いました。 Dishalの設計ソフトと同じく、Quは非常に大きい状態でのシミュレーションと言うことになります。
同じような結果が得られています。 LT-Spiceでもきちんとしたシミュレーションができています。 まあ、ちゃんとできて当たり前なのですが、これで以降の結果も信用してもらえると良いのですが・・・。
【現実的な水晶でやってみる】
何が「現実的」なのかと言えば、損失抵抗:Rmの値を実際の値としてインプットしました。 平均のRm=4.07Ωです。 Quで言えばQu=約158,000と言うことになります。 このQuの数字自体悪いものではありません。むしろごく普通の水晶発振子としては優秀な方です。
さっそく通過帯域の特性に注目しましょう。 遮断域に向かう角(カド)の部分が丸くなり、通過帯域は平坦でなく山形で、なおかつ凸凹しています。それに、すこし右下がり気味の特性です。
「簡易設計ソフト」は水晶発振子は無損失であると想定した結果でした。 現実はなかなか厳しいのです。 最初の特性グラフを見て「しめしめ、これでフィルタのエキスパート」なんて思ったら残念でしたということになるでしょう。世の中そんなに甘くありません。(爆)
#それどころか、さらに現実は厳しいことが次の結果を見れば明らかに!
【使用する水晶の実態とは】
これも再掲載ですが、念のためにもう一度アップしておきましょう。 この後で登場する実際の製作に使用した現実の水晶そのものの特性です。 念のため書いておきますが、この表の水晶振動子はそもそも選別品です。従って、良く揃ったものを集めてあります。無造作に・・まったくランダムに・・・選んだ水晶発振子ではないことを特筆しておきます。要するに良さそうなものを選んであるわけです。
次のシミュレーションで使った数字もこの表からピックアップしました。 従って、これから作ろうとするフィルタの「実態に即した特性」がシミュレーションできるわけです。水晶を良く選んで作ったんだから、当然良い結果を期待したいものです。
【作ったらこうなるに違いない!】
これは予め書いておきますが、シミュレーションよりも現実の方が良くなるのは稀ですから、この状態では製作しませんでした。 それにシミュレーションを行なう意味は、明らかな失敗作を回避するのも目的の一つです。
通過帯域の様子を見れば一目瞭然でしょう。 ずいぶん凸凹があって、だいぶ右肩下がりの特性です。 最初に見た簡易設計ソフトのグラフとずいぶん違っています。
入念に水晶を選んでから、(A)〜(C)の手順を踏んで製作してもこのような結果になることがあるのです。 「きちんと」やったんですが、旨く行かないのは何故なんでしょうね?・・・の、答えがここにあります。(C)のところまでやってハンダ鏝を握ったらこうなったでしょう。 何が問題なのか?・・・本質的には水晶振動子のバラツキです。
製作する方へ:Dishalの論文に基づく簡易設計ソフトで設計・製作する場合、水晶振動子(発振子、共振子)のバラツキを抑えるのがもっとも大切です。 これは、直列共振周波数:fsだけでなく各水晶定数についても言えます。 合わせて、なるべく無負荷Q:Quの大きな水晶を使うことにあります。 そのようにして製作すれば旧来の設計では得られなかったような素晴らしい特性のラダー型フィルタが作れます。これは、夢物語やオカルトではなくて理論的に正しいことですから確実に行なえば誰でも再現できます。そうならなかったら何かが不十分と言う意味です。
試作品はこんな感じに出来上がりました。 写真から何となく実感が湧くでしょう。
8素子用の基板に組み立てた状態です。 流石に専用基板だけあってうまく纏めることができました。 基板設計の段階ではすこし窮屈な印象もありましたが製作に支障はありませんでした。 コンパクトに纏まっているので使い易いユニット部品になりました。
以下の特性はシミュレーションではなく、このフィルタを測定器で評価した結果です。 今のところ試作品レベルですが、忘れてしまう前に途中経過を測定しておきました。 当然ながら+αの対策は行なっており、上記のシミュレーションのまま作った訳ではありません。 対策の効果を検証するのが以下の測定の目的でもあります。
参考:
【概要評価】
横軸のひと目盛りは1kHzです。全体では10kHz幅です。 また縦軸はひと目盛りが10dBです。100dBの範囲で観測しています。
通過損失には測定用のマッチング回路のロスが含まれています。マッチング回路のロスを除いた正味の通過損失は10dB以内でした。 通過帯域から約80dB下がったところに少し盛り上がりはありますが、十分な帯域外減衰量だと思います。 中心軸から見た左右の特性はほぼ対称になっています。 これは8素子にしたのが効果的でした。 12.8MHzと周波数が高くなったのも有利です。周波数に比例して水晶発振子のfsとfpの間隔が広くなるためです。
但し、周波数が高いのは良いことばかりではありません。 中心周波数と帯域幅で考える「フィルタQ」が大きくなることから、High-Qな水晶振動子が不可欠です。 現実にはQuが不十分な水晶で作ることになるので通過帯域が弓なりになりエッジが丸くなってしまいます。改善は可能ですが一段と高級な設計・製作になります。
製作する方へ:Dishalの論文に基づく簡易設計ソフトウエアによる設計でもここまで行けます。十分良い特性ではありませんか? もしこのように行かないなら、それは本質的に水晶振動子(発振子)のバラツキによるものでしょう。 まずは使う水晶を精度よく測定することにあります。その上で水晶定数の「バラツキを抑える」ことがフィルタ作りの原点です。良い水晶を選別することで誰でも設計ソフトを頼ってこの特性に至ることは可能なのです。
【-6dB帯域幅】
中心部分から見て、-6dBの帯域幅を測定してみました。 設計値では2.76kHzでしたが、2.55kHzに減少しています。 約7.6%の減少なので、違いはそれほど大きくもありませんが幾らか広めに設計した方が良かったようです。6素子でも同様の減少傾向がありました。
使用した水晶振動子の無負荷Q:Quがやや小さかったことによる「帯域幅減少」でしょう。肩の部分の丸味も同じ理由です。もちろんQuの問題が原因の全てではありません。 通過帯域は完全なフラットとは言えませんがまずまずと言えそうです。
【-60dB帯域幅】
上の-6dB帯域幅と。この-60dB帯域幅でシェープ・ファクタ(形状比)を計算してみましょう。
-6dBが、2.55kHzで、-60dBが4.312kHzでした。 従ってシェープ・ファクタ:k=Bw(-60)/Bw(-6)=4.312/2.55=1.691です。 理想はk=1ですが、2以下であれば一般的なSSB用クリスタル・フィルタとしては合格点です。
SSB送信機において逆サイドの漏れは気にならないでしょう。 受信機に使っても切れの甘さを感じることはありません。
【キャリヤ周波数は】
実際に使うときに必要なキャリヤ周波数を測定しておきました。 幾らか不満はあっても、いきなりジャンクにはせず、SSBジェネレータにでも使ってみたいと思います。
USB側が:f(USB)=12,795.075kHz
LSB側が:f(LSB)=12,797.962kHz
・・・でした。
どちらのキャリヤも発生させ易い周波数です。 参考までに、両キャリヤポイントの中心をフィルタの中心周波数とすれば、fc=12,796.520kHz(概略)となります。 送受信機の設計では、フィルタの中心周波数はこの周波数で行けば良いでしょう。
【あらためて、通過域の特性を見る】
「試作品」と言うのは、この特性に少々不満があるからです。 画面のマーカーはピークから3dB下がったところです。 一応、急峻な部分にはあるのですが・・・。
横軸はひと目盛りが500Hz、縦軸はひと目盛りが1dBの拡大目盛りになっています。 ですから通過帯域の平坦度が誇張されて蒲鉾型に見えているのではありますが・・・。 もちろん、「ちゃんと」やっているので右肩下がりもほぼ解消しています。
これで現実のRm=4.07Ωを考慮した状態でシミュレーションした結果と等価と言ったところです。 注目すべきはDishalの論文準拠の(簡易)設計ソフトでもここまでは行けるという意味です。もちろん、それ以上を求めるなら設計を変えないとダメですけれど・・・。
#本当の0.1dB Chebychev型はこんなに丸くないのです。(笑)
【帯域外減衰を見る】
通過帯域外の減衰状態を見ておきます。 横軸は全体で100kHzです。 縦軸は全体で100dBです。
通過域を画面の上端に合わせて見ています。 従って、フロアの部分は約-90dBと言うことになります。 多少左右で異なりますが、まずまず支障のない性能だと思って良いでしょう。
基板設計が悪いとこのような性能は得られません。 無用な信号の結合が起こらないようにコンデンサと水晶の配置を入念に調整して頂いたのでその効果があったようです。この性能から専用基板の出来がわかります。 コンパクトに纏めた構造を考慮すれば優秀な方だと思います。 あとは回路への実装で特性が劣化しないよう注意します。
☆
「Dishalの論文に基づく簡易設計ソフト」だけで見ていたのでは完全な設計にはならないことがご理解頂ければBlogの意味があったことになります。 特定の状態を前提にした設計では、得られた結果が予想外になったとしても不思議ではありません。まったくバラツキのない水晶発振子など無いのですから。 もちろん、旨くないなら手だてはあります。見た通り、手だてを行なえばかなりまで行けるのですから有用性がないわけではありません。ですからもう過去の設計に戻る必要はないのです。
検討を進める過程で、きちんとした製作にはある程度マトモな道具が必要なこともわかってきました。 (シンセサイザ式の)SSGとRF電圧計(=RFミリバル)くらいでも、何とかなりますが効率は悪いでしょう。それさえ用意できないなら「闇夜で手探り」になってしまいます。 できたらTG付きのスペアナやネットアナがあると良いです。それら測定器も物を選ぶ必要があります。 製作のハードルは高くなってしまいますが現実である以上、甘言を退けて正直に書いておく方が良さそうです。 道具はあってもそれを使いこなす技術も欠くことができません。
水晶定数はLmとCmだけでは不十分です。損失抵抗:Rmの値も掴んでおかないと確認のシミュレーションができません。必ずシミュレーションしてから作る方が良いです。 LmやCmは発振周波数シフト法で良いです。Rmの方は以前紹介した書籍「W1FB's Design Notebook」にある様な測定治具が欲しいです。
高性能なフィルタ作りともなればイージーにとは行かないのは当たり前かもしれません。これで新世代のラダー型フィルタの設計は80%くらい確立できたと思っていますが、もう一度整理し直そうと思います。さらに幾つかフィルタを作ってみる必要があるでしょう。今も検証は進んでいます。de JA9TTT/1
(つづく)←音の良いCWクリスタルフィルタにリンク。
4 件のコメント:
おはようございます
メッシュチューンを行っても理想値とはかなり異なる結果になるんですね。
さすがにここまで性能を求めると水晶発振子や測定方法のハードルが上がってきますね
JE6LVE/JP3AEL 高橋さん、こんにちは。 お天気は回復したんですが、強風でアンテナが心配な状況です。
さっそくのコメント有り難うございます!
> 理想値とはかなり異なる結果に・・・
はい、はい、これが・・・芳しくない特性になるんです。(笑)
> 水晶発振子や測定方法のハードルが上がってきます
高性能なフィルタを目指す以上、少なくとも目標の性能が実現できているのか評価できる必要があるでしょう。 漠然と作って出来上がるものではありませんから・・。 高橋さんのシャックは製作環境バッチリですね。
今回のBlogには書いていないんですが、水晶の方のハードルは幾らか下げられそうです。
加藤さん
こんばんは、鶴田です。先ほど帰宅しました。
特性がかなりシャープに出ていて、90dBも減衰していますので、最高の出来なのではないでしょうか?
かと言ってそう簡単には作れそうにはありませんが...
基板として性能が出たのは安心しました。
次回作ですが、変更する箇所がありましたらお知らせください。
当方の基板も仕上がってきましたので、新年会にはもろもろ持参します。
それでは、また!
JR2FNK 鶴田さん、おはようございます。
コメント有り難うございます。
> 基板として性能が出たのは安心しました。
とても旨く行ったと思います。 コンパクトに纏めていますので結構難しいだろうと思っていました。
> 変更する箇所がありましたら・・・
有り難うございます。 変更が必要な箇所は特にないと思います。
こちらこそ、またよろしく!
コメントを投稿