【CW用を目的としたオーディオ・フィルタ】
このBlogは考えの整理と勉強の意味で書いています。何かを解説すると言うような大層なつもりはありません。記述は幾らか不十分かも知れませんがご容赦下さい。ご質問を頂けばわかる範囲で考えてみたいと思います。遠慮なくどうぞ。
【
中心周波数700HzのオーディオCWフィルタ】
先日からバンドパス・フィルタを検討しています。 引いてみた回路図を眺めていたら、おなじ図面のままで種々の特性に変身できることに気付きました。 理屈から言えば当たり前なのですが実際に数値計算し、シミュレーションで確かめたら妙に感心してしまったのです。(笑)
表にあるすべてのフィルタは中心周波数:Fo=700Hz、-3dB帯域幅:Bw=300Hz、ゲイン:Gv=0dB(1倍)で設計しています。 回路図でご覧の通り、MFB型(多重帰還型)の単体フィルタを4つ組み合わせた4次のアクティブ・フィルタです。
具体例があった方がイメージし易いでしょう。フィルタの勉強用であると共にもちろん実用に使えることを基本にしています。 前のBlogの続編なのでCW受信機を対象としたオーディオ・フィルタで考えることにしました。 低周波フィルタゆえにダイレクト・コンバージョン受信機(DC受信機)向きなのですが、もちろんスーパ・ヘテロダイン形式の受信機に付加してもたいへん効果的なのは実証済みです。
すでにCW受信用オーディオ・フィルタは何回も扱っていて目新しくもないかも知れません。この例では比較的複雑な・・高性能(
!)な・・フィルタを扱っています。 たぶんかなり「高級指向」であってもこの程度のフィルタを作ればHAMの通信用としては十分だと思っています。 部品も多く複雑ですから作り易いとは言えませんが性能優先なら検討に値するフィルタです。(大半のニーズは
前のBlogのようにずっと簡単なフィルタの方で十分間に合ってしまいそうですけれど・・・)
回路を簡単に説明します。 上段の左端:U2aは入力バッファアンプです。 外部回路の状態がフィルタ特性に影響しないようにしています。 U1a〜U1dまでの4つの繰り返し回路がフィルタの心臓部にあたります。 下段左のU2bはこのフィルタがマイナスGNDの片電源だけで使えるようするための中点電位(仮想的なGND電位)を作る回路です。(この部分は少々凝り過ぎかも)
ところで、フィルタは中心周波数:Foや通過帯域幅:Bwが決まればそれがすべてでしょうか? 実際はそうではありません。 通過帯域の下端と上端周波数でスパッと切れ、いきなり遮断域になり、しかも位相特性や群遅延も完全フラットな理想フィルタが完成すればただ1種類のフィルタで事足りるかもしれません。 しかしそのようなフィルタは存在しません(作れません)。 現実のフィルタは通過域から減衰域へと傾斜を持って切れて行くのです。さらに、通過する信号に(群)遅延や位相歪みも発生するのです。
すべての要望を理想的に満たすフィルタは実現不可能なのでどんな性能を重視するのかによって、要求内容に最も適したフィルタを選択することになるわけです。 特徴的なフィルタにはそれぞれ固有の名称があって以下の4種類は代表的なものと言えるでしょう。
回路図の一覧表のように部品定数を換えることで同じ回路形式で4種類のフィルタが実現できます。 表の部品定数に従えば以下の4種類のフィルタが「実際に」作れます。(回路図:Ver.3が最新)
注:減衰域に伝送ゼロ点を持たせるElliptic型(楕円関数型あるいは連立チェビシェフ型とも言う)はノッチ特性を持たせる必要があります。ノッチの実現にはブリッジド・T型回路などを使います。従って上記と同じ回路と言う訳には行かず、部品定数の変更だけでは実現できないためここでは扱いません。その設計は更に厄介で製作も大変です。過渡応答特性もけして良くありません。CW受信用として適当でないと考えています。
例によって0.039μFの手持ちのフィルム・コンデンサを多用する設計にしました。以下一連のフィルタは部品の誤差がシビアに効くので同じ値のコンデンサが多量にあると選別に好都合だからです。 しかしまったく同じ値のCを高い精度で多数揃えるのは大変です。 そのために2個の同一容量コンデンサを得てから抵抗値を決める方法が現実的です。これは4つの基本フィルタ・セクションが独立だから可能なのです。 部品誤差を設計でカバーする方法を採る訳ですが、電卓の手計算では膨大な計算量のうえ間違い易いため計算専用プログラムを自作して使っています。
具体的な製作では、まずLCRメータやインピーダンス・ブリッジで同じ容量のコンデンサ:Cを2個探すことから始めます。 2個ずつ値の揃った4ペアを見つけたらそれぞれのコンデンサの値に基づいて各段の抵抗値を設計計算します。 膨大な数のコンデンサから同じ値のコンデンサをたくさん(8個)揃えるよりも合理的であり実際に作り易い方法です。
抵抗器はE24系列が使えるので半端な値も2個の組み合わせであらかた実現できます。抵抗値の実測確認には4桁表示のDMMが欲しい所でしょう。 なお掲載の一覧表はコンデンサにすべて誤差のない0.039μFを使うとして計算した例です。 ±1%誤差のコンデンサが入手できれば無選別でも良いでしょう。表の通り作って大丈夫です。
☆
青い線はBessel特性のフィルタです。もちろん、中心周波数:Foは700Hz、-3dB帯域幅:Bw=300Hzになっています。4種類のフィルタの特性を重ねあわせていますが、中心から-3dB下がったポイントですべてのカーブが交差しているのがわかるでしょう。どれも中心周波数と帯域幅が同じ設計だからです。
Bessel型は通過域(山の頂上の部分)に平坦部はなく文字通り山形の特性です。 見た通りなだらかに裾野を引いており切れも良くありません。周波数特性だけで見れば何も良い所はないように思えます。
Bessel型は通過する信号の変形が少ないと言う大きな特徴があります。 位相特性や過渡特性に優れるのです。 連続した単一信号を扱うなら特にメリットはありませんが、例えばFSK信号などでその特性が発揮されます。 過渡応答にすぐれているので信号がオーバーシュートしたり過度の余韻を引くこともありません。 しかし混んだハムバンドではどうも有り難味の少ないフィルタのように見えてしまいます。
【トランジショナル・ガウシャン型:Transitional Gaussian】
特性カーブを緑で示します。 周波数特性のカーブが途中でガウシャン型(ベッセル型に近似)から、バターワース特性(後述)に切り替わるフィルタです。 この例では-6dBのところで切り替わっています。
通過域がガウシャン型であり、ベッセル型と同じように過渡特性や位相特性に優れます。 しかも通過域を過ぎるとバターワース型になるので、ベッセル型よりも切れは良くなります。このフィルタは「
良い音のCWフィルタ」として過去に紹介しているものです。(実のところ、あまりポピュラーなフィルタ形式とは言えないようです。もちろんフィルタの教科書には載っています)
良いとこ取りのようなフィルタですがシミュレーションしてみればこの程度であって、切れ具合はベッセルよりややマシな程度のようでした。 ただ、実際はこの程度のキレでもCW用フィルタとして十分であって、むしろ切れ過ぎるくらいの感触でした。 より複雑な6次で製作したこともありましたが、実用上そこまでの必要は感じませんでした。4次で十分だと思います。
通過域の特性を重要視したフィルタであってCWの受信感に優れています。 全般の特性はベッセルと良く似ています。 信号が通過域のエッジに掛かると多少バターワース型の特徴が見られるようになるでしょう。 過渡特性を重視するなら中心付近を使うようにすべきです。ただし4次ではそれほど極端ではありませんでした。
参考:クリスタルフィルタで作るトランジショナル・ガウシャン型フィルタ→
リンク
オレンジ色のカーブで示します。 最大平坦型とも言われるだけあって通過域が平坦になっているのが特徴です。 周波数特性を見たときもっとも美しいと感じるでしょう。 素人を騙す(?)にはこれが一番かも知れませんね。(笑)
信号周波数をゆっくり変えながら特性を取ればこのようになります。 過渡特性や位相特性・群遅延特性などはベッセル型よりも劣ります。 但しこの例ではフィルタQが小さいのであまり顕著ではないようでした。 フィルタQ=Fo/Bwはたったの2.33だからでしょう。 この特性を実現するための途中の個々のMFB型フィルタのQは最大値でも6.22なのでごく低い値です。従って過渡特性も極端に劣化しないようでした。 案外お薦めの特性のように感じました。
【チェビシェフ型:Chebyshev (0.25dB)】
チェビシェフ型は通過域の凸凹をある程度許容することで、帯域外の傾斜を急峻にする形式です。 図の赤のラインの様に少し凸凹が現れています。 この例では最大0.25dBまで凸凹を許容する設計にしました。 例えばもっと大きな・・・例えば±1dBとかの・・・凸凹を許容すれば、帯域外の傾斜を更に急峻にできます。 通過域の特性と帯域外の傾斜をトレードオフしているわけですね。
同じ4次でも一目瞭然でベッセル型と比べ遥かに良く切れるのがわかります。 試しに700Hzの矩形波を加えるとフィルタ出力では奇麗な正弦波に見えます。 高調波が奇麗に除去され基本波の700Hzしか見えなくなります。
残念ながら過渡特性があまり良くありません。 選択度に優れたフィルタなのですがCWのような断続信号の処理には向きません。 リンギングしたり余韻を引くなどの現象が現れ易いからです。 切れだけに着目するとこうしたあまり実戦的ではないフィルタを採用してしまうことになってしまいます。(この例では未だフィルタQが低く構成するMFB型フィルタのQも13程度なのでエッジ部分を使わなければまあまあ実用できる範囲だと思います。しかしここまで切れるCW用オーディオ・フィルタが必要だとは思いませんね・・・)
☆
ところで、これらの形式のフィルタは既に扱ったシミュレーテッド・インダクタを使った3段同調フィルタより部品が多く設計も複雑なものになっています。 前例ではすべて同じ周波数に共振する回路を3つ重ねたものだったのに対し、これは4つの各部分をぞれぞれを異なる中心周波数、Q、ゲインにすることで総合して目的の特性が得られるようになっているのです。だからこそ同じ回路図であっても部品定数の変更で異なった特性になる訳ですね。
フィルタは4つの同じセクションがシリーズになっています。さっそく各段の意味を調べてみました。 赤の太線で示したのが、フィルタ全体での特性です。 ①A〜②Bがこのフィルタを構成する4つのセクションの単独特性になります。なおこの例はTransitional to Gaussian 6dB型です。
【フィルタ製作について】
このように4つのセクションが所定の中心周波数、Q、ゲインになるよう設計してあります。 その設計値が回路図の表の部品定数になる訳です。 既にお気づきのように一覧表に記載されている周波数は各段の中心周波数を示しています。 実際の製作では部品の誤差が累積されます。 従って可変抵抗器により所定の特性に近づくよう合わせるわけです。
各段の中心周波数の誤差はフィルタ特性への影響が大きいため、これだけは良く合わせるようにします。 もちろん中心周波数だけでなくQやゲインも合わせ込めれば最良です。 しかし実際それはなかなか困難でしょう。 簡略なチューニング手法として最も重要な各段の中心周波数を合わせて済ませることにします。
一般に非常にHigh-Qな設計でなければ、そのような方法で実用上支障はありません。 部品誤差があまりに大きすぎると、シミュレーションのように奇麗な左右対称の特性にはならないかも知れません。 しかし実用上支障無い程度になればそれで良しとするわけです。 無闇に部品交換しても設計どおりの特性に追い込むのは困難だろうと思います。
製作したら夫々の段が一覧表に記載の周波数でピークが出るように可変抵抗器;VRを調整して下さい。 調整用信号源には1Hzまで設定できる周波数シンセサイザ発振器を使うか、一般の低周波発振器に周波数カウンタの併用が必須です。電圧の読み取りには電子電圧計(ミリバルなど)を使います。 各可変抵抗器を闇雲に調整しても所定の特性にはなりません。
同一周波数でピークが出るようにする(*1)だけで良かった「シミュレーテッド・インダクタを使ったフィルタ(
1)・(
2)」が作り易かったように思われるかも知れませんね。(*1:「Synchronously tuned filter」と言うその名の通りのものです)
既にこのBlogではお約束のようになった過渡特性です。 重ねあわせたので見難いかもしれません。 赤のトレースはチェビシェフ型の特性です。 このように少々過渡応答が現れていますがフィルタQが低いのでそれほど極端ではありませんでした。 従ってこれをCWフィルタとして採用しても意外に実用になるのかも知れません。
しかし455kHzあるいはHF帯のクリスタル・フィルタでは中心周波数Foを帯域幅Bwで除したフィルタQ:QFは非常に大きくなります。 帯域幅:Bw=500Hzとすれば、中心周波数:Fo=455kHzとしても、フィルタQはQF=910にもなるため過渡応答の劣化は無視し得ないでしょう。 もしBw=250HzのフィルタならQF=1,820にもなります。 独特の音色を持ち、信号が切れても余韻を引いて明瞭度が損なわれるのもうなずける訳です。 ちなみに一連のフィルタのQFはどれもたったの2.33でした。(笑)
実際、Bw=300Hzと600Hzのフィルタを内蔵した某社のトランシーバで聴き比べると了解度にかなり差が見られます。 極端に混んだ状況でもなければ300Hzを使う意味は殆どないことがわかりました。 要するに「切れれば切れるほど良い訳ではない」ことを実感させられます。 455kHzのフィルタでこれですから、HF帯のCWフィルタに良いものがないのもある意味致し方ないことかも知れません。 プロの通信士が好んだ某業務用RXのLCフィルタの中心周波数は75kHzです。 その魅惑的なCW受信フィーリングを思い浮かべてしまいます。おなじBwならQFが1/6になる75kHzは明らかに有利だからでしょう。
共振子の無負荷Q:Quが低いことから無闇な狭帯域にできなかった「世羅多フィルタ」の受信フィールングの良さもこの辺りにあるかも知れません。 ダイレクト・コンバージョン受信機の音の良さもQFの関係から来るのでしょう。(但し、別の欠点があるので総合性能では「良くできた」スーパ・ヘテロダインに軍配が上がるのですが・・・)
フィルタから受信機の話に転換してしまいましたが受信機のフィーリングを決める要素はフィルタなのですから、あらためて認識しておきたいものです。 昨今はDSPフィルタが全盛なのでフィルタを巡る事情も変わりつつあります。 しかし流行のようにインプット・インターセプトポイント:IIP3ばかりを追求したところで、総合的に良い受信機にはなりませんね。
ありゃ、この議論じゃ50kHzのIFTでQ5'er式受信機の再登場になってしまいそうです。(^^;続きはまたいつか。 de JA9TTT/1
(おわり)
−・・・−
追記:<具体的な設計手順>・・・この追記は自家用の備忘です。
(1)準備:中心周波数:Fo、通過帯域幅:Bw、フィルタ・ゲイン:Gvを予め決めておく。実際の部品定数に展開する際にコンデンサの値が必要になる。都合の良さそうなCの値を想定しておく。ここでは手持ちが沢山ある関係で0.039μFで設計する。
(2)設計:次にフィルタの具体設計に入るが、現在は無料の設計ソフトもあるのでそれを使っても良い。 ここではElectric Filter Design Handbookの「Normalized Filter Design Table」を使った方法で行く。
Bessel、Transitional to Gaussian、Butterworth、Chebyshevなど代表的なフィルタについてはn次のポール・ロケーションが数表化されているのでそれを用いる。
(3)計算:最初に決めた仕様に従い4つある各段の中心周波数、Q、ゲインを求める。これは手計算でも不可能ではないがプログラムを使って計算した方が間違いない。(計算プログラムP1を使う)
(4)部品値の計算:続いて、各段の部品定数設計を行なう。これもプログラムを使う。(P2を使う)実測で得られたコンデンサの値に基づいて4段分の計算を繰り返す。 得られた抵抗値が不合理な値でなければ設計は終了する。
注:合理的抵抗値の範囲:100Ω以上1MΩ以下が良い。特別低い周波数のフィルタの場合は数MΩになることもあり得る。それはそれで良いがOP-Ampを選ぶ。
# 得られた数値に基づいて回路シミュレータで特性検証しておく。 (了)
(Bloggerの新仕様対応済み。部分的な内容改訂を含む。2017.03.29)