2020年3月24日火曜日

【回路】A Phasing type SSB exciter

フェージング・タイプのSSBジェネレータ
< Abstract >
[A phasing type SSB exciter]
I would like to introduce a Phasing type SSB exciter. This exciter targets the same quality SSB signal as the filter type. Unfortunately, it didn't reach that level of performance.

The most important AF-PSN (Audio frequency phase shift network) is the 10th order Allpass type; the phase error of the AF-PSN is less than 0.046 degrees by design. The actual performance obtained is a phase error of ≤ 0.1 degree. As a result, the unwanted reverse sideband suppression ratio is about 50 dB.
The circuit is divided into four parts. It consists of (1) a microphone amplifier and filters (HPF and LPF), (2) an AF-PSN, (3) a carrier oscillator with RF-PSN (Radio-frequency phase shift network), and (4) a balanced modulator. The schematic and actual protoboard examples are shown in the photos.  (2020.03.24 de JA9TTT/1 Takahiro Kato)

SSBジェネレータを試作する
 何回かフェージング・タイプSSB送信機の心臓部、AF-PSN(低周波移相器)について検討してきました。

 AF-PSNとしてそこそこの性能が得られることはわかったのですが、では実際にSSBの発生に使ったらどうなるの?・・・と言う疑問が湧いてきて当然です。 いくら良さそなAF-PSNができても、やはり実際のSSB発生に使ってみなくては話は完結しないでしょう。
 新型コロナウイルス禍のおり、何を能天気な話を・・・と言われそうです。 状況はもちろん承知しておりますが、今更それを書いてもどうにかなる訳でもなし、ここは気晴らしでもする方が良くありませんか?(笑)

                   ☆

 以下は過去に製作したフェージング・タイプのSSBジェネレータを紹介します。 試作からだいぶ時間が経過しているので、どうだろうかと思ったのですが、まずまずのようでした。 過去の評価結果はどうだったのか、記録を読み返すと現状の再評価とあまり違わないようです。 経年変化が心配されたのですが、意外に調整はズレていませんでした。 少し再調整を要したのはキャリヤ・バランスくらいでした。これも保管場所と室温との差が影響した感じでした。 この基板群はもうすぐ整理してしまうつもりなので、その前に簡単に紹介しておこうと思います。

 素晴らしい性能のSSBジェネレータができた訳ではありません。贔屓目に見てもマアマアと言ったところでしょう。 お勧めするようなものではないことを予め強調しておきたいと思います。 一つの実験結果として見てもらえたら十分ですし、そこから何か僅かでも参考にしていただければ幸いです。 より良いものが作れる可能性は大いにあるはずです。

 はなから「フェージング・タイプのSSBなんて使い物にならん」と思うお方に、以下は全く無意味です。 時間の無駄にならぬよう、ここでお帰りを。 でも、今でもフェージング・タイプのSSBに夢を描いているなら、何か少しは参考になるかも知れません。 どこか良さそうなところでも見つかれば摘み食いなどされてください。そんな感じの話です。(笑)

 【Mic. Amp.とHPF、LPF・回路図
 以下、最初の写真の基板ユニットごとに説明して行きます。

 左図はマイクアンプとそれに続くハイパス・フィルタ(HPF)とローパス・フィルタ(LPF)です。 HPFはカットオフ周波数:fc=250Hz、LPFはカットオフ周波数:fc=3.7kHzになっています。 フィルタの減衰傾度は十分だと思いますが、実用を考えると通過域をもう少し狭く設計すべきでした。 例えば、HPF=300Hz、LPF=2800Hzと言ったところが良いでしょう。

 ◎具体的には:
(1)HPFは、C9、C10、C11を0.1μFから0.082μFに変更します。もし0.082μFが得にくい場合、0.047μFと0.033μFをパラ(並列)にしても良いでしょう。
(2)LPFは、C12、C13、C14、C15を2700pFから3300pF(=0.0033μF=3.3nF=332)に変更します。これで3000Hzくらいになりますが、2800Hzにしたいなら3300pFとパラに330pFを加えます。 以上、LPFとHPFは標準的なフェージング・タイプの送信機にはこのくらいが良いと思います。もし新規に作るとすればその様にするでしょう。

 マイクアンプ部分は十分なゲインがあるので、ダイナミック・マイク(ハイ・インピーダンス型)やエレクトレット・マイクが使えます。 ローインピーダンス型のマイクを使いたいのでしたら良質の昇圧トランスを外付けします。 600Ω:10kΩ〜50kΩくらいの小型マイク・トランスが良いでしょう。(山水電気のドライバ・トランスの流用でも十分です)

 【Mic. Amp.とHPF、LPF
 上記回路の試作製作例です。

 大きな青い部品はフィルム・コンデンサです。 たまたまの手持ちを使ったものなので、一般的なマイラ・コンデンサのようなもので十分でしょう。 その方が小型化できます。

 OP-Amp.は4回路入りのローノイズ汎用品であるTL074CNを使いました。 TL084CNなどでも良いでしょう。 あるいは2回路入りを2個使う方法もお勧めです。 この写真には写っていませんが、電源の中点電位を作る「フローティング・グラウンド」の作成には汎用のOP-Amp.が使えます。 製作例ではTL022CPを使いましたが、回路図通りの741型でもまったく支障ありません。

 【Allpass型のAF-PSN・回路図
 肝心のAF-PSN部分です。Allpass型になっています。

 広帯域特性を目指して、10次のAllpass型で設計しています。 設計では位相誤差:Δφ≦0.046度、振幅誤差:ΔG≦0.2%です。 なお、下限:100Hz、上限:7kHzで設計してありますがこれはかなり過剰でしょう。 余裕を見ても200Hz〜4kHzくらいの設計で十分ですので、前のBlogの設計例にならって製作すれば十分だと思います。 同じ位相誤差で次数が減らせるので幾らか作り易くなります。

 先のBlog(←リンク)のように移相回路の部分は使用するコンデンサを実測し、それに合わせて抵抗器を加減する方法で製作しています。この形式が優れているのは各位相シフター(Allpassフィルタ回路)の動作が独立していることにあります。 そのため、各段の時定数さえ設計通りになれば良いため、CRの選び方にはかなりの自由度があります。 図のようにストレー容量やOP-Amp.の入力容量ができるだけ誤差として影響しないような設計ができる訳です。その代わりとして、精密な精度や比率が要求される部品の数はだいぶ多くなってしまいます。

 例によって必要以上に細かい数字が書いてあります。 回路図の部品定数は標準値ですので、実際には部品を実測してから補正計算を行なって製作します。 補正計算のやり方は先のBlog(←リンク)の「その3」に計算例を示しておいた通りです。  なお、検討の結果OP-Amp.は汎用のTL074CNでも十分なのことがわかりました。部品定数を選べば支障ない訳です。そこで実装密度の関係もあって、LF356HからQuad OP-Amp.のTL074CNへ変更しています。TL074CNは高性能とは言えませんが、安価でこの用途に対して十分な性能を持ったOP-Amp.です。

 【Allpass型AF-PSN
 10次のAllpass型ともなると、かなり大掛かりになります。  ここでは、4回路入りのOP-Amp.であるTL074CNを3つ使いコンパクトにまとめました。

 なお、写真では最終段のOP-Amp.にブースタ・トランジスタが付けてあります。 これは低インピーダンスなバランスド・モジュレータを十分ドライブできるようにするためのものです。(先のBlog参照)

 しかし、後のダイオード・バラモジに関する検討によるとそのようなブースタは必要とせず、出力端子から直列抵抗(1kΩ程度)を挟んでドライブすれば十分であることがわかっています。要するにダイオード・バラモジを電圧的にではなく、どちらかと言えば電流的にドライブして変調することになる訳です。それで何も支障はありません。 従って、上記に示した回路図ではブースタ・トランジスタの部分は省略しています。 新たに製作する場合、写真よりもう少し簡潔にできます。

# AF-PSNの単体評価によると設計帯域の殆どで、90度±0.1度に入っていました。 ただし一番誤差の大きな300Hz付近で0.1度をやや超えるようです。 設計通りの位相誤差≦0.046度にはできませんでしたが、≦0.1度ならマズマズでしょう。 計算上では逆サイドのサプレッションは60dB以上が期待できます。 なお、 フィルム・コンデンサを主体に使った関係で幾分か温度係数は大きめでした。 同じフィルム・コンデンサでもスチコンかポリカーボネート型を使えばより良かったようです。

Carrier OSCとRF-PSN・回路図
 930kHzでSSBを発生します。 これは使用する予定のVFOとの周波数関係からです。  まずは3.5MHz帯へオンジエアするつもりでした。 フェージング・タイプのSSBはある程度任意の周波数で発生でき、例えば455kHzなり、3MHz帯なり好きな周波数が選べます。

 あらためて作るとすれば、3MHz帯か8MHz帯で製作したいと思います。 そのようにすればメーカー製トランシーバのSSBジェネレータ部分を置き換えたテストができます。 例として、3395kHzでTRIOのトランシーバ、3180kHzで八重洲のトランシーバなどです。 そのようにすればファイナル部まで含めた送信機の全部を作ることなくフェージング・タイプSSBを堪能できるでしょう。 いまでしたら、DDSを使ったキャリヤ発振器にすればきめ細かい周波数設定が可能になります。

 【Carrier OSC
 キャリヤ発生部です。 930kHzの水晶発振子を使っています。

 発振回路からある程度大きな出力が取り出せるように、やや大きめのトランジスタ:2SC3668Yを使って発振させています。 これは使った水晶発振子がもともと2SC32を使った発振回路のもので、大きめな発振レベルで使える物だったからです。

 最近一般的なHC-49/Uでしたら小信号トランジスタ:2SC1923Yなどで発振させ、さらに軽く1段アンプすれば良いでしょう。 なお、発振回路の出力には簡単なローパス・フィルタとレベル調整用のアッテネータが付いています。 その後RF-PSNへ行きます。

 【RF-PSNとBuffer Amp.
 RF-PSN(高周波移相器)とバッファ・アンプ部分です。

 移相器はオーソドックスなLCR型です。 逆サイドの打ち消調整はコイルのインダクタンスを加減する方法で行ないます。 写真の例ではインダクタンスが不足気味でした。 そのためベストなところまで完全に追い込むことができませんでした。 RF-PSNの部品定数はある程度カット&トライが必要なように思います。

 低インピーダンスなバランスド・モジュレータとインターフェースする関係で高速OP-Amp.を使ったバッファ・アンプが設けてあります。 もっと高い周波数でSSB発生するならより高速なOP-Amp.を必要とします。

 なお、このRF-PSNの以前に高速C-MOSを使ったデジタルタイプの移相器を試しました。 4MHzのオシレータを使い1MHzでSSBを得る設計でした。 一応の性能は得られたのですが不満がありました。 C-MOSの内部構造に起因するらしい微妙な移相誤差が残ってしまい、挙句はアナログ的な調整を追加する必要があってどうもスッキリしませんでした。無調整なはずのデジタル式なのに・・・です。
 また、どうしてもジッターが残る感じでキャリヤの濁りが見られるようです。これはデジタル回路固有の問題のように思います。 結局、オーソドックスなLCRタイプに回帰した経緯があります。 ざっと耳で聞いた程度ではデジタル移相器もまずまずだったので、あまり難しく考えず妥協して良いのかもしれません。 また、デジタル式のRF移相器も数100kHzと言った低い周波数ならジッターも目立たないようです。 要は使い方でしょう。

 どうせ微調整が必要ならアナログ式でも同じですし、こうした回路ならジッターもフリーなので安心できます。 もしデジタル式でやるのならC-MOSやTTLロジックではなく、アナログっぽい動作をするECL-ICが良さげです。 ただし未だ試してはいませんが。(笑)

◎ ECL-ICを使ったデジタル式高速移送器をテストしました。 その顛末はこちらのリンクからどうぞ。

Balanced Modulator・回路図
 バランスド・モジュレータ部分です。 公開初期の図面に2箇所配線の書き忘れがあったので追加・修正しました。:最新版Ver.1.0.1:2020.03.29

 オーソドックスな4ダイオード型のDBMを2回路使います。 出力をパワー・コンバイナで合成して必要なサイドバンドを得るようにしています。

 サイドバンドの切り替えはオーディオの入れ替えで行ないます。 ただし、現実的な話をするとジェネレータ部ではサイドバンドの切り替えはせずに固定し、ヘテロダインの段階で切り替える方が良いと思われます。 ジェネレータでサイドを切り替えると、どうしてもUSBとLSBでサイドバンドの抑圧比に差が出てくるからです。

 ほか、このDi-DBMの前にIC-DBMである:SN16913Pを2つ使ったタイプを試しました。 そこそこの性能が得られたのですが、最良に調整してもキャリヤ・リークがやや大きかったのと少し大きめな入力ですぐ歪みやすいため変更した経緯があります。 キャリヤリークを考えると、なるべく大きなオーディオ変調信号を与えたいのです。 しかしそうすると歪んでしまうと言ったジレンマがありました。 キャリヤ・サプレッションの良いフィルタ・タイプなら普通は起こらない悩みなのです。w

 【Balanced Modulator
  このダイオード式はキャリヤ・バランスが非常にうまくとれます。長く維持はできませんが、瞬時的なら80dBくらいは楽々です。 ただし、無信号時とオーディオ信号を加えたときとではバランス点がいくらか変わります。 ダイオード・DBMは他でも実験していますが、これはある程度やむを得ない現象のようです。

# キャリヤリークが目立つのは無信号時ですからその状態でバランス調整すれば良いでしょう。 音声が入った状態なら耳で聞いてキャリヤの漏れは感じられなくなります。

 1SS97(2)と言うNECのショットキー・バリヤ・ダイオード(SBD Diode)を使いました。他社の高周波用SBDでも良いでしょう。 あるいはポイント・コンタクト型のゲルマニウム・ダイオードも使えます。 さらには安直にメーカー製の既製品DBMユニットを使うのも良いでしょう。 その場合、フェージング・タイプのSSBジェネレータには必ずバランス調整が可能なタイプを使います。

 上記の信号の有無によるキャリヤ漏れの問題とバランス点の温度変化などから考えて、ND487-C1(NEC)のようなクワッド・ダイオードを使うと改善されそうです。 ここではバイファイラ巻きとトリファイラ巻きのトランスはフェライトビーズ:FB-801-#43に巻いて自作しました。 製作例では7回巻きしましたが、巻き数は周波数帯に応じて加減すべきです。  #43材のメガネ型コアを使うのも良いです。

 【Output Spectrum
 各ユニットを組み合わせて、SSBジェネレータとして動作させてみました。(最初の写真の状態)

 写真は1kHzの正弦波を加えて測定した様子です。 逆サイドの抑圧比は51.8dBでした。 低周波信号の周波数を変えて行くと抑圧比も幾らか変化します。 例えば300Hzでは48dBくらいに劣化します。 しかし500Hz以上ならおおよそ50dB以上が得られているのでまずまずのように思います。 なお、RF-PSNの調整しろいっぱいの状態なので「調整用コイル」を作り変えればもう少し良いところまで追い込めるのかもしれません。

 スペクトラムを見ると、変調波の3次高調波(3kHzに相当)がやや大きいのが気になります。 原因は究明していませんが、主信号と比べて約-44dBですから歪率で言えば0.6%と言ったところです。 音質にあまり影響はないのでこれでも良いのかもしれません。あるいはもう少し原因を究明すべきか・・・。たぶん改善の余地はあると思います。

 不要サイド側には変調信号の高調波の分も漏れてきます。 こうしたことはフィルタ・タイプならまずないことです。 この辺もフェージング・タイプの難しさを意味しているように感じます。 しかし主信号と比べて-50dBはクリアできていますので、まずまずの性能でしょうか。 これくらいでしたら実際のオンジエアにおいて何も支障はないはずです。 それにしても、数値だけ見たらチープなクリスタル・フィルタを使ったSSBジェネレータ(試作記事→ここ)にさえ及ばないのは厳しい現実ですね。 まあ、フェージング・タイプにも数値で割り切れない音色とか自然さのような、それなりのメリットはあるのかもしれませんけれど。 もちろん、それには他局の迷惑にならないとか法令遵守のような最低限のマナーは必要です。

オンジエアするときには以下のような注意をします:
(1)オーディオアンプやAF-PSNで歪ませないこと。
(2)オーディオ信号の与え過ぎでバラモジを飽和させないこと。
・・・の2つにあります。

 そのような状態にするとフィルタ・タイプなら「音が悪い」で済んだのですがフェージング・タイプでは不要輻射を撒き散らす汚いSSB波になってしまいます。 キャリヤ・サプレッションではやや損をしますが、マイクゲインを絞り、抑え気味の音声信号レベルで使うのがコツのようです。 フェージング・タイプのSSBジェネレータは製作だけでなく使い方でも細心の注意を要しますから、初心者向きとはとても言えないようですね。

                   ☆

 精密なAF-PSNを作ったところで「それでどうした?」でしょう。 やはりSSB発生の段階まで進まなくては話が完結しません。 まだまだ追い込み不足だとは思いましたが、試作例を紹介しておきました。 紹介の基板群はだいぶ前に作った関係もあり、ああすれば良かった、こうすれば・・・とか改善ポイントも多々ありますが、ざっと見渡したので一区切りにしたいと思っています。 細かく詰めてゆけばもう少し良くできるでしょう。

 テストしていてこの段階でストップしてしまったのは、目指したほどの性能が得られなかったからです。 例えば、逆サイド抑圧は最低60dB以上と言った、今になって思えばずいぶん思い上がった願望を持ったものです。 さらには、いろいろやってみて結局のところ良いSSB用フィルタがあるならそれが良質なSSB発生の決め手であると認識したからでもありました。 あるいは今風のデジタル的に処理を完結する方法でしょうか?

 いずれ機会でもあれば、良い特性を持ったフィルタを使ったSSBジェネレーターをご紹介できたらと思っています。 これでフェージング・タイプSSBの話は「すべて」おしまいにしましょう。 熱心にご覧いただきどうもありがとうございました。 ではまた。 de JA9TTT/1

(おわり)nm

2020年3月10日火曜日

【HAM】TRIO TX-20S PSN-SSB Transmitter

PSN式SSB送信機:TRIO TX-20S
 < Introduction >
 [ What is the TX-20S ? ]
 This is an SSB transmitter released by Trio (now Kenwood) in 1967. It is a mono-band (dedicated to a single HAM band) transmitter, of which the TX-20S is a dedicated 14 MHz band.

 The TX-40S for the 7MHz band and the TX-15S for the 21MHz band were available as sister models. It was never released for other bands. The only difference in appearance is the badge indicating the band under the meter. TX-15S (1966.11), TX-20S (1967.04) and TX-40S (1967.07) were released in that order.

TX-20Sとは
 トリオ(現在のKenwood社)が1967年に発売したSSB送信機です。モノバンド(単一のHAMバンド専用)の送信機で、そのうちTX-20Sは14MHz帯の専用機です。

 姉妹機として7MHz帯用のTX-40Sと21MHz帯用のTX-15Sがありました。 他のバンド用は発売されませんでした。外観上の違いはメーター下のバンドを示すバッジのみです。発売は同時ではなく、TX-15S(1966.11)、TX-20S(1967.04)、TX-40S(1967.07)の順のようです。

 いずれもキットであり、完成品はメーカーからは発売されませんでした。 販売店(ハムショップ)が組み立てて販売した例はありました。 キットの価格はいずれも23,300円です。 VFOは内蔵していますが電源は外付けです。 少し遅れて専用のPS-2型電源(13,000円)が発売されましたが、電源用の加工済みシャシとそれ専用電源トランスが販売されていました。 しかし割高だったので電源部は部品を集めて自作したHAMも多かったように思います。その程度の自作ならお手のものと言ったHAMが健在だった時代ですから。

 発売された1967年ころのJA-HAM界はどんなだったでしょうか? HF帯のハムバンドは早い時期のSSB化が叫ばれていましたが、現実にはAM局もまだたくさんオンエアしていました。特に7MHz帯はAM局の大混信で「ビートに明けビートに暮れる」とまで言われるほどの混雑ぶりでした。まだまだ9R-59D(19,900円)やTX-88D(26.400円)も売れていた時代です。 高1中2のダイヤルを7MHzに合わせると「ワーーーン」と言うビートを伴ったQSOが飛び込んできたのが思い出されます。 自作局も多くて各局の個性的なリグの紹介も楽しみな時代でした。

 SSB機の普及は価格がネックだったので、各社・・と言っても主に2社ですが・・・はローコストなリグの開発に力を入れていたようです。八重洲ならFL/FR-50ラインとか。 高価なクリスタル・フィルタを使いオールバンドにするとローコストに反します。その解決策がこのSシリーズだったのでしょう。 でも、その目論見通りにはならなかったようです。(備考:月刊誌のCQ Hamradio誌が180円の時代です)

                   ☆

 久しぶりにメーカー製の無線機がテーマです。 今回は前回(←リンク)の繋がりで日本のメーカーが本気で発売した珍しいフェージング・タイプのSSB送信機を紹介しておきます。 比較的安価だったので、ボンビー学生だった私にはなかなか魅力的な送信機に思えました。まあ、その実態はそのうちわかることになるのですが・・・。 思い出しながら紹介したいと思います。 新型コロナ対策の在宅勤務や家での遊びに飽きてきたらこの先もご覧ください。ただし読んだからといって暇つぶし以上の効用はありません。悪しからず。

 【TX-20Sの内部
 基本的に真空管式の送信機です。 SSB発生部からミキサー部までが大きな一枚のプリント基板に載っています。 キット製作の大半は基板の組立てに費やされることになるわけです。 後ほど触れますがVFO回路も同じプリント板に載っています。VFOバリコンだけは基板外になっています。

 左のシールド・ボックスに終段管が入っています。 写真には見えませんがドライバ管(12BY7A)はシールド・ボックスとフロント・パネルの間にあります。 キットのオリジナル状態では、終段管はS-2001(松下製) のシングルです。

 プレート電圧400Vで入力20W、出力10Wなので初級局が保証認定をもらえるようになっています。もちろん14MHz帯は初級局はオンエアできませんでしたが。 さらにソケットともう一本S-2001を追加しプレート電圧を800Vまでアップすると180Wまで入力アップできます。 S-2001はご存知のように送信管:6146Bの相当管で、TV用水平出力管の技術を採り入れて作った廉価版でした。一説によればトリオの要望を入れて作られた球だそうです。

 電源はシャシ背面の12ピン角形コネクタから供給するようになっています。 10W出力のときは400V50mA、350V75mA、210V20mA(安定化)、-100V20mA、6.3V3A×2が必要です。 180W入力にするときは、400Vを800V200mA+αにします。
 VFOはトランジスタ式ですので350Vからドロッパ抵抗とツェナー・ダイオードで19Vに落として発振とバッファのマイクロディスク・トランジスタ:2SC185に与えています。

 【TX-20Sのブロック図
 TX-40S/TX-20S/TX-15Sのブロック・ダイヤグラムです。 基本的に回路は共通ですが、このSシリーズ用のダブルスーパ受信機:JR-500Sとトランシーブする関係で、それぞれSSBの発生周波数は異なっています。 このTX-20Sでは5535.5kHzです。

 これはJR-500Sはダブルスーパなので2回周波数変換するのに対し、TXの方は1回周波数変換で済ませているからです。  TX-40SではVFOの発振周波数まで異なっていますが、これは40mバンドのみロワー・サイド(LSB)の送信なのでサイドバンドを反転する必要があるからでしょう。

 フェージング・タイプのSSB送信機はフィルタ・タイプと違って、帯域フィルタ部分での通過ロスがないためシンプルな構成にできます。 またこのTXのようにバラモジ(平衡変調器)に三極管のようなアクティブ素子を使うと顕著になります。 そのためバラモジを出てすぐミキサー回路になっており、その後は2段のストレートアンプで必要なパワーまで持ち上げています。 回路が簡単ですから、必然的に同調回路が少ないため幾らかスプリアス輻射が気になります。シングル・コンバージョンなのでVFOの漏洩さえ気をつければ大丈夫なのでしょう。

 SSB送信機としての商品性をアップするためにアンチ・トリップ付きのVOX回路が内蔵されています。これはSSB送信機では常識的な装備と言われていたからでもありましょう。 ダイオード整流式のVOX回路です。 SWR測定機能があるのも同じ理由でしょう。
  ほかに終段管のグリッド電流整流型のALC回路が付いていてドライバ管(12BY7A)のゲインを制御しています。ただしあまり効きそうではありませんね。 それに信号レベルが大きくなっているドライバ段にALCを掛けるのは好ましくないのです。 無いよりもマシな程度かも知れません。

 【TX-20Sの回路図
 ざっとした内容は上記のブロック・ダイヤグラムで説明しました。 詳細を知りたれば回路図で辿ってください。 左側の鎖線で囲まれた範囲がプリント基板上に実装されている部分です。 なお、この回路図の転載はおやめください。

 右下のリモート端子にJR-500Sあるいは9R-59Dのような通信型受信機を接続して送受信の制御を行ないます。 JR-500Sとトランシーブを行なうなら、JR-500SのVFO出力をシールド線で背面のピンジャックに接続します。 9R-59Dとはトランシーブ操作はできないのでTX-20Sは内蔵のVFOで使うことになります。 ただし、不安定なものを組み合わせた運用はかなり困難ですから、9R-59Dとセットでオンエアした局は稀だったでしょう。

# TX-20SはPSN式のSSB送信機として少ない球数で合理的に設計されていると思います。

 【AF-PSNは2Q4型
 AF-PSN(低周波移相器)はB&W社の2Q4型と全く同じ部品定数になっています。 定評のあったAF-PSNをそのままそっくり頂いたわけですね。hi

 コンデンサはディップド・マイカが使ってあります。抵抗器はカーボン型ですが特注品でしょうね。 いずれも1%誤差のものです。 誰が作るかわからないキットの送信機ですから、付属の部品をそのまま組み付ければ済むように考えてあるわけです。 まあ、これは当たり前でしょうね。hi

 AF-PSNの入力部にある例の分圧器は可変抵抗式になっています。 ここは是非とも2:7の精密分圧器にすべきところでした。 もし可変抵抗を使うにしても、ごく狭い範囲だけ可変できるようにしておかないと旨くありません。 調整が難しかっただけでなく、ここがぜんぶ可変抵抗器になっているお陰でサイドバンド・サプレッションが非常に不安定だったのではないでしょうか。 要するにせっかくのAF-PSNの性能が活かせていないのです。

 AF-PSNの前にインダクタを使った有極型のローパス・フィルタが付いています。 これはPSN式の送信機では必需品ですから・・・。とても良いことだと思います。

 真空管は6AQ8が多用されています。 雑誌記事のフェージング・タイプSSB送信機の回路を見ると12AT7が多用されています。 6AQ8は12AT7によく似た特性の球です。 トリオは松下電器の球がお好きで、その関係もあって6AQ8を使ったのでしょう。 従って自作するならどちらでも良いでしょう。(当時の松下電器の真空管価格表を見ると12AT7より6AQ8の方がずっと安価なのでそれも理由だったのでしょう) 12AT7のSQ管の6201など最良です。 バラモジの部分に限って言えばユニット間に管内シールドのある6AQ8の方が幾分有利かも知れません。 まあ、これから真空管で作るのはかなりの酔狂と言われそうですが。(笑)

 【RF-PSNはRCタイプ
 キャリヤ発振器とRF-PSN(高周波移相器)の部分です。 RF-PSNはコンデンサと抵抗器を2つずつ使った回路です。 無調整で済ませるには向いた回路だと思います。 特注のディップド・マイカとP型抵抗器(±1%)を使っているのが見えます。

 トリオの説明によればこのRF-PSNはプリント基板のストレー容量を考慮した値のコンデンサを使っているので無調整で良いとのことです。 この辺りが流石にメーカー製のキットと言ったところでしょうか。 プリント基板化した効果も現れた部分でしょう。

 写真の右上の方に2つ並んだ真空管(9ピン)が6AQ8を2球使ったバラモジ(平衡変調器)です。 アクティブ回路になっています。 ダイオード・バラモジと違ってゲインがあるのはメリットですが、少しオーバードライブすると簡単に歪むのではないかと懸念されます。 残念ながら昔試した頃は評価手段がなかったので実際のところはわかりません。

 2組あるバラモジはプレート側の出力同調回路を共有しており、そこでサイドバンドの打ち消しと合成が行われます。各バラモジのカソードにはキャリヤ・バランスを調整するための可変抵抗器が入っています。 シャシの背面(写真の左隅に見える)に調整用の2軸ボリウムがあります。 このボリウムは運用中も頻繁なバランス調整が必要なので外から簡単にできるようにしてあるのでしょう。 しかし背面ですからやり難かったですね。

 【トランジスタVFOを内蔵
 トランジスタ2石を使った簡易型のVFOを内蔵しています。回路形式は周波数安定度で定評のあるVackar(バッカー)型LC発振回路です。(参考リンク→ここ) 発振回路はプリント基板に実装されていますが、バリコンはシャシ上の金具に取り付けてあります。 こうしないと機械的に安定しないからでしょう。 コストのかからない糸掛式の減速ダイヤルです。

 しかしまあ、発熱の多い真空管機ですし、さしたる温度補償もしていませんから周波数は安定とは言えませんでしたね。 LC-VFOは回路形式よりも構造や部品に負う部分が多いわけです。 とりあえずキットを組み立てたHAMが動作テストに使うのが目的と言ったVFOではないでしょうか。 このキットを買ったHAMは大半がJR-500S型受信機のオーナーだったかも知れません。 オンエアの時はそちらに内蔵のVFOでトランシーブして貰えば良いと考えてオマケ程度に付けておいたVFOのように見えますね。hi

 # VFO単独でテストしたこともありますがやっぱり安定度はイマイチ以下でした。(笑)

TX-20Sのスペック
 今さらスペックなんか見ても仕方がないかも知れません。 紹介しきれなかった内容も書いてあるようなので掲載しておきます。

 このスペックだけを見たらマトモな送信機のように感じるかも知れません。 しかし、実際に使ってみた実感から言えば厄介な送信機でしたね。

 まず、十分なウオームアップを行なわないと周波数安定度だけでなく、キャリヤ・バランスの状態も変動が顕著でした。 逆サイドのサプレッションも然りなのですが、まともなリグを使っている交信相手局はこちらがDSBに近くても意外にわからないようでした。 キャリヤ漏れの方が発覚しやすかったです。 今のようにスペクトラムを見られてしまうと漏れ漏れなのがバッチリわかったかも知れませんけれど。 TX-20Sを単独で使う場合、最大の問題点は幾ら待っても安定しないVFOだったかも知れません。

 ローカル局にお相手をお願いして運用を試みたこともありますが、ロクなレポートしか貰えなかったような印象があります。すぐに実験はおしまいにしました。 以降はお蔵入りしていたのです。もう少しじっくりチャレンジすれば良かったのかもしれませんね。

 このように欠点の目立つ送信機ですが、時代背景を考えると納得できる気もします。 1967年当時、SSBでオンエアする局は自作機もかなり多かったのです。 今のように完璧なSSB局ばかりでなくて、中にはそれっぽい程度のSSB局もかなりおりました。 ですから、ある程度それらしいSSBが出せる送信機が安価に手に入るなら人気が出るに違いないと思ったのかも知れません。 しかし現実にはJAのHAM局は完璧主義者が大半であり、実用主義的なメーカー製SSB送信機はウケなかったのではないでしょうか。 こうした嗜好は今も変わっていないように思います。 シンプルで扱い易く実用的なリグより、使いもしない機能が満載で電気も喰うような総花的肥満リグがウケているのが現実です。 だからと言ってTX-20Sを擁護するつもりもありませんけど。(笑)

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 このTX-20Sは私が組立てたのではなく、知人のN氏が製作されたものです。たしか、販売終了で投げ売りされてたのを買ったとのお話でした。初級HAMが大半でしたから上級バンド用のTX-20Sは特に不人気だったでしょうね。 このシリーズの送信機は長続きせず、発売から2〜3年もせず姿を消しました。マトモな送信機じゃないのはメーカーも自覚していたでしょうから早々にやめたのかも知れません。 Nさんがご不要とのことでしたので、どんな送信機だったのか知りたくてお譲りいただいたものです。これは1970年代末の話です。

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 前回(←リンク)のPSN式SSB繋がりで紹介してみました。 TX-20Sは比較的コンパクトですし、デザインも悪くないのでレトロなリグがお好きなら魅力的に感じるかも知れません。 いまの時代でしたら、電源部を内蔵しSSBジェネレータ部を半導体化すれば実用品に仕立てることも可能かも知れません。大きな一枚物のプリント基板は撤去してしまえば十分なスペースが確保できるでしょう。懸案のVFOだってDDSにすれば一発で解決です。 改造の素材には実に向いた送信機です。かつてトランシーバに改造したお方もおられたくらいですからね。 スイッチやツマミの類はそのまま活かしてやればデザインを損なうこともなく近代化できそうです。 そう思いつつ、綺麗な状態で長年温存してきたのですがだんだんそんな元気もなくなりました。 ちょっと残念ですけど。 ではまた。de JA9TTT/1

(おわり)fm