<Abstract>
The SN16913P (Texas Instruments) is a double-balanced modulation or mixer circuit. It's an already obsolete part, but you can still get it if you're lucky. Good performance can be obtained by optimizing the way the voice signal and carrier signals are fed. Here is an example of an SSB generator circuit using the SN16913P. And the following is an example of the "FUJIYAMA" transceiver receiving circuit planned by the JA-QRP Club in the millennial era. (2020.04.23 Takahiro Kato JA9TTT/1)
【SN16913Pとは】
面白いパーツを探しに秋葉原や日本橋の電気街に出かけることもできなくなっています。ここ暫くは手元のパーツボックスにストックされた部品で遊んでみるのは如何でしょうか? 今回はそんなパーツの中からSN16913Pをピックアップしました。
SN16913PというのはIC形式のダブル・バランスド・ミキサ/モジュレータ(IC-DBM)です。SSB送信機の変調部や受信機のミキサ回路、そしてSSB検波回路にも使います。 すでに製造は終了していますが、運が良ければ手に入れることも可能でしょう。一時期はかなり流行ったこともあり、手持ちがパーツボックスに眠っている自作HAMも多いかも知れませんね。 少々古臭くなりましたが、同じIC-DBMの現行品:SA612Aより大きめな信号が扱えます。さっそく上手な使い方を探ってみたいと思います。
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古臭いチップを引き出しから取り出してきただけの話です。 あえて探し回って手に入れるようなICチップではないことを予め書いておきたいと思います。もちろん高額で手に入れるだけの価値などありません。 同等以上の性能はダイオード・DBM でも可能ですしコスト的にもそちらが有利でしょう。 しかしもし死蔵しているなら勿体無いです。何かチャンスでもあったらぜひ使ってみましょう。
なお、同じテーマは拙サイトで2001年の春ころ公開していました。その当時の資料を参照の上、整理・再編集してまとめました。一部は内容的に重複しており既読かもしれませんが悪しからずご了承を。
【SN16913PのSpecと注釈】
ネット上に資料もあまりないようなので、メーカのデータブックから取ったコピーを左に付けておきます。
このデータ・シートが使い方の基本になります。 電源電圧の範囲や、信号レベルなど設計上必要な情報が書かれています。 また内部等価回路も応用する上でたいへん有用なものです。等価回路から設計意図が読み取れますし、より良い応用を考えることもできます。
特に重要なのは、バランスド・ミキサあるいはバランスド・モジュレータとして使うとき、信号(Signals)と局発(Local Oscillator)/搬送波(Carrier)をどの端子に与えるのがベストかということです。 この資料の例では、受信信号あるいは音声信号はPin.2に与え局発/キャリヤはPin.5に加えるとしています。
しかし、比較してみますとこれは逆にした方が明らかにひずみ特性が優れます。 以下、そのテスト回路とテスト結果を示しておきますので比較してください。 もちろんその様に使ってもなんら支障はありません。 データシートの記述はこのICの開発時に想定した特定の用途・目的における一例であって、汎用に使うには別の使い方が優れることも有り得る訳です。
参考:等価回路を見るとPin.5に接続された下段の差動回路にはエミッタ帰還抵抗が入っています。その負帰還作用のため下段の差動回路は信号をリニアに扱える範囲が広がります。こちらへ目的の受信信号や変調信号を与えた方がリニアな動作範囲が広い分だけ有利です。
それに対し、Pin.2に接続される上段の2組の差動回路にはエミッタ抵抗は入っていません。そのためこちらの差動回路のリニアな動作範囲は狭く、どちらかと言うとスイッチ的な動作に適します。このため局発あるいはキャリヤはこちら側に加える方が良いのです。
【2信号特性の測定回路】
7MHz帯の2トーン信号を1MHz帯に周波数変換するミキサー回路として測定しています。 回路そのものは変調回路でも同なじなので得られたデータは二重平衡型変調器(DBM)の設計にも使えます。
2つの水晶発振器の出力をパワー・コンバイナで電力合成した2信号を作ってDBMに与える「信号」とします。 局発は既製品のシンセサイザ発振器から与えています。
SN16913Pの出力は簡単なπ型LPF(低域濾波器)を通ったあと選択レベル計で観測します。 選択レベル計は高分解能な設定とし、目的信号とIMD信号のそれぞれを分離してレベル測定します。
現在は高ダイナミックレンジ・高分解能なスペクトラム・アナライザを使って測定する方法がポピュラーでしょう。 大きめな信号を扱うので測定系をけして飽和させないよう十分に注意します。下手をするとスペアナのIMD特性を測ることになってしまいます。(笑)
【2信号特性の比較】
測定結果をグラフにまとめました。 このグラフを簡単に言うと、入力を増やして行くと出力に含まれる歪み成分も増えて行くのですが、その歪みの増えかたを示しています。
局発は500mVppを与えます。2トーン信号の大きさを変えて出力の大きさと、出力に含まれるIMD(相互変調歪み成分)の大きさを観測した結果です。局発の大きさは幾つか変えて測定しましたが、成績の良かった500mVppの例を代表として示します。
(1)上段のグラフは局発をPin.5、2トーン信号をPin.2に与えた例です。 これはデータ・シートにあるメーカーの指定通りの使い方です。
(2)下段のグラフは局発をPin.2、2トーン信号をPin.5に与えた例です。 これはデータ・シートと逆の与え方です。
(見方)例えば、入力の2信号が10mV(rms)/Toneの状態で比較してみましょう。目的信号に対して、3次相互調歪み(3rd-IMD)の大きさは、上記の(1)では-40dBです。これに対して、(2)では-76dBです。 同じ大きさの信号を与えた時、出力に現れるひずみの大きさに36dB(約63倍)もの違いがありました。 逆に言うと、(1)の使い方では約12dB小さな信号(約4分の1)のところまで絞らないと同等の歪みにならないのです。それだけ大きな信号が扱えない訳ですね。(参考:3次のIMDは入力信号の大きさに対して3倍の傾斜で立ち上がるため)
なお、(2)の使い方の方がややゲインが小さくなります。エミッタ抵抗による負帰還の作用によるためですが、わずか数dBの違いにすぎません。 従ってSN16913Pは総合的に見て(2)の使い方をする方が明らかに有利です。 これはミキサ回路だけでなくバラモジ回路(平衡変調器)の場合も同様です。
備考:なぜこのような結果になるのかは上記の等価回路の解析の通りでしょう。
SN16913Pを使ったフィルタタイプのSSBジェネレータを設計しました。
ダイオード・DBMと比べ、ややキャリヤ・サプレッション(搬送波抑圧比)は劣るのですが、フィルタ部分で20dBくらい改善されます。 出力端子に於いて、少なくとも50dBくらいのキャリヤ・サプレッションが得られますので十分でしょう。 素朴な設計のSSBジェネレータですが十分な実用性があります。
マイクアンプは汎用OP-Amp.を使います。もちろん他のOP-Amp.を使って音色の違いなど楽しむことも可能です。 ハイ・インピーダンス型のマイクロフォンを使う設計になっています。600Ωなどのロー・インピーダンス型を使いたいときはゲインをアップするか、マイク・トランス(600Ω:50kΩなど)を外付けします。 使用するマイクによってはゲインが十分すぎることがあります。その場合、OP-Amp:μA741Cの出力(Pin6)とコンデンサ:C11の間に1kΩの抵抗器を入れると良いでしょう。(むしろ1kΩを入れることを推奨)
キャリヤ発振回路は2石使う設計です。 下記に例示のFUJIYAMAのように1石で作ることもできますが、キャリヤ・レベルの加減が容易なので図のようにしました。 LSB(下側波帯)を得る例が書いてありますが、USB(上側波帯)も必要なときはダイオード・DBMを使ったSSBジェネレータの回路例(←リンク)に切り替え式の図があるので参照してください。 Pin2に与えるキャリヤあるいは局発の大きさは500mVppを基準に考えていますが、もう少し大きくても支障ありません。 ただし、この図のようにバラモジ(平衡変調器)に使う場合、キャリヤレベルを大きくするとその分だけキャリヤ・リークも増えます。
【Fujiyamaに見る使用例】
HAM局の団体:QRPクラブがミレニアルを記念して(?)100台の限定頒布を行なった「FUJIYAMA」と言う名前の18MHz帯SSB/CWトランシーバの回路例(部分図)です。 FUJIYAMAは全部品がバラで加工済みのキャビネットまで含んだ完全キットでした。しかもワイヤーによる配線が基本的にゼロという画期的な設計でした。
FUJIYAMAの開発当時はまだ何とかSN16913Pが手に入りました。 そのため送受信回路のミキサを始め、バラモジ(平衡変調器)やプロダクト検波器にも幅広く採用しています。 2重平衡回路なのでキャリヤや局発の漏れが少なく、製作者によるバラツキも減らせることから全面的な採用になりました。均一な性能を得るのに貢献したと思います。
左図は、高感度で良い音のするFUJIYAMAの受信部回路の部分図です。 グランド・ウエーブでの交信距離を伸ばす目的でかなり高感度な設計になっています。 そのため、太陽活動が活発で黒点数が多くなり、18MHz帯のHAMバンドに隣接する19メータや16メータバンド(短波国際放送バンド)が強烈にオープンすると、ミキサのSN16913Pが飽和してしまうことがありました。 切り替え式のアッテネータを付加する方法のほか、SN16913Pをダイオード・DBMに交換するなどの対策が提案されました。 バンドの性格上、普段は高感度な方がFBですから改造が容易なこともあってアッテネータを追加する方法を採用した製作者が多かったように思います。あれから20年が過ぎ、FUJIYAMAも懐かしい思い出になってしまいました。
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SN16913Pに限らずIC-DBMは人気があるようです。 このBlogにはあまりメジャーなIC-DBMの話はないのですが、情報を求めて検索で来訪されるお方も多いように感じます。 流石にディスコン(Discontinued=継続しないの意味=廃番部品)から20年も経過したためSN16913Pの情報を求めるお方は少なくなったようです。 しかし当時かなり流行ったのでパーツボックスに幾つか入っているお方も多いでしょう。 今でも有用なデバイスが死蔵になっては勿体無いですから、簡単に使い方をまとめておく意義はありそうです。何かご質問でもあれば遠慮なく。 ではまた。 de JA9TTT/1
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リンク集:このBlogにはIC-DBMを扱った以下の記事があります。
(1)MC1496P・・・IC-DBMの元祖のようなチップです。
(2)TA7310P・・・CB無線機のPLL回路用IC-DBMですが汎用に使えます。
(3)TA7358P/AP・・FMラジオのフロントエンド用IC-DBMです。
(4)K174ΠC1・・・旧ソ連製のIC-DBMで独製S042Pのセカンドソース。
(5)S042P・・・・独Siemens社が開発したヨーロッパ系IC-DBMです。
(6)μPA101G・・・新世代のIC-DBMで1GHz帯までカバーします。
(7)MC-1443・・・搬送多重電話装置の周波数変換用に作られたIC-DBMです。
(8)MC-1451・・・搬送多重電話装置の音声復調用に作られたIC-DBMです。
(9)SA612A・・・ コードレス・フォン用IC-DBM。HAMに人気のDBMです。
そのほかに、個別半導体を使ったDBM/SBMの記事があります。
(1)Di-DBM・・・オーソドックスだが確実性の高い4ダイオード型のDBM。
(2)トランジスタ式SBM・・・バイポーラ・トランジスタを使ったSBM研究。
(3)FET式SBM・・・FET;電界効果トランジスタを使ったSBM研究。
(4)高IP Di-DBM・・・4ダイオードを使ったハイレベルDBMの検討。
(5)Di-DBM×2・・・PSNタイプ・エキサイタでの用例。2つを電力合成。
・・・・など。 ほかにも記事中でDBM/SBMに触れた箇所は多数あります
(おわり)nm