【菊水418A型:RC発振器】
最近使おうと思ったら、波形の歪みが目で見てわかるほどになっていた。 これは明らかに故障である。 オシロスオコープの管面から正弦波の歪みがわかるようでは、少なくとも数%オーダーの歪率になっている筈だ。 高級品ではないとは言え、このRCオシレータの歪みは0.1%以下の筈だから、オシロスコープではわからないのが正常だ。
実は,開けるのは3度目だ。 前の2回とも調整で正常に復帰してしまったのである。 最初に異常を感じた時は、経年変化で調整ズレが起こったのだろうと単純に考えた。しかも所定の再調整を実施したら正常(らしく)になってしまった。 それから数年して開けた2回目も同じようだった。 ただ、状態の変動量が大きくなって来たように感じてはいた。まあ年式相応で仕方がない。そろそろコンデンサの劣化でも始まっているのではないかと思った。
いよいよ3回目の修理開始だ。 低い周波数の歪みが特に酷いようだ。但し状態が安定しない。 なぜ、10Hz〜100Hzのレンジが特に悪いのか?・・・少々疑問であった。 しかし修理しないと使い物にはならない。 中古のRC発振器は安価ではあるが、これを捨てるのも勿体ないから何とかしよう。
【回路はディスクリート構成】
おそらく1970年代の設計だ。 未だこうした測定器に使えるほど高性能なOP-Ampは一般的では無かった。 従って、FETやBJTと言ったディスクリート半導体で回路構成されている。
結論を言ってしまうとつまらないのかも知れないが、図のFETが半不良になっていたのが不具合の原因だった。
なぜ低い周波数が特におかしいのかと言えばインピーダンスが高くなるからだ。 このRC発振器は430pFの2連バリコン:Cと固定抵抗:Rでウイーンブリッジ発振器(ターマン発振器とも言う)を構成している。 そのため、Cの大きさがバリコンのCmaxで限定されるので、低い周波数では必然的にRの値が非常に大きくなる。
ちなみに、発振周波数:f=1/(2πCR)である。 C=430pFとして10Hzの時のRを求めると、約37MΩにもなる。 実際には発振の下限に余裕を持たせる意味から38MΩが使われている。 要するに図のFETの先は大変なハイ・インピーダンスになる。 従ってわずかなゲートのリーク電流で回路のDC的動作点は狂ってしまう。 高い周波数が大丈夫だったのはインピーダンスが低くなるからだ。
わかってしまえば謎でも何でもない。低域で歪んだのはFETのゲート漏れ電流で増幅器の動作点がシフトしたからだ。 わかればもう直ったも同じ。劣化したFETを交換するれば良い。 しかしそれを突き止めるまでには幾つかの試行錯誤もあったのである。(笑)
【発振器の内部】
こうした発振器も、今ならFET入力の高速・広帯域・低ノイズなOP-Ampを使うだろう。 これはMK10と言う三菱製のFETを使ってハイ・インピーダンスな広帯域・ローノイズアンプをディスクリート部品で構成している。
ディスクリート構成が必ずしも悪いわけではない。 部品を吟味すればローノイズで広帯域なアンプが作れる。 組立の手数と調整の煩わしさはあっても高性能な回路が実現可能だ。 とくに設計された当時はまだ709や741の時代だから、OP-Ampは性能的にこうした発振器に不十分だっただろう。
FETのゲート部分は非常にハイ・インピーダンスになる。写真の様にテフロン端子で浮かせて空中配線になっている。 そこまで注意を払った部分にゲート漏れ電流があったのでは、旨くなかったに違いない。(注:写真はFET交換後のもの)
【劣化していたMK10】
日本の半導体メーカーでFETを最初に開発したのは東芝や日立あたりではなかったかと思う。 しかし初期のころは通信工業用ばかりでどれも高価だった。 だからFETの良さはわかっていても、民生品や安価な機器に使うのは難しかったと思う。
そんなころ、三菱は2SK・・・型番ではなく、MK・・と言う独自型番で安価なJ-FET(Junction Type FET:接合型電界効果トランジスタ)の供給を始めた。未だ2SK19や2SK30と言ったポピュラーなデバイスは登場していないころだ。 Mitsubishiの2SKタイプと言うような意味だろうか? 汎用品であって特別RF向きではないがVHF帯まで使えたのでFMチューナを含め幅広く使われた。 アマチュアにも手が出せたから自作品にも使った。 古い機器だけでなく製作記事でもMK10を良く見かけるが、それはそのころ他にあまり選択肢がなかったからである。
写真は劣化してしまったMK10である。 回路図にIdssランクの指定はないがMK10-3らしい。文字消えで良くわからないが、Idss=10〜20mAの一番gmの大きなランクだろう。
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なぜ劣化したのか? 今では原因が良く知られている。 そのころの三菱製トランジスタは足に銀メッキ線を使っていてそれが良くなかったのだ。 銀メッキ線はハンダの乗りは良いものの、大気中に微量に含まれる硫化水素などにより硫化しやすい。写真の様に足が真っ黒くなるのは硫化銀が生成した証拠だ。鉄の黒サビとは違い銀の硫化には進行性があってリード線の奥まで腐食が及ぶことがある。 さらに多少の湿度があるだけで銀のイオン・マイグレーションと言って銀の原子が電流路に沿って移動・堆積する現象も起こる。 そのため内部半導体表面に無用な電流路が形成されてしまうことになる。そこに漏れ電流が流れるのだ。
劣化したMK10のリードを見るとだいぶ硫化が進んでおり、内部でも銀のイオン・マイグレーションが起こっていたのだろう。 ドレイン・ゲート間に微小な電流路が出来ただけで、もはやハイ・インピーダンス回路の動作は正常さを失う。 回路の動作点変化量の実測結果から見て200〜300pA(ピコ・アンペア)のゲート漏れ電流が存在した模様だ。
リード線や端子の銀メッキは半導体を劣化させる原因になるので、今の半導体製品では使われない。 数年間なら問題にならなくても10年にもなればトラブルの種になってしまう。
【MK10の特性】
MK10の特性を掲載しておいた。 時々MK10の規格を探す人がいる。 昔の回路図を見ての自作か、古い機械の修理でもしているのだろう。
すでに製造していないし上記の理由から古い在庫品は心配があると思う。 湿気がなく外気にあまり触れない好環境に保管されていたなら大丈夫かも知れないが、その保証もないだろう。 新品でもお薦めできないと思っている。手持ちにも数個のMK10があったが保管状態に疑問があったので使わなかった。
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このRCオシレータの場合は、ドレイン・ソース間耐圧が必要なので、Vds(max)の大きなFETが必要だ。 そのため2SK192AのようなRF用FETでは耐圧が足りない。 十分なドレイン耐圧のある代替品を見つける必要がある。 周波数上限は1MHzなので普通の小信号用J-FETならどれでも大丈夫だ。
一方、無線機のRFアンプやVFOのような用途には2SK192A等で代替すべきだ。 その時はIdssランクを合わせればなお良い。 それでもソース抵抗を加減して所定のドレイン電流になるように調整すべきだ。 それさえすれば代替品の候補は沢山あるのでMK10を無理に探す必要は無い。(注:RF用定番の2SK241は内部カスコードのMOS構造なのでJ-FETを代替の際は要注意)
【2SK34の特性】
交換に使ったFETの特性だ。この2SK34も恐らくディスコン品(廃止品種)だと思う。自身の修理備忘の為に規格を載せている。
必ずしもこのFETである必要はないが、要件を満たしていて手持ちもたくさんあったので使ってみた。 ただそれだけなのでMK10の代替品として推奨するつもりは毛頭ない。 MK10と同じ三菱製である。(なお、FETメーカーの資料によれば2SK34はMK10の代替品になっているようだ)
回路電圧が40Vと高いのと、低ノイズなJ-FETが欲しいのでこれを使った。 2SK34はRF用ではなくて低周波用で耐圧の高いJ-FETだ。 低ノイズだけなら2SK117/2SK147/2SK363等の方が良いが、Cissが大き過ぎて不適当だ。 2SK34は規格上のドレイン・ゲート間耐圧:Vgs(max)が50V以上とあるが、実力的には100Vくらいある。ゲート漏れ電流も少ないFETだ。 ゲインにゆとりのある多段アンプなのでgmはある程度以上あれば支障無いはずだ。 使った物は元のFETよりIdssが大きかったが、取りあえず調整用VRによる動作点調整の範囲には収まった。
まあ、普通はどう考えても2SK30ATMのYかGRあたりが適当だろう。型番は古臭いけれど低周波用の定番だから。(笑)
【発振波形:1kHz】
写真は1kHzの発振波形だ。 このように奇麗な正弦波である。 もちろん、10〜100Hzのレンジも同じように奇麗だった。
目で見て歪みがわかるのはどの程度からだろうか? 歪みの種類にもよるがクリッピング歪みやクロスオーバー歪みのようなものは意外に低歪率から目で見てわかるようだ。
ただ、0.1%を切るような歪み率になると、歪率計を使うかスペクトラム解析を行なわないとまるでわからない。 オシロスコープで見て奇麗な正弦波でも意外に高調波が含まれているものだ。 だから目で見てわかるようではもう相当に歪んでいる。
【歪み率測定】
オーディオ・アナライザで歪み率を調べてみた。
写真の様に、1kHzにおける歪み率は0.036%である。 この種のオシレータとしては標準的な性能だろう。
このRCオシレータの出荷時の試験成績表によれば、1kHzに於ける歪みは0.04%だった。 従って、発振回路のFET交換修理は十分旨く行ったことがわかる。 これでまた暫く使えることだろう。
オシロスコープの波形が奇麗なだけでなく、まずまずな低歪みが得られている。 一般にこうしたRCオシレータの正弦波は歪みが少ない。 ファンクション・ジェネレータではなかなか低歪みにならない。 今でもオーディオ系の測定にRCオシレータが使われる所以だ。
昨今の超低歪みアンプの測定にはもう一桁くらい低歪みな正弦波信号が欲しいところだ。オーディオマニアならもっと良い発振器が欲しくなるだろう。 連続周波数可変式で極低歪みな発振器は難しいが、スポット周波数式なら自作も容易だ。 オーディオ用にはそうした信号源を用意しておきたい。同時に低ノイズな発振器であることも大切だ。
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【2SC710のこと】
MK10の劣化に関連して2SC710のことを書いておこう。 2SC710はRF汎用として非常にたくさん使われていた。
ラジオやTVなど家電品に留まらず、CB無線機やアマチュア無線機にもたくさん使われていた。 SONYのBCLラジオに多用されていたのは有名な話である。
しかし、この三菱製のトランジスタは、MK10と同じようにリード線の硫化や銀のイオン・マイグレーションと思われる劣化・・・BJTの場合はリーク電流だけでなく、hFE低下などの劣化症状を呈することも多い・・・が多発している。 中身の半導体チップは違っていてもパッケージ構造とリード線が同じだからだ。
写真右側の大きめの2つは銀メッキリード線の2SC710だ。比較的良い環境に保管してあったので劣化は見られなかったが問題のブツである。 未使用ゆえ電極間に電圧は掛かっておらず電流も流れていないから銀のイオン・マイグレーションもないのだろう。 今のところ正常そうだ。 しかし積極的に使うつもりはない。 いずれトラブルになる可能性があるし、他にいくらでも代替品があるからだ。 写真左側の小さめの2個は同じ2SC710でも幾らか安心なようだ。 三菱製ではなくて、どこかのセカンドソースなのかも知れない。しかし、リード線は銀メッキではないので、こちらの方が信頼性は高い。 おなじ2SC710に交換するならこちらにすべきだ。
(参考)日立製の2SC460等も同じように銀メッキリードで問題の多い部品である。
2SC710の代替に2SC1815を使う例もあるようだが、純然たるRF回路には向いていない。 低周波回路やスイッチのような用途なら別だが、RF/IF回路には1mA前後の小電流でもっとRF特性の良いデバイスで代替すべきだと思う。fTが高くCobが小さいトランジスタが良い。
重要:言わずもがなとも思うが、2SC710の足の並び方はこの種のトランジスタとしては変則的である。2SC1815のような他の大半の小信号用トランジスタの足の並び順とは逆になっている。修理の為に別のトランジスタに置き換える際は十分な注意が必要だ。足を下に向けて型番の捺印面を正面に見た時、2SC710は左からBCEの足の並びだが、他の殆どのトランジスタはECBの順である。2SC710を他のTrに置き換えるなら、もう一度よく確認してから作業を!
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デバイスに関わるトラブル情報をBlogに書くのはどうも「ためらい」がある。 稀にとは言え、ある特定型番のデバイスに問題があることを知るやいなや闇雲に全交換しようとする人がおられるからだ。 無闇に交換して修理できる確率はたいへん低いのにも関わらず・・・。 不具合状況を的確に把握し、そうなる理由を考えるのがまず先決だと思う。
たとえば今回のMK10の不良にしても、普通の増幅回路なら症状は示さなかっただろう。 わずか200〜300pAのゲート漏れ電流など支障無いのが殆どだからだ。 むしろ正常に動作しているなら交換などしない方が良い。 交換をすれば再調整が必要になるし、性能の確認も不可欠になってしまう。 闇雲に交換したのでは故障なのか調整不足なのかさえも判別不能になる。 そうなるとより高度の故障診断技術を要するようになる。かえって難しくしてしまっている訳だ。 だからデバイスの不具合情報は常にデリケートなテーマなのだ。
問題のあるデバイスとは言え必ず壊れるものでもない。多少の経年劣化は問題にならないケースも多いものだ。 回路の働きをしっかり理解して狙いを定めた修理を行ないたいものである。 de JA9TTT/1
(おわり)