【ダイオードを使ったバラモジ】
写真はゲルマニウム・ダイオード:1N34Aを4つ使ったリングモジュレータです。バランスド・モジュレータの一種です。真空管の時代から愛用されて来たバラモジ回路です。 十分研究し尽くされていて性能は安定しており、IC-DBM全盛の時代にあっても有用な回路です。 これを避けて通る訳には行きません。もちろん過去に実験済みですがBlogで改めて採り上げることにしました。
ここで使うダイオードはゲルマニウムのポイント・コンタクト型(←リンク)に限りません。ショットキー・バリア・ダイオード(SBD)あるいは高速スイッチング用Siダイオードでも良いです。 ゲルマニウムが有利なのは注入キャリヤのレベルが小さめで良いことくらいです。但し内部抵抗の小さい他のダイオードの方が信号損失は少なくなります。
HAM用の無線機では、八重洲無線は1S1007(JRC製)をTRIO/Kenwoodは1N60(東芝)を好んで使っていました。 1S1007はゲルマニウム・ダイオードですが、ゴールド・ボンド型と言うものです。 ポイント・コンタクト型の1N60を使うよりも幾分損失は少ないようですが大差はないのでどちらも同じようなものだと思って良いでしょう。(もちろん混ぜて使うのはNGですが)
ここでは1N34A(日立)を使っています。無理に同じものを探す必要はなくて1N60や1K60でも良いです。海外製では1N270が代表的Ge-Diです。 あるいは1SS86や1SS97のようなRF用ショットキー・ダイオードでもまったく同じように使えます。(注:電源整流用のショットキー・ダイオードは接合容量が過大で高周波には不適当です)
以下、オーソドックスな回路も扱う意味でテストしています。 一般的過ぎる回路には興味をそそられないかもしれません。 確かにその通りで、特別なことは何も書いていありませんので妙なご期待をされているようなお方は早々にお帰りがお勧めです。 わかりきったことに貴重な時間を浪費する意味はないでしょう。さあさ、自作する気のない人は帰った帰った。(笑)
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【SSBジェネレータの形に纏める】
ダイオード・バラモジを扱っただけでは面白くもないので、SSBジェネレータの形でテストしています。 キャリヤ発振器との繋ぎ方や、マイク・アンプから信号の加え方のような「回路の扱い」の部分も明確にしておく方が後々の活用の為に意味があるでしょう。
前回のFETを使ったSSBジェネレータ(←リンク)を改造して使っています。 同じく7.8MHzのクリスタル・フィルタを使うので、キャリヤ発振回路は基本的に同じものです。 但しダイオード・バラモジの特性に合わせて小変更しました。 キャリヤ・レベルは小さめで良いのですが、インピーダンスが低いのでそれに合うよう部分的に変更しています。
マイク・アンプも逆相出力は不要で単純なアンプで済むため簡略化しました。 その結果、FETを使った前例よりも部品数は少なく済んでいます。空白面積が増えたのが写真からもわかるでしょう。
バラモジ(Balanced Modulator)の部分と、マイク・アンプを大幅に変更しています。 キャリヤ発振回路は概ね同じですが出力部分を小変更しました。見た目では違いがわからないかも知れません。
キャリヤ発振回路はUSB発生用に7797.5kHz、LSB発生用に7802.5kHzを発生します。 USB/LSBの周波数切換えはトランジスタ・スイッチで行なっています。回路の詳細は前回の記事(←リンク)を参照して下さい。 ここで変更したのは2SK544Eを使ったバッファ・アンプ部分です。インピーダンスの低いダイオード・バラモジに対応するため、出力部の7.8MHzトランス:T1を作り替えました。Q4:2SK544Eのドレインもトランスの中点タップに接続します。バラモジへは約2Vrmsを与えています。 なお、2SK544を2カ所で使っていますが、これらは2SK241あるいは2SK439でも良いです。代替は2SK544E=2SK241Y=2SK439E、2SK544F=2SK241GR=2SK439FでOK。最近はニセモノの2SK439が出回っているようですが、本物は足の並び方が他とは逆順なので十分な注意を。 偽物の中身は案外2SK544なのではありませんかね? なお、上記の回路では2SK192Aでの代替はできません。 そのほか2SC372Yは2SC1815Yで代替できます。
バラモジはオーソドックスな、所謂「コリンズ型」と称するものです。 他の形式を試したこともありますが、この回路が性能的に最も安定していて確実だと思います。 キャリヤのバランス・ポイントが明確にわかり、バランス調整も容易です。 振幅と位相の両方を調整できるので良好なキャリヤ・サプレッションが得られます。 なるべくシンメトリーに部品を並べて作るのは常識ですが、少々アンバランスなレイアウトでもそれなりにバランスしてくれます。調整範囲が広いのです。 ダイオードに1N34Aを使ったのは手持ちの関係なので、1N60でも1K60でも何でも良いです。今どきゲルマニウム・ダイオードの時代でもないですから、RF用のショットキー・ダイオードでも良いでしょう。 ゲルマDiの場合、テスタで順方向抵抗と逆方向抵抗を実測して揃えてやると気休め以上の効果があります。 但しそれほどシビアではないのでダイオードの選別は程々でも十分です。測ることで不良品のリジェクトに意味があるくらいでしょう。 部品レイアウトや調整の方がむしろ影響度は大きいです。
マイク・アンプはOPアンプを使っています。現在ではオーディオ・プリアンプ用のIC(例えばTA7063P)よりも入手は容易です。性能も十分ですからOPアンプの採用がお奨めです。 ここではNECの通信工業用:μPC151Cを使っています。 但しμPC151Cの中身は一般的な「741型」と等価なのでそれで代替すれば良いです。 今さら741タイプなんて古典的だと思うならもっと近代的なOPアンプを使って下さい。ごく一般的なOPアンプならたいてい使えると思って良いです。 なお、今回の回路ではハイ・インピーダンス型ダイナミック・マイクロフォンに適するように回路設計してあります。ロー・インピーダンス型のマイクロフォンを使いたいなら前回Blogを参照して下さい。 #まあ、ミスマッチにはなりますがそのままでも十分使えるのであんまり神経質にならなくても良いのかも知れません。
ポストアンプとフィルタ部分は前回Blogとまったく同じです。
見直してみて、マイク・アンプ部分もバラモジ部分も昔懐かし「熊本シティ・スタンダード」SSBジェネレータのようになってしまいました。意識した訳でもないのですが、まあオーソドックスとはそう言うものなんでしょう。熊本C-STDは地方で入手容易なパーツを主体に実現していたものでした。RF用パーツが乏しくなってきた現状はそれと似た状況に追い込まれて来たのです。結局作り易さを追求すると行き着く先は同じようになってしまいます。もちろん秋月の10Kボビンなど望めませんからトロイダル・コアにコイル巻きで現代風にアレンジしています。(笑)
IFアンプに検波回路と低周波アンプを追加して要所をダイオード・スイッチで切り替えてやれば熊本C-STD同様の送受信ユニットにもなり得ますので、あとは各自で自由研究されてください。w
全電流は約23mA(@Vcc=12V)となり、FETをバラモジに使ったものよりも幾分少なくなりました。これはパッシブなデバイスのバラモジなのとOPアンプが1回路で済んでいるからです。 SSBジェネレータ出力は約400mVppが得られています。これは歪みに対して多少マージンを見た値です。後続のミキサーには適当な大きさでしょう。
注:U1(μPC151C)のピン接続にミスがあったので図面修正しました。(2017.06.30)
【バラモジとマイク・アンプ部分】
ブレッドボードにダイオード・リング形式のバラモジは載せにくかったです。 未だ最適レイアウトではないと思っています。(笑) 実用品の製作時にはプリント基板上にハンダ付けで作ることになります。従って此処での多少のまずさは支障ないので妥協してしまいました。 それでもキャリヤ・バランスは奇麗にとれているのでまずまずでしょう。
バラモジ部分に使ったバイファイラ巻きのトランス:T2はコモンモード・チョークとして製作された既製部品です。 フェライトコアにバイファイラ巻きになっており巻き線のバランスが良く周波数特性も十分だったので試用しています。 自作するなら例によってコアにはフェライトビーズ:FB-801-#43を使い、φ=0.2mmのポリウレタン電線を2本良くよじったものを6回巻きます。まったく同じように使えます。なお、T2を省いてT3のみでバラモジ回路を作ることも可能です。 キャリヤの注入レベルなど多少検討を要するかもしれませんが概ね同じような性能が得られる筈です。
マイク・アンプにとって、バラモジの入力インピーダンスは低すぎるので過負荷にならぬよう直列抵抗(回路図:R7=1kΩ)で対応しています。 バラモジが必要とするオーディオ信号のレベルは数100mVppで十分ですから直列抵抗=1kΩによる対策で支障ありません。 この直列抵抗はOPアンプが直接容量性負荷にならないようにする意味もあります。OP-Ampを"発振器"にしない為にも必要です。 なお、マイク・アンプの入力部分でRFの回り込み対策を行なっています。
キャリヤ・バランスは可変抵抗器:VR2とトリマ・コンデンサ:C24を交互に調整してキャリヤ漏れが最少になるように追い込みます。 VR2は単独のVRでは調整がクリチカル過ぎるので、100ΩのVRを使い両端に470Ωを入れると言った回路形式にした方が良いようです。 部品に問題がなくレイアウトが悪くなければ、VRのほぼ中央で奇麗にバランスがとれます。
【7.8MHzトランスの巻き方】
このSSBジェネレータでは7.8MHzのトランスを2つ使っています。 FCZコイル:10S9(9MHz用)などを使っても良いのですが、Qの高いコイルが作れるのと、2次側リンクコイルの巻き数を自在にできることからトロイダルコアに巻いています。既成のコイルよりも安価に高性能で最適なコイルが得られます。
写真はキャリヤ発振回路の出力部分にあるT1の製作例です。 最初に15回+15回の同調側(1次側)を巻きます。 写真ように15回巻きの部分から中点タップを引き出しておきます。 2次側はT1の製作例では4回巻きです。 ポストアンプの入力部にあるT3も1次側は同じように15+15回巻きますが、2次側は8回巻きにします。 トロイダルコア:T-25は外径6.35mmの小さなサイズなので最初は巻きにくいかもしれません。しかしちょっと慣れれば簡単に巻けます。 巻き線は余り太いと巻きにくいのでφ0.2mm程度(AWG32相当)が適当でしょう。作業性を考えてポリウレタン電線(記号:UEW)を使うのは常識ですね。 外付けのコンデンサ:68pFとmax50pFのトリマコンデンサで7.8MHzに同調させます。 だいたい7.5〜10MHzあたりまで可変できます。参考リンク→トロイダルコアでFCZコイルを代替
【ブレッドボード対応】
ブレッドボードで試作するために小さな基板に載せておきます。 写真の4×4=16穴の小基板は秋月電子通商で売っているものを使いました。 細ピン・ピンヘッダをカットしたものを足ピンにしています。
トロイダル・コアに巻いたコイルは磁束漏れが少ないので隣接したコイルと結合しにくいためシールドケースは不要です。 コイル同士を密着でもさせない限りまず問題にはなりません。
ブレッドボードでの製作ではFCZコイルのような10Kボビンは扱いにくいです。この例のように小基板に実装しておけばトロイダル・コアに巻いたコイルも便利です。 大きなコアに巻くと巨大化するので、小さなT-25くらいのサイズが良いと思います。 送信機のようなパワーを取り出すアンプ回路を除けばこのような小型コアで十分です。
【バラモジの出力波形】
2kHzのシングルトーンで変調しています。 2kHz変調波はバラモジの手前、RFチョーク:L2の部分で470mVppです。 写真のバラモジ出力はDSB信号であり、4kHz離れた2トーン信号の状態です。 このようにエンベロープが2kHzの正弦波と相似の波形が観測されます。
バラモジ入口部分のインピーダンスは約400Ωでありかなり低めです。(測定は置換法による) VR2(1kΩ)の値やキャリヤ信号の注入レベルによって変化しますが、数100Ωと言った低めのインピーダンスであることに注意を要します。 出力インピーダンスの高いマイク・アンプ回路ではバラモジを歪みなくドライブできていない場合があるのです。 ここではOPアンプの負荷ドライブ能力の関係から直列抵抗:R7(1kΩ)を入れて対処しています。 以前の実験でバラモジを強力にドライブできるようLM386で作ったマイクアンプを使ってみたことがありました。 元々の回路がだいぶ悪かったのか、交換によって延びのある変調が掛かるようになった覚えがあります。 この回路例のような方法でも特に支障はありません。オーディオ帯全般で概ねフラットなインピーダンス特性だからです。
非同調なトランスを使った形式なので、バラモジの出力にはスイッチングによって発生する高調波等が見られます。写真のような波形として観測されました。 高調波など不要波はポストアンプのLC同調回路:T3であらかた除去されるほか、クリスタル・フィルタで濾波されるので外には出てきません。 もちろん、リニヤリティの良くない増幅回路に多信号を加えたら旨くないので,ポストアンプはできるだけリニアな動作範囲で使うことが肝心でしょう。
【シングルトーン】
上記のDSBをポスト・アンプで増幅し、クリスタル・フィルタを通ったあとの信号です。 反対側のサイドバンド・・・この例ではLSB側が除去されたシングルトーンとして観測されます。
ここでキャリヤ漏れや逆サイドの漏れが大きいと、このような奇麗な帯状の波形として観測されません。 帯の幅が凸凹した波形になるのでバラモジ〜フィルタまでの善し悪しはオシロで見ただけでも良くわかります。 マイク端子に加えている低周波発振器の周波数を変えても、写真のように奇麗な帯状の波形が観測されれば良好なSSB波が得られています。
【スペクトラム観測】
上記のシングルトーンをスペクトラム分析してみました。 低周波信号:2kHzの高調波が見られますが、キャリヤ漏れや逆サイドの漏れはたいへん小さくなっています。
キャリヤ・サプレッションは68dBなので、そのまま送信機にしても十分な数字です。 ブレッドボードの試作ではあっても、振幅と位相を入念に調整してバランスできたため、良い値が得られています。 実際に基板等に製作してもこの程度は容易に得られます。 逆サイドの漏れ(=-71dB)は主にフィルタの帯域外減衰特性によるものです。 フィルタ単体で測定した値がそのまま現れています。
この程度の漏れであれば、ハイパワー局のスーパーローカルでもなければ、まずわかりません。 -70dBと言う数字は、極端かもしれませんが、もしも10kWでオンエアしたとして逆サイドのパワーはたったの1mWです。 同様にキャリヤの漏れの-68dBの方も1.6mWに過ぎないので少し離れた局なら何も感じられないでしょう。 流石にフィルタ・タイプのSSBジェネレータです。安直に作ってもなかなか良い性能が得られます。
そうなると、スペクトラムに見える2kHzの2次高調波(=4kHz)が気になって仕方が無いかもしれませんね。 これも歪み率で言えばわずかに0.22%です。 ダイオード・バラモジと言う非線形なスイッチング回路でSSB(DSB)を得ている関係で高調波の発生はある程度やむを得ません。 IC-DBMでも大同小異ですから気にするまでもないでしょう。 マイクアンプが悪くてもっと高調波が出ているRigもあるくらいです。自局の帯域内に落ちる信号であって、IMDによるスプラッタではないから程々に拘れば十分です。 実際に受信機を通して耳で聞いた感じも良く澄んだ奇麗なトーンでした。
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オーソドックスな回路は面白くないかもしれません。 しかし、オーソドックスと呼ばれるだけの理由があります。作り易くて良い性能が得られるからこそ「定番」の地位にあるのです。 ダイオードを使ったリング変調器はSSBの黎明期からありました。それ以来様々な機器に使われて来ただけの訳があります。
ICを使ったDBMの方がモダンで良さそうに感じるかもしれませんが、ギルバートセル型DBMは電源電圧を上下の差動回路で分け合う構造から、ダイナミックレンジの点では不利なのです。 少しでも過大な入力を加えると酷い歪みを見ることになります。 ダイオード・バラモジも過大入力で飽和することに違いはありませんが、IC-DBMのように電源電圧で制限される訳ではないので歪み方はずっと緩やかです。 そのような利点があるので今でも使われているのでしょう。
この回路例に見るように各入出力端子を明確に終端しなくても大丈夫です。50Ωと言ったインピーダンスに固定化されている訳ではありません。思ったよりも使い易い回路です。 バラモジ回路そのものはかなり前に実験済みでしたが、改めて製作して確実性の高さを再確認しています。 回路の見直しで重要なポイントの存在もわかって意義深かったです。 珍しいだけの妙な回路を試す以前に「スタンダード」から始めてみたらどうでしょうか? きっと良い結果が期待できます。
バイポーラ・トランジスタ(BJT)、FET、そしてダイオードを使ったバラモジと続けて3種類を扱いました。 では、どれが一番のお奨めなのかと問われれば、総合的に見てダイオード・バラモジが良いのではないでしょうか? それではつまらないお方はBJTなりFETなりで試されたら良いでしょう。 いずれにしてもIC-DBMに劣るものではありません。 要するに品薄のIC-DBMを頼ることなく十分な性能を持ったSSB送信機は作れるのです。 de JA9TTT/1
注意:同じように作ってみたが、「旨く動かない」等のご相談には対応できないのでそのおつもりで。 同じように作ったと言いつつ、ご自身の判断で色々代替し、その挙げ句ぜんぜん同じじゃない・・・など、良くあって凡人の私ではとても面倒を見切れません。 ましてメールでの対応は困難です。 もしご近所なら拝見させて頂いてご一緒に悩みたいと思います。お気軽にご持参下さい。
(おわり)