2015年7月2日木曜日

【回路】8MHz Ladder Filter Design

【8MHzのラダー型クリスタル・フィルタの試作と評価】

 【安価な8MHz水晶発振子
 自作無線機に適したクリスタル・フィルタの市販品は限られています。 そもそも無線機を自作する人は限られて来たので、必然的にニーズも減ってしまったからでしょう。 その一方で、性能の優れた水晶振動子(発振子)はCR部品並の価格で巷に溢れています。その水晶を素材にしたラダー型フィルタの手作りに今は絶好の状況になっているのです。

 写真の水晶発振子(=クリスタル)もその一つです。2008年ころ、そろそろ中華パーツが日本に流入しだしたころ購入したものです。性能は半信半疑で買った覚えがありますが、100個で1,400円でした。購入先はaitendoとは別の中華系パーツを扱うAI HKと言うお店でした。通販のページは残っているようですが、いまも同じものが手に入るのかわかりません。

 ラダー型クリスタル・フィルタの自作ブームもすっかり落ち着きましたが、いまではフィルタは「買うもの」から「作るもの」にすっかり定着したようです。 円安なので中華パーツを含めた輸入品は値上がり傾向にありますが、aitendoをはじめとしてこうした水晶発振子が@10円少々で売られているのを目にします。 安い水晶を見つけるとついつい買い込んでしまうのが習慣化していましたが、いつでも買えるとなれば食指も動かなくなっていました。(笑)

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 前回のBlog(←リンク)では入手容易なパーツで構成したSSBジェネレータを扱いました。唯一、手に入りにくい部品として既製品クリスタル・フィルタを使いました。いずれ「自作で対応しますよ」と言い訳して済ませてしまったのです。だったら「すぐに対応せよ」との声も聞こえる?・・ので久しぶりにラダー型フィルタを扱うことにします。放置されたままだった中華クリスタルを消費する絶好の機会になりそうです。

 今回は少しだけ・・・否、全面的に新しい手法で行くことにしました。 従来のCohn minimum loss型(コーン最少損失型)の自作は言わばお子様向けコースです。さしたる道具も要らず、特にアタマも使わずに行けます。取りあえず実用的なモノは作れるのですが、不満があったのも事実でした。 そこで、もう少し進めてみることにしました。 もはや目新しくもないのですが、JAでは殆ど紹介されたことがない設計法です。諸外国では既にポピュラーになっており、すっかり世界の動向から取り残されてしまった感があります。 さっそく安価な素材を元にその新手法で始めてみることにしましよう。

 そもそも「フィルタの特性とは?」あるいは関連用語の解説等をいちいちやっていたらキリがありません。フィルタの常識は持っている前提で進めたいと思います。 平易に書くつもりはありませんので、わからないことは自分で勉強してみるくらいのおつもりがないならこの先には進むべからずです。(笑)

 【8MHz水晶発振子の特性
 良い性能のクリスタル・フィルタを作るための基本は水晶振動子の特性にあります。 写真は上記の8MHz水晶発振子の特性です。HC-49/USのケースはGNDして測定しています。 直列共振周波数:fsと並列共振周波数:fpの間隔は10.35kHzです。3kHz幅くらいのSSB用フィルタは十分行けるでしょう。

 参考:フィルタ回路に使う水晶片のことを水晶振動子または水晶共振子と言います。発振回路に使う水晶片は水晶発振子と言います。水晶振動子はフィルタ用の配慮をしてありますが、もちろん発振にも使えます。一方、発振用はフィルタに使うための考慮はしていません。しかし本質的に両者は同じものと思ってもあながち間違いではありません。実際、ここでは発振用の水晶発振子でフィルタを作ろうとしています。 もちろんフィルタへの適否は自身で見分ける必要があります。

 この8MHzの水晶発振子は、主共振の近傍に有害そうな副共振はみられないのでフィルタ用として好都合な特性でした。 購入した100個を測定してみたところ、損失が異常に大きいと言う特性不良が3個見つかりました。3%の不良など日本製では信じられない不良率です。 しかし良品の特性はまったく問題なくてfsのバラツキも±σの幅で見て300Hz以内に十分おさまっていました。 ごく簡単な「従来型」のラダー型フィルタには選別なしでも行けるくらいです。

 選別が済んだら、あとで紹介する参考書などを参照して「水晶定数」を計算で求めておきます。細かく選別・分類してあれば全数の詳細測定は不要でサンプリングで十分そうでした。 水晶定数の参考ドキュメント(←リンク:英文pdfファイル:550kB)

 【ラダー型クリスタル・フィルタの設計
 6素子で試作してみることにします。設計段階ではButterworth特性(バターワース特性)、Chebyshev特性(チェビシェフ特性)3種類で計算し、シミュレーションをしてみました。図はChebyshev(0.1dB)特性の回路定数例です。

 素子数を増やせばButterworth特性も良さそうでしたが、6素子ではSSB用としてやや物足りないようです。 Chebyshev特性で行くことしました。 わずか0.1dBの通過帯域リプルを許容するだけで、Butterworth設計では得られない急峻な減衰特性が得られるからです。 もう2素子増やした8素子にすれば一段と良くなるのは間違いありませんが、設計再現性の判定が目的の試作でもあるため様子見の意味もあってここでは6素子で行くことにしました。 なお、CW用フィルタではまた別の視点が必要でですがここでは将来のテーマとしておきます。

 図中の水晶定数は、ここで使った8MHzの水晶発振子の実測から求めた数値です。世間一般の8MHz水晶発振子がどれでもこれと同じになるわけではありません。 実際、メーカーが違えば、同じ周波数でもかなり異なるのが普通です。たとえ形状は同じでもずいぶん違いが見られます。 入手したものを必ず実測した上でその数値を設計・製作に用いないと所望の特性から大きく外れるでしょう。 手抜きをせずに必ず実測評価するようにします。 この水晶の場合、Cmが小さ目で、Lmが大きい特性でした。但しRsも大きいのでQuはあまり大きくならず標準的な範囲(Qu=約12.6万)です。

 今回はLSB型で作りましたがUSB型で作ることも可能です。但し、水晶屋さんは直列共振周波数:fsの方で管理しているらしく、並列共振周波数:fpの方はバラツキが大きいのです。従って並列共振周波数:fpを利用するUSB型フィルタは水晶振動子の選別が厄介になります。特別な意味でもあるなら別ですが、他人と違うものをやりたいと言う程度の切っ掛けでしたらUSB型での製作はお奨めしません。多くの製作例がLSB型を選択しているのには相応の理由があるのです。

 これは余談ですが、写真のような小さなHC-49/US型ではなく背の高いHC-49/Uの方が有利です。 実際、測定していてHC-49/USではドライブ・レベルがちょっと大きめになるだけで飽和する傾向が見られます。水晶片の物理的なサイズが小さいので大きな信号は扱えないのです。フィルタになっても同じことなので注意しましょう。(要するに小さい水晶を使ったフィルタはIMDが発生しやすいのです)

 【6素子ラダー型クリスタル・フィルタの試作
 SSBジェネレータに搭載する際にはもっとコンパクトに組み立てます。 ここでは設計値と実際がどの程度一致するのか確かめるのが目的です。 部品の交換をしながら評価がしやすいように製作しました。ちょっと雑な作りですがご勘弁を。w

 少々部品のリード線も長めですが、8MHzなのであまり影響はないでしょう。ストレー容量はそれほど増えません。 評価が済んだら解体してそのままの部品を使ってコンパクトに組み直すつもりです。 コンデンサにはNP0特性(CHもしくはCG特性)の温度補償系セラミック・コンデンサを使いました。

 当然ですが、再組み立てに当たってクリスタルの順番は変えてはなりません。特性が変わってしまいます。 なお、初期の実測において設計のままでは特性に不満があったので多少チューニングしました。 試行錯誤的になりますが、部分的にmesh周波数をチューンすれば改善できることが確認できたのです。 幾分行き当たりばったり的ではありますが、チューニングで加減できるのはメリットでしょう。 詳細は後に紹介する参考資料を参照されて下さい。そのあたりも詳しく書かれています。ディープなクリスタル・フィルタの世界が待っています。

6素子ラダー型クリスタル・フィルタの評価・1
 まずは、全般的な特性を見ています。 横軸は全体で10kHzです。 かなり拡大して見ているので、富士山型の特性に見えると思いますがSSB用のフィルタとして悪くない性能です。 Bw60/Bw6によるシェープ・ファクタは2.43くらいです。 単純なCohn型よりも通過帯域が平坦で肩の部分が急峻なのがわかるでしょう。この辺りが今回の改善ポイントです。 上側周波数の傾斜が急なのは直列共振周波数:fpの影響があるからでラダー型である以上やむを得ません。対称性の改善策もあるのですが複雑化するのが欠点です。一番簡単な解消方法は素子数を増やすことです。

 -3dB帯域幅は2.7kHzで設計していますが、実測では2.575kHzとなりました。水晶振動子の無負荷Qが有限なために帯域幅減少しているようです。 fcをBw3で除した、いわゆるフィルタQfは約3,000です。 水晶振動子の無負荷Qは約12万ですから約40倍あります。 0.1dB Chebyshev型(6素子)では理想を言えばフィルタQの90倍くらい欲しいと言うことなので少々の特性の崩れはやむを得ないでしょう。

 損失のある「有限のQ値の素子」を使って所定の特性を得る方法もあります。一段と踏み込んだ設計法になるのですが、十分な理解なしにやれば収拾がつかなくなるに違いありません。既に所定の性能が得られたので、取りあえず深入りしないことにしました。 要するに今は実用性能のフィルタが作れれば良いことにするのです。(笑)

6素子ラダー型クリスタル・フィルタの評価・2
 通過帯域の特性を拡大して見ています。 通過帯域に多少の凸凹があるのは、それを許容する設計だからです。 トレードオフの関係で減衰特性の急峻さ(ロールオフ)を追求したのですからやむを得ません。水晶振動子の無負荷Q:Quが理想の値よりもだいぶ小さいのも関係しています。

 しかし、この程度の通過帯域内リプルはかなり優秀な方でしょう。 先のSSBジェネレータで使ったCB無線機用のクリスタル・フィルタは通過帯域内で数dBの変化がありました。 HAM用の無線機に使ってあるものでもこれに及ばないものを見掛けます。 なかなか良い特性にできたと思っています。 従来型のラダー型フィルタでは得難かった特性ですから新手法は効果的だったようです。

6素子ラダー型クリスタル・フィルタの評価・3
 帯域外減衰特性を示しました。主にスプリアスの評価が目的です。100kHz幅で見ていますが、1MHz幅に拡大しても同様でした。 写真では80dB弱の帯域外減衰しか得られていないように見えますが、測定器(スペアナ)のノイズフロアによる制限です。 測定は抵抗器でマッチングする方法なので多少測定のダイナミックレンジが減少するのは仕方ありません。

 別の方法によれば90dB程度得られていますから、実際にハイゲインなIFアンプで使ってもフィルタ帯域外の信号が通り抜けるような心配はありません。 むしろ良好な帯域外減衰が実現できるようフィルタの実装に注意を払うべきです。 この特性もCB無線機用の7.8MHzクリスタル・フィルタよりもずっと良好です。

 このように市販品のクリスタル・フィルタと同等以上のものが自分で作れるので、既製品のクリスタル・フィルタが淘汰されてしまうのも宜なるかなと言ったところです。 手間は掛かりましたがコンデンサも含めた材料費は500円も掛かっていません。 選別した100個の水晶発振子で、6素子のFBな特性のクリスタル・フィルタが10個くらい作れそうです。余った水晶発振子もキャリヤ発振器に振り向けることができますから無駄にはなりません。(材費や手間賃はともかく、測定器の費用は償却できないだろうと言う陰の声あり。ごもっともです・笑)

設計試作の参考資料
 具体的な設計方法はネグってしまいましたが、興味が湧いて来たなら参考書を参照されてください。Blog一回分の分量ではとても説明しきれないボリュームです。原著を読んでもらった方が良いです。平易な内容の記事もあれば、専門的な感じの記事もあります。わかり易いものから読み始めたら良いでしょう。 フィルタ設計の本質を平易に知ることができる書籍はこれくらいしか無いのです。プロ用の専門書は荷が重すぎるでしょう。以下は比較的入手し易い書籍のはずです。

注目すべき記事は:(順番は重要度とは無関係)

(1)Refinements in Crystal Ladder Filter Design:Wes Hayward W7ZOI (QRP Power, ISBN:0-87259-561-7, $12- ,pp5-8 to 5-13)

(2)Designing and Building High-Performance Crystal Ladder Filters:Jacob Makhinson N6NWP(QRP Power, pp5-14 to 5-28)

(3)A Unified Approach to the Design of Crystal Ladder Filters:Wes Hayward W7ZOI  (W1FB' Design notebook , ISBN:0-87259-320-7, $10- , pp179 to 185)

(4)Designing and Building Simple Crystal Filters:Wes Hayward W7ZOI (W1FB's Design notebook, pp186 to 191)

(5)A Tester for Crystal F, Q and R : Doug DeMaw W1FB (W1FB's Design notebook, pp192 to 194)

 いずれも絶版になっている可能性もありますが、米国の古書店では流通していますのでネット経由による入手も容易でしょう。痛み具合など程度次第ですが数ドルから手に入るようです。他にも興味深い記事が多いので持っていて損はないと思います。「More QRP Power」と言う続編の方がヒットし易いですが間違って購入しないようにして下さい。Moreの方は改訂版ではないのでまったく別の内容になっています。それなりに面白いですがフィルタ関係の記事は載っていません。なお書籍の貸し出しや記事のCopyなどのご要望にはお応えできませんので悪しからず。

 まずは水晶定数LmとCmの求め方から研究することをお奨めします。 幾つか方法があってそれぞれ一短一長があります。 測定器として発振器+周波数カウンタにオシロスコープあるいはRF用電圧計があれば十分可能です。 W1FBのデザイン・ノートにはそのあたりのアマチュアライクで具体的な話しが詳しく書かれています。 私はスペアナと10MHz周波数基準器などを使いましたが、それらが本質的に必要なものとは言えません。 細かく周波数が読める発振器と信号の最大値がわかる測定器があれば水晶定数を求めるには十分だからです。 数pFと言った小容量を精度良く測定する必要があって、LCRメータ:DE-5000(←リンク)が活躍するチャンスでもあります。

 水晶定数が求まったら、あとはフィルタ理論の初歩を学びつつ数表と関数電卓、あるいは最近では専用計算アプリも登場しているのでそれに当てはめれば設計はできます。闇雲にやっても訳がわからなくなりそうですからまずはフィルタの初歩くらいは知っておくべきでしょう。  水晶振動子のバラツキを吸収しチューニングする方法なども参考書には詳しく書いてあります。 同じラダー型フィルタでも今までのCohn minimum loss型のように作りっぱなしでは予定の性能まで到達しないでしょう。チューニングが不可欠なようです。 本当はこうした内容を日本語で読めたら良いのですが、あまりにも硬派の記事は読者を引きつけません。手作り卒業済みのお爺ちゃん読者がメインの趣味誌には荷が重そうです。JAでは紹介される機会は訪れないのかもしれません。まあ英語なら何とかなるからそれで良いのでしょう。(笑)

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 CQ Hamradio誌の連載でラダー型フィルタを扱ったのは2006年でした。もすぐ10年になる訳です。 その間にJAのラダー型フィルタ作りが進歩したと言う話しはあまり聞きません。 あの連載の後、機会があれば「おとなバージョン(笑)」のラダー型クリスタル・フィルタをやりたいと思いつつ、年数だけが過ぎてしまいました。 フィルタ理論に根ざしているだけに、その扱いナシでは済まないので「作りました→動きました」式の記事では駄目でしょう。
 そうこうしているうちに米国やEuはどんどん進歩してしまい、いまどきCohn minimum loss型でラダー型フィルタを作ろうなんて言うのは時代遅れになりました。 超古い「SSBハンドブック」(=JAの)やHJ誌にあったようなラダー型を有り難がっているようではナンセンスになっています。 あの時、続きをやっておけば良かったとつくづく反省の日々です。(爆)de JA9TTT/1

つづく)←リンク